大分・稲積水中鍾乳洞〜水中探検家・伊左治佳孝のフツーではないダイビングガイド〜
水中探検家・テクニカルダイビングインストラクターである伊左治佳孝氏のダイビングガイド第7弾は大分県・稲積水中鍾乳洞。陸の観光洞としても多くの人が訪れ、体験ダイビングやレクリエーショナルダイビングもできるので、読者の皆様の中にも潜ったことがある人もいるかもしれない。しかし、本連載は「フツーではない」ダイビングガイド。テクニカルダイビングでしか行けない、その先の景色を伊左治氏からご紹介いただこう。

やぁ、全国のケーブダイビングLOVERの皆様、こんにちは。
ただいま僕は、ocean+αさんへの原稿を遅れないように――そう、“遅れないように”――書き溜めている真っ最中だ。
こうした事前準備や先を読む力こそ、テクニカルダイビングにおいて最も大切なスキルのひとつ。つまり僕は、準備万端な素晴らしいテクニカルインストラクターであるに違いない。
テクニカルインストラクターたるもの、原稿の遅れなど許されない――そのような意識を新たにしながら原稿と向かい合っている。

テクニカルダイバーの器材。整頓され、決して散らからない
稲積水中鍾乳洞の成り立ち
さて、今回ご紹介するダイビングポイントは「稲積水中鍾乳洞」。我々ケーブダイバーが大嫌いな“日光”が一切入ってこない、本格的な水中洞窟だ。ケーブダイバーだけど太陽光が好き?そんな人はメキシコのセノーