医師はなぜ、メキシコの水中洞窟へ向かったのか。三保仁×伊左治佳孝が語るケーブダイビングの探検・安全・研究

水の中に広がる、誰も知らない地下世界。

水中洞窟を潜るケーブダイビングは、ダイビングの中でも最も探検的であり、同時に高度な知識と安全管理が求められる分野だ。

光の届かない通路、頭上を覆う岩盤、出口まで戻らなければ浮上できない環境。その先にある景色は圧倒的に美しい一方で、高度な知識、訓練、判断力がなければ成立しない世界でもある。

今回話を聞いたのは、元耳鼻咽喉科医であり、現在はメキシコを拠点にセノーテの探検を続ける三保仁氏。そして、日本各地で水中洞窟や沈船の探検・調査を行う水中探検家の伊左治佳孝氏。ケーブダイビングに惹かれたきっかけ、日本の洞窟潜水の現状、探検を支える安全教育、そして研究との融合まで。

二人の対話から、ケーブダイビングという特殊な世界の現在地が見えてきた。

この記事でわかること

・ケーブダイビングとはどんな世界なのか(探検・危険性・魅力)
・事故を防ぐために重要なルールと考え方
・水中探検が「研究」につながる最前線の取り組み
Profile 三保 仁
三保仁
三保耳鼻咽喉科 元院長。医大生時代にダイビングと出会いのめり込み、ダイビングのために時間とお金を捻出するために、他の趣味をどんどんやめてしまう。
クリニック開業後、好きが高じてダイビングインストラクターになり、現在は、テクニカルダイバーとして、ケーブダイビング、リブリーザーダイビング(rEvo)、大深度ダイビング(-100m越え)などの潜水を行なっている。
また、全国から潜水医学の講演依頼があり、ダイバーおよび耳鼻咽喉科医へ正しい潜水医学の普及をすべく活動。
その後、58才で耳鼻科開業医を引退し、第2の人生でメキシコ移住。メキシコセノーテを潜り三昧の日々を送る。

潜水歴30年、潜水本数約3000本。

Profile 伊左治 佳孝
水中探検家。1988年に生まれ、12歳からダイビングをスタート。
冒険をライフワークとして求める中でテクニカルダイビングに出会い、水中探検に情熱を燃やすことに。
それ以来、水深80mを越える大深度から前人未踏の水中洞窟まで、多岐に渡る探検を実践。
現在では水中の未踏エリアの探検とともに、その現場経験を伝えることのできる唯一無二のテクニカルダイビングインストラクターとして指導にもあたっている。
DIVE Explorers 公式HP

すべては「水中洞窟を見た衝撃」から始まった

ーーまず、お二人がダイビング、特にケーブダイビングを始めたきっかけを教えてください。

三保

大きかったのは、NHKで放送されたフロリダの巨大水中洞窟「ワクラ・スプリング」の探検特集を見たことです。あの映像を見て、「水中にこんな世界があるのか」と強い衝撃を受けました。

当時はインストラクターとして3,000本くらい潜っていましたが、シングルタンクのダイビングしかしていませんでした。そんなとき、マーシャル諸島でダイビングショップの店長をしていた吉井さんから、「テック・ディープ・ダイバー・コースの最初の生徒にならないか」と誘われたんです。

そこからグアムで講習を受け、さらにフロリダで本格的にケーブダイビングを学びました。

その後、偶然メキシコのセノーテを知り、実際に潜りに行ってみたら、フロリダよりも暖かくて浅い。そして何より、鍾乳洞の景観が本当に美しいんです。「これからはこっちだ」と思って、メキシコに通うようになりました。

セノーテの美しい水中鍾乳洞

セノーテの美しい水中鍾乳洞

探検としてのダイビング

ーー伊左治さんはどうでしょうか。

伊左治

僕の場合は、ケーブそのものというより「探検」が好きなんです。

既に知られている洞窟を潜ることよりも、誰も行ったことがない場所へ行くことに惹かれます。ケーブは、そういう未開拓の場所が圧倒的に多いフィールド。そこに惹かれました。

もう一つ大きいのは、コミュニティの存在です。テクニカルダイビング、とくにケーブダイビングの世界は、国を越えたつながりが強いんです。だからケーブダイビングを本格的にやっているというだけで、国を越えて三保先生のような方々とつながり、知識や経験を共有できる。これもこの分野の面白さだと感じています。

三保仁氏と伊左治佳孝氏、南大東島の水中鍾乳洞での探検

二人で探検をした、南大東島の水中鍾乳洞での一コマ

ラインの先に、まだ誰も入っていない空間がある

三保氏は、メキシコのセノーテで長年にわたりケーブの探検を続けている。セノーテとは、石灰岩地帯にできた陥没穴や地下水系のことで、メキシコ・ユカタン半島には世界的に知られる水中洞窟群が広がっている。

