【衝撃】クジラの胃から見つかる大量のプラごみ。海獣学者が危惧する生態系破壊
海獣の調査に挑み続けるその理由とは
臭い問題以外にも、体力や時間勝負でもある海獣の解剖。なぜ田島氏はここまでして、挑み続けるのだろうか?
「ストランディングした海獣は、巨大、かつ異臭を放つので日本では基本的に“海岸に漂着した粗大ごみ”として処理されることが多いんです。誰も何もしなければ年間300頭もの海獣がそのまま捨てられてしまいます。我々のように彼らを研究したい!、知りたい!という者からするとそんなのもったいなさすぎると思ってしまうんです。
海獣の解剖は、大変なことがたくさんありますが、生態や病気の調査ができるだけでなく、死体を標本として博物館に保管しておけば、分類学や寄生虫学、環境汚染物質学、さらに教育活動などさまざまな分野に活かすことができますし、それ100年、200年先まで保管することができるのです」。
また、海獣たちは死体を通じて、海の中から私たち人間にメッセージを送ってくれているという。昨今、ようやく深刻な問題として取り上げられるようになった海洋プラスチック問題についても田島氏はこう語る。
「海獣の胃からプラスチックごみが見つかると言うことは、海がプラスチックごみで溢れていると言うことを私たちに伝えようとしているのかもしれません。死体を通じて、海の現状を彼ら自らがメッセージとして送ってくれているのなら、それを受け取れる人が受け取らなきゃならないと思うんです。私たちは、手遅れになる前に、そこから得た情報を次の世代に紡いでいく架け橋のような役割になれるよう取り組んでいます」。
プラスチックごみの危機を30年も前から警告していた海獣たち
「1993年、山形県でストランディングしたクジラの胃の中からはプラスチックごみが見つかっていました。標本として確認できるのがこの年のものであって、もっと前から海獣たちはプラスチックを食べていたのかもしれませんが…。私は当時から講演のたびにプラスチックごみの話をしていましたが、関心を示してくれる人はまだ多くはなかったです。最近になって“ようやく”問題視されるようになりましたが、私たちからしたらそこには30年間のブランクがあり、当時からもう少し強いメッセージとして伝えていれば今の状況は違ったのかもしれません」。
田島氏はこの経験があったからこそ、「もっと強く言わなければ、人々には響かないのかもしれない」と思い始め、海で起きている環境問題について最近では積極的に伝えようとしているのだという。
「プラスチックごみが発見される海獣は、イカを食べる種が多く、60〜70%の割合で発見されます。ただ魚を食べる種からはまったく発見されません。なぜなら、イカを食べる種は、海面を漂っているイカに超音波を当て、その跳ね返りでイカだと判別して食べるのですが、どうやらイカとプラスチックの超音波の跳ね返りが似ているのか、間違えて食べてしまっているようなのです。
発見されるものは、お寿司につけるバランや、ゼリーの容器、コーヒーフレッシュの容器、レジ袋、そしてなぜか一番多いのは植物を購入したときに付いてくる育苗ポット(ポリポット)です。実際にこういったものを見ると、私たち人間社会がどれほど海という環境に影響を及ぼしているのかが如実にわかります。人間が豊かになるのも大切ですが、さすがに胃の中のプラスチックを目の前にすると、申し訳ない気持ちになりますね」。
過去には、金属ケーブルの断片が見つかったこともあったそうだ。人間社会からから出るごみが、確実に海の生き物や環境に影響を与えてしまっているのだ。
「あっという間に海獣たちもいなくなってしまうかも」。田島氏が危惧する海洋環境問題とは
田島氏が海洋環境に対して、今最も危惧すること。それは海獣がプラスチックごみを食べてしまうこと以外にもあるという。
「1つ目は、プラスチックごみが湧昇流(※1)を妨げていることです。食物連鎖の基盤となるプランクトンは湧昇流とともに運ばれてくる栄養をエサに生きていますが、プラスチックごみが海底に沈むとその湧昇流を妨げてしまい、プランクトンのエサがなくなり、数が減少。そうすると、壊滅的な負の連鎖に繋がり、プランクトンを食べる魚も減り、食物連鎖の頂点にいる大型の海獣たちもあっという間にいなくなる可能性があります。このことを論文で発表する研究者が世界中で増えてきているんです」。
