どれだけ待てば高所移動できる?

台風、また台風ですが、この受難のときが過ぎれば、ダイビングのべストシーズンがきますぞ。
そうとでも思わなけりゃ、やってられません。

■高所移動のガイドライン
前回のヤドカリ爺めは、高所移動のリスクのパーセンテージのお話しをしましたが、
ではどれだけ待ったら、ほぼ安心なのかということが、ヤドカリ爺も知りたいのであります。
しかしながら、その待機時間の具体的なガイドラインは見つからないのであります。
それもそのはず。

同じ高所移動でも、民間航空機のように機内の気圧がほぼ定まっておれば、
その待機時間はチャンバー実験でシミュレーションできますが、
被験者を集め、まず体調を管理し、いろいろな条件を変えながら、
延々と実験を繰り返すわけで、しかもそのサンプルが多いほどよいという、
気の遠くなるような時間と手間、膨大な費用がかかるのです。

現在の飛行機搭乗の18時間待機というDAN のガイドラインも、
DANの主任研究員のリチャード・ヴァンという先生が、
1993年から6年もの期間をかけて800回以上のシミュレーション実験の結果であります。

この実験結果をアメリカ海軍も、その飛行機搭乗ルールに反映させているといわれているぐらい、
手間のかかるお仕事のようであります。
「ダイビング後何時間で飛行機に乗ったダイバーに、
減圧症にかかった人が何人いたから、何時間待ちましょう」と、
簡単には決められんのです。

もちろん膨大量の症例を集めて、統計的に分類するって方法もあるのですが、
これまたさらに時間と手間がかかります。

といったわけで、ダイビング後に通るルートの標高も違い、
またダイビングそのものの内容も違えば、
これは簡単なシミュレーション実験で済みそうもありません。

結果として、高所移動のリスクそのものは分かっているのだから、これまでの症例数をもとに、
エイヤっとばかり、安全そうな待機時間を決めるしかありませんな。
そしてそのときのエイヤッが、少しでも安全にと考えれば、待機時間は伸びる一方、
少しでも現実的な待機時間と考えれば、もう少し短くなるというワケでしょう。

ガイドラインを決めるのはえらく難しいことなのであります。

もともと生身の人間のダイビング後の窒素の影響を、時間だけで、
安全だの危ないのという線を引こうというのは、初めから難問題
なのであります。


■山見先生のご意見をテーブルで検証
ヤドカリ爺も20年以上にわたって”ダイバーの常識のウソ”という
連載でお世話になった『マリンダイビング』誌に、
専門医の山見信夫先生が”減圧症何でも相談室”というページを担当されております。
現役の専門の先生が担当される大変有意義、貴重な情報源であります。
今月10月号のテーマは、なんと”高所移動”でした。
こりゃよい機会とばかり、抜書きしてみると……

1. 標高600m 以下の高所移動であれば、6時間空ければ、ほとんどリスクはなくなる。リスクを減らすには、残留窒素を少なくしておく。
2. 高所にさしかかるときに、アメリカ海軍の反復グループ記号がA-Cになるようにすれば、まず発症しない。
3.ダイビング終わった時点で、Gであれば、高所を通る約3時間後にはCグループになっており安全レベルまで残留窒素が減少している。

これが山見先生のご意見、ガイドラインといえそうであります。

高所移動をダイブテーブルにあてはめる
そこでヤドカリ爺めも、アメリカ海軍のダイブテーブルを引っ張り出してきました。
ダイビング・ドット・コミュのビューワーの中には、
ダイブテーブルなぞ、最近触ったこともないというお方も多かろうと思いますが、
先生のガイドラインが、いわゆるU.S.NAVYテーブルでのお話しなので、
どうしてもここでは使わざるを得ません。
(PADIのRDPテーブルは水面休息の評価も反復グループも違うので、ここではNAVYテーブルです)

●1.2.の条件。
テーブルを引いてみると、6時間待機すると、
A-NグループすべてがCになります(大半がBグループに)。
まさにA-Cであります。2.の条件ともどんぴしゃ合致します。
ベストの安全策といえますな。

●3.の条件。
Gグループならば、高所を通る3時間後には、Cグループになる。
まさにその通りであります。

■Gダイバーとは言うけれど……
ただ、ダイビング後の”G”グループという条件をクリアーするのは、
かなりきつい条件のようなのです。
普段私たちのよくやるダイビングをサンプルにしてちょっとダイブテーブルを引いてみましょう。

●1日1ダイブだけのダイビングのGグループのサンプル
21mなら35分、15mなら50分、とごく平均的なダイビングができますな。
それでもノーストップタイムから見れば、21mではノーストップリミットの4グループ手前、
15mでは6グループ手前のチョー控えめダイビングであります。
つまり21mではノーストップタイムの約2/3、
15mではノーストップタイムの半分削って、やっとのことGループなのですな。 

●2ダイブしたらGグループはほとんど実現不可能
21m/35分、水面休息90分、15m/50分繰り返しダイビングだと、
2回目のダイビング後の反復グループはなんとK。
水面休息を3時間まで延長しても反復グループはJ。
午前中1ダイブ、午後1ダイブのゆっくりダイビングでも、
あまり変わらないのですね(あくまでもダイブテーブルでの計算です)。

このサンプルダイブで、2回目のダイブをGで終わるには、
2回目のダイブを、わずか12分に制限するしかありません。
これはとてもできる相談じゃありません。

では、浅くて短いダイブ、15m/30分を2回繰り返してみましょうか。
(水面休息は90分と120分で計算)
ちなみに15mのノーストップタイムは100分です。
そのうちの30分を使うだけのダイビングでも、
どちらも第2回のダイビングの終了時には反復グループHで、
Gを越してしまっているのです。

いろいろと深度と時間を組み合わせてみましたが、
ダイビング終了時には、よほど浅いところでのごく短時間のダイブを除いて、
大幅にダイビング時間を削っても、1日2ダイブの反復ダイビングをする限り、
ほとんどのダイビングで反復グループGダイバーにはならない
のでした。

これまで、最終日に2ダイブに制限するという専門家の先生のアドバイスがよく見られましたが、
あくまでも、ダイブテーブルの計算上ではありますが、
どうも1日2ダイブしたのでは、それもしっかりと水面休息時間をとっても、
山見先生の言われるGダイバーの安全域には入らないのであります。
1日2ダイブに制限すれば、というアドバイスは、あまりお役に立ちそうもありません。
何度も申し上げますが、あくまでもダイブテールではということであります。

最初の例の21mと15mを、水面休息90分で、
ノーストップタイムめ一杯のダイビングをすると、なんと第2回の終了時はL。
Gグループどころではありません。

などと書くと、ヤドカリ爺は悲観的なことばかりだと、
テラ和尚などからお叱りの声が飛んでくるのは必定でありますが、
やや時代の遺物とも見られかねないダイブテーブルから見ると、
どうしてもこうなってしまうのですな。

■安全の鍵となる1時間30分
山見先生の言われる、3時間後の高所でA-Cグループになっていれば
ほぼ安全というのであれば、ダイブテーブルの見方を少し変えて、
さらに1時間30分ほど加えた4時間30分で高所を越えれば、
ほとんどの反復グループのダイバーも、A-Cグループになるのですな。
この1時間30分をどう考えるかが、安全への鍵ともいえます。

ダイビングを終えてすぐに家路を急ぐには、ダイビング可能時間を、
半分とか、1/3に削る。あるいは1日1回にする。
その一方で、終了時のGを意識しないで、がっちりと2ダイブも満足ダイブをして、
4時間30分経って高所を越えるという方法も考えられます。

とまー、ヤドカリ爺は勝手なことを言っておりますが、万事時間に縛られるのがダイビングの宿命であります。

屁理屈としかられそうでありますが、無事にダイビングを終われば、
めでたし、めでたしなの

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PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
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