三保

最初はガイドをつけて潜っていました。ただ、通ううちに少しずつ地形を覚え、自分でも探検的な潜水をするようになりました。

洞窟の穴をのぞき込み、岩の隙間を抜けていくと、急に広い空間が広がっていることがあります。そして、そこにはまだラインが入っていない。つまり、誰も潜っていない場所だと分かる瞬間があるんです。

そこから、自分でラインを引いて探検する楽しさを覚えました。

※ケーブダイビングにおける「ライン」とは、洞窟内で出口へ戻るための命綱ともいえるガイドラインのこと。光が届かず、視界が失われる可能性もある水中洞窟では、ラインから離れないことが安全の基本になる。

ーー完全に未踏の洞窟を見つけたこともあるのですか。

三保

ジャングルを歩き回って、自分で入り口を見つけた場所は2カ所ほどあります。

メキシコの洞窟は水系で繋がっていることが多いので、完全に独立した洞窟を見つけるのは簡単ではありません。ただ、まだ誰もラインを引いていない場所を見つけ、それを既存の洞窟の水系と繋げていく作業はたくさんやってきました。

三保仁氏がラインを残すセノーテ「オデッセイ」

三保氏が多くラインを残しているセノーテ「オデッセイ」

日本の水中洞窟は、まだ未開拓のフィールド

伊左治

日本では、まだ開拓されている水中洞窟が限られていますよね。

三保

昔はともかく、現代の日本ではまず許可取りが大変。地主さんとの交渉や、地域の理解が必要になります。

かつて日本では、最初から水中洞窟を開拓するというより、陸上の洞窟探検の延長として、水没した部分を潜る場面が多かったと思います。その中には、装備やバックアップが十分ではないまま潜るケースもありました。

ケーブダイビングは、通常の海のダイビングとはまったく違います。直接浮上できない場所に入る以上、バックアップを含めた装備、ガス管理、ラインの使い方、緊急時の手順を理解していなければ危険です。だから私は、そうした準備が十分でない潜水には参加していませんでした。

伊左治

最近は陸の洞窟探検の延長だけではなく、ダイビングをベースとして水中洞窟を開拓するケーブダイバーたちが、日本各地で少しずつ到達距離を伸ばしています。

私自身も南大東島の開拓をしましたし、直近では秋吉台での潜水調査をスタートしました。秋吉台は日本最大級のカルスト台地で、その地下にはまだ分かっていない水の流れや水中空間が残されています。

器材も進化していますし、国際的なケーブダイビングのルールも確立されてきました。日本人のケーブダイバーも少しずつ増えてきたと感じます。ただ、人数が増えるからこそ、正しい教育と安全文化をどう広げていくかが重要になります。

秋吉台での水中洞窟探検の様子

秋吉台での探検の風景

ケーブダイビングの楽しさの前に、安全を学ぶ

三保氏がケーブダイビングで最も強調するのは、「教育の重要性」だ。

ーーケーブダイビングを始めるうえで、最も大切なことは何でしょうか。

三保

一番大事なのは、ちゃんと習うことです。

海のインストラクターが、「自分は潜れるから大丈夫」と思って、ケーブの講習を受けずに洞窟へ入ってしまう。これが一番危ないと思います。海で何千本潜っていても、ケーブにはケーブのルールがあります。

伊左治

本当にその通りです。

海のインストラクターほど、自分の経験を過信してしまうことがあります。でも、ケーブダイビングは通常のダイビングとは前提が違います。上に浮上すればよいという環境ではありません。出口まで戻る必要がある。

例えば、シングルタンクで入らない、ラインから離れない、ガス管理のルールを守る。こういった基本が非常に重要です。

三保

僕自身も、経験を積んできたころに、基本手順を省略して危ない目に遭ったことがあります。慣れてきたころが一番危ないんです。手順を一つ飛ばすだけで、状況は一変します。だから今は、指差し呼称をするくらい慎重にやっています。

ケーブダイビング前の安全確認作業

ケーブダイビングの前には、必ず全ての確認を行う。

ライトとリブリーザーが、探検を変えた

この20〜30年で、ケーブダイビングの装備は大きく進化した。三保氏が特に大きな変化として挙げるのが、ライトとリブリーザーだ。

三保

一番変わったのはライトですね。

昔はハロゲンライトで、鉛バッテリーを使っていたので、とても重かった。

それがHIDになり、今はLEDになりました。リチウムバッテリーになって、軽く、明るく、長く使えるようになったことが大きいです。

もう一つ大きいのがリブリーザー、つまりCCRです。特にサイドマウント型のリブリーザーが出てから、狭い洞窟の探検はかなり変わりました。

※リブリーザーとは、吐いた息を装置内で処理し、再び呼吸に使う循環式の呼吸装置のこと。通常のスクーバ器材に比べて泡が出にくく、長時間の潜水がしやすいという特徴がある。一方で、使いこなすには高度な訓練と管理が必要になる。

伊左治

装備の進化によって、行ける場所は確実に増えました。ただ、それは「誰でも簡単に行けるようになった」という意味ではありません。むしろ、装備が高度になるほど、扱う側の知識と判断力がより重要になったと思っています。

水中探検家・伊左治佳孝氏

リブリーザーを使用する伊左治氏

水中洞窟は、未知を知る入口でもある

伊左治氏は、ケーブダイビングを単なる探検にとどめず、研究と結びつける活動も進めている。

ーー伊左治さんは、探検と研究の接続にも力を入れていますね。

伊左治

はい。僕は、探検の先に研究との融合を目指しています。

たとえば、地下水系にどんな生物がいるのか、地上の開発や環境変化が、洞窟内の水中環境にどのような影響を与えているのか。そういったことを、研究者の方々と一緒に調査しています。

南大東島では、研究者の方々と共同でプロジェクトを進め始めました。水中洞窟の中には、地上からは見えない環境があります。そこにいる生物や、水質、地形を調べることで、その土地の地下で何が起きているのかを知る手がかりになります。

僕にとっての「研究と探検の融合」は、単に水中で未記載種を採取したり、水質を測ったりすることだけではありません。

なぜその生物がそこにいるのか。なぜそのような水質になっているのか。なぜその地形ができたのか。現場を実際に目で見て、そこから考えることまで含めて、探検の役割だと思っています。

今、特に面白いと感じているものの一つが、環境DNAの調査です。洞窟内の水を採取し、その水に残された生物由来のDNAを調べることで、そこにどのような生物がいるのかを探ることができます。

水中洞窟の奥へ進むことだけが探検ではありません。未知の知見を探ることも、探検活動の一つだと思っています。

※環境DNA(eDNA):水中などに含まれる生物由来のDNAを解析し、過去から現在にいたるまでのその環境に生息する生物種を調べる研究手法。

三保

バハマのBrian(ブライアン) Kakuk(ケイクー)のように、アカデミックな分野と結びついたケーブダイビングをしている人たちもいます。日本でも、そうした活動が増えていくのは素晴らしいことだと思います。

研究プロジェクトで持ち込む多くの器材

研究プロジェクトでは、水中に多くの研究器材を持ち込む

失敗を共有できるコミュニティをつくる

最後に、三保氏は日本のケーブコミュニティへの期待を語った。

三保

伊左治くんには、日本のケーブコミュニティをまとめていってほしいと思っています。

日本はまだコミュニティが小さく、バラバラに動いている部分もあります。でも、世界基準のルールや知識を共有し、広めていくことが大事です。

特に日本は失敗事例を共有しにくい空気がありますが、一番学べるのは失敗からなんです。事故やヒヤリとした経験を隠すのではなく、次の人が同じ失敗をしないために共有できる文化が必要だと思います。

伊左治

私もそこは強く感じています。

日本のダイバーが、海外のレスキューや探検プロジェクトに呼ばれる機会がまだ少ないのは、技術だけの問題ではなく、コミュニティとしての存在が世界に知られていないことも要因の一つだと思います。

日本のテクニカルダイビングを世界に向けて発信し、世界の中で日本の存在感を高めていきたいですね。

直近ではADEXという国際的なダイビングイベントに登壇する機会をいただき、日本のテクニカルダイビングや水中探検について紹介しました。海外から日本の活動に関心を持ってもらえることは、とても嬉しく思います。

三保仁氏と伊左治佳孝氏、2人での探検風景

2人での探検風景

ケーブダイビングは、「探検」「安全」「研究」が交差する特別なダイビングだ。

未知の空間を切り拓く魅力がある一方で、正しい知識とトレーニングがなければ成立しない。装備が進化した今だからこそ求められるのは、技術以上に、判断力、経験、そして知見を共有する姿勢である。

メキシコのセノーテを探検し続ける三保仁氏と、日本の水中洞窟・沈船・地下水系の調査を進める伊左治佳孝氏。第一線で活動する二人の取り組みは、知見の共有やコミュニティの広がりを通して、この分野のさらなる発展につながっていくはずだ。

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PROFILE

IT企業でSaaS営業、導入コンサル、マーケティングのキャリアを積む。その一方、趣味だったダイビングの楽しみ方を広げる仕組みが作れないかと、オーシャナに自己PR文を送り付けたところ、前社長と当時の編集長からお声がけいただき、2018年に異業種から華麗に転職。
営業として全国を飛び回り、現在は自身で執筆も行う。2020年6月より地域おこし企業人として沖縄県・恩納村役場へ駐在。環境に優しいダイビングの国際基準「Green Fins」の導入推進を担当している。休みの日もスキューバダイビングやスキンダイビングに時間を費やす海狂い。

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