減圧症に保険を適用する場合にはどうすればいいか

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減圧症と保険請求

私の古い知人でダイビングに何年も夢中になっていた方がいましたが、今年の年賀状には、その方の友人が減圧症になったことを契機にダイビングを止めたと書いてありました。

減圧症は、回復する方もいれば、一生の障害を負うことになる方もいます。
ですから、減圧症の疑いを自分で感じたら、できるだけ早く医療機関へ行くことをお勧めします。

今回のお話はここからです。
これは、一般ダイバーの方々が、減圧症の治療に必要な医療費をカバーすることになる保険金の支払いを受ける必要がある場合に役に立つこともある話です。

ただ、現在の保険金支払い状況を見ると、この情報が必要となる人は、今はほとんどいないでしょう。
そうであれば、それこそが良い知らせです。

それでも、この情報を必要とする方が一人もいないとはまだ言い切れないので、敢えて今、書かせていただきます。
ご自分の体験と知識から、今回は自分に関係ないと思われた場合は、ご遠慮なく今回の分を無視してください。

セブ島のウミガメとダイバー(撮影:越智隆治)

筆者が直面した保険の壁

私自身の経験です。

ずっと以前のある日、水深約20m以深から緊急浮上しなければ直ちに溺死する事態に直面したことがありました。

私はその時、生きるために緊急浮上を行ったのですが、途中で溺水し、海面に到達した後に救急車で運ばれて入院となりました。
もちろん多額の医療費がかかりました。

これは「事故」だったので、私は退院後、医療費支払いのために、保険会社に傷害保険からの保険金の支払いを求めました。

しかし保険会社は、ダイビングの事故は「潜水病」だから「病気」である。
そして「病気」は怪我ではないので保険金は払わない、と通告してきました。

当時、私はこれに驚きました。

保険会社は、たとえば今回の事故は、水中の崖のそばで岩が落ちてきての怪我のような、明らかに「急激・偶然・外来の事故」ではないので、これは「潜水病である」というところを譲りませんでした。

そこでも多額の医療費の問題があったので、私は保険会社と交渉を続けました。

やがて緊急浮上した際におぼれ(溺水して)て肺に海水が入ったことで、入院中はその治療がメインだったという事実があったので、保険会社は、その溺水(おぼれた)部分には契約が適用できるという理由で、やっと保険金の支払いを認めたのです。

このときの保険会社との交渉には苦労しました。

今は当時と違って、このような状況でもスムーズにいくのではと聞いています。

しかし、たまたま保険代理店の担当者に知識がなかったり、あるいはダイビングの事故は「潜水病」だという思い込みが頭に刷り込まれていた場合には、支払いを受けるまでに手こずる可能性もゼロではないと思います。

ということは、ダイビングを行う際のリスクには、保険会社の認定のミスというリスクがあることになります。

次に、何年も前に「潜水病」だからと、保険金支払いを拒否されていた方からの相談を受けたので、以下の内容を私のHPアップしたところ、それを保険会社に見せたらすぐ保険金が支払われたと報告を受けた、その内容を紹介します。

減圧症が傷害保険の対象となるためには

「急激・偶然・外来の事故」によって「 人の身体に傷害」が生じたものが傷害保険の対象です。

レクリエーション(レジャー)としてダイビングを行ったことで罹患する減圧症(いわゆる潜水病と言う人もいる)は、急激・偶然・外来の原因の結果であることは、ダイバーにとっては当然のことでしょう。

それは高い水圧下と外的要因の中で、浮上やその他によって急激な水圧の変化を受け、それに耐えうる体質を持っていなかったからか、あるいは偶然、体内に蓄積していた減圧症発症要因がそのとき実際の発症となったという訳ですから。

しかし、日本語での減圧症や潜水病には、「症」「病」という字がついていることで、これは「病気」なのだと主張されるときがあるのです。

そのときに役立つのが、医学的に減圧症が傷害と分類されていること、そして実際に過去も減圧症に対して保険金が支払われているということを示す事実です。

減圧症が病気ではなく、医学的に傷害とされていることを示す証拠となる資料(傷害保健金の支払い根拠)