※1 湧昇流 下層の低温の水が海底の栄養塩類を巻き上げながら、表層に上昇する現象による海水の流れ。
「2つ目は、海獣が、プラスチックごみと、エサ生物の両方から環境汚染物質を体内に取り入れてしまっていることです。海獣の胃から見つかるようなプラスチックごみは、光や熱の影響で環境汚染物質の一種であるダイオキシンやPCBs(ポリ塩化ビフェニル)やDDTs(かつて殺虫剤に含まれていた物質)といったPOPs(残留性有機塩素系化合物)を吸収していることが最近の研究や調査でわかってきています。
加えて、本来のエサである魚やイカから生物濃縮(※2)されたPOPsも体内に蓄積される。言わば、ダブルパンチでPOPsの影響を受けているのです。POPsの多くは動物の免疫を低下させる作用があり、感染症にかかりやすくなったり、本当は死なないような病気でも死んでしまったりします。これも世界中で論文が発表されています」。
※2 食物連鎖の過程で、より上位の生物種や個体群に、特定の物質が蓄積され、濃度を増すこと。
他には、海面にプラスチックごみが蔓延し、海獣たちの息継ぎを妨げていたり、海底に住む海底動物(カレイ、ヒラメ、カニ)の生息場所も汚染しているという。プラスチックごみは目に見えないところで海洋生態系全体にじわじわと影響をもたらしているのだ。
最後に。私たちが、海獣の解剖に協力できること
「いつどこでストランディングするかわからないので、私たちも発見の連絡をいただかないと出動できません。なので、できる限り、海獣の死を無駄にしないために必要なのは、日頃から海に近いダイバーやサーファー、ライフセーバー、ウインドサーファーの皆さまの協力です。ストランディングした海獣を発見したら、近くの水族館や博物館、警察などの公的機関にまずは連絡をしてほしいです。もちろん私が所属する国立科学博物館に直接連絡をしていただいてもいいです。私たちは、『ちょっと待ってください!ごみにする前に調査させてください!』と全国各地に駆けつけます!」。
田島氏は、可能な限り現場に足を運ぶ。地域の人と直接話し、実際の活動を見てもらいたいからだ。
「海獣の死体が貴重な存在であることを、理解してくださる方が増えれば増えるほど、粗大ごみになってしまうことを防げます。『巨大で悪臭を放つ海獣ですけど、そこからこんなにすごいことがわかるんですよ。哺乳類について、当たり前のことすらわかっていないことがこんなに沢山あるんですよ』と行動と言葉で伝えると『そんなに大事なものだったら、協力しましょう』と言ってくれる人が増えます。こういったことは経済や産業に直結するものではありませんが、同じ哺乳類の海獣を知ることで我々自身を知ることにも繋がるなど、多くの知的財産が蓄積され、それによって人の心が豊かになると考えています」。
ニュースでは、ストランディングの映像を見ることがあっても、その海獣がどのように解剖され、そこから何がわかるのかまでは、知らなかった人も多いのではないだろうか。田島氏も言うように、私たちの生活が、海の生き物に影響を与えていることを心に留め、日々の生活を少し見直すきっかけになれば幸いだ。
田島木綿子氏について
国立科学博物館 動物研究部脊椎動物研究グループ研究主幹。筑波大学大学院生命環境科学研究科准教授。博士(獣医学)。1971年生まれ。日本獣医生命科学大学(旧日本獣医畜産大学)獣医学科卒業。東京大学大学院農学生命科学研究科にて博士号取得後、同研究科の特定研究員を経て、2005年からアメリカのMarine Mammal Commissionの招聘研究員としてテキサス大学医学部とThe Marine Mammal Centerに在籍。2006年に国立科学博物館動物研究部支援研究員を経て、現職に至る。『海獣学者、クジラを解剖する。 海の哺乳類の死体が教えてくれること』より
国立科学博物館 田島木綿子氏紹介
『海獣学者、クジラを解剖する。~海の哺乳類の死体が教えてくれること』
本記事でご紹介した田島氏の仕事内容をより詳しく紹介する、科学エッセイ。イラストと写真でわかりやすく、誰でも読みやすい内容になっている。
詳細はこちら