※以下、傷害と障害という二つの表現が混在していますが、同じ意味と考えて差し支えありません。

(1)「日本高気圧環境医学界雑誌 2002 Vol. 37 No.2」(2002年6月)掲載、[レジャーダイバーの潜水障害罹患割合]

この論文の70ページでは、「調査した潜水障害は4項目で、その頻度は窒素酔いが最も多く(12.2%)、耳圧外傷(10.2%)、副鼻腔圧外傷(5.5%)、減圧症(1.9%)の順であった(表2)」とし、71ページにある表2レジャーダイバーの潜水障害(1996~2000, n=2688)でも、潜水障害として挙げた名称として、「窒素酔い」「耳圧外傷」「副鼻腔圧外傷」「減圧症」としています。

この論文では「障害」として、「外傷」と「減圧症」を同一分類として扱っていることから、「減圧症」は医学的に見て、怪我と同類の事故と見ていることがわかります。

(2)「第5回安全潜水を考える会」(2002年11月16日)の「研究集会 発表集」の3ページでは、[潜水事故の予防-その基本的マニュアル-]で、「減圧症」を「潜水事故」の主要なものとして分析しています。

(3)「第4回安全潜水を考える会」(2001年10月27日)の「研究集会 発表集」の9ページから[レジャーダイバーの耳と副鼻腔は大丈夫?]という発表が紹介されており、10ページの表1に潜水障害の一覧が示され、「減圧症」を、「歯の傷害」などと同じグループに分類しています。

(4)「第3回安全潜水を考える会」(2000年11月18日)の「研究集会 発表集」の12ページには[DAN Japanの保険適用の事例]が掲載されており、この15ページの「12.事故状況と傷害分類」の「事故原因別、分析表では、一番多いのは、減圧傷害、耳の傷害、外傷、その他となっています。」となっています。

これらは当時保険を引き受けていた19社が実際に支払った事例の紹介です。

(5)平成16年1月28日に確認できたDAN JAPANの保険に関するwebページ(当時のURLは、http://www.danjapan.gr.jp/dan/danho/index.shtml。現在は削除されている)では、DAN保険の内容の説明の中の「給付事例」で、「日本国内外におけるレジャー・スキューバダイビング中に急激・偶然・外来の事故により傷害を被った場合および・・・保険金が支払われます。給付の対象となる事故例は、以下のとおりです。」として「潜水病で治療を受けた」を挙げていました。

さらにこのwebページでは、「DAN潜水事故における酸素供給法講習」の説明の中で、「減圧症を始めとする潜水事故・・・」と明確に記していました。

(6)過去に見たPADIの「事故報告書」には「減圧症」の報告も記されていました。
つまりこれを書いた側(当然プロダイバー)も「減圧症」を事故扱いしていたことが分かります。

大抵の減圧症は自分の注意で避けられるのです

誰もが減圧症になるようなダイビングはしないこと、プロやパーティ企画者は参加者をこのリスクにさらさないこと、そして減圧症になりかねないダイビングを行うダイバーを、ヒーローであるかのように持ち上げない、ということが必要です。

これらはダイビングの「文化」の問題です。

ダイビングの「文化」の質の向上のためには、こういった、何かの欲(目立ちたい、もっともっと欲しい、など)にかられた行為を自制する行為への高い評価を確立することが必要です。

こういった「欲」のコントロールに今以上に成功すれば、ダイビングが抑制の効いた知的活動に裏付けられたスポーツであることの意味を一層深めていくことでしょう。

自分をより大きく見せたいというような欲を捨てるという、ダイビング本来の目的と違うところで欲張らないことが、安全にダイビングを続けるコツなのです。

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PROFILE
商品スポーツの問題、特にレクリエーショナルダイビングの安全についての問題を中心に研究。
他、複数の学会での発表、公演、執筆活動などを行う。

元、「東京大学潜水作業事故全学調査委員会」委員
現、消費者庁「消費者安全調査委員会」専門委員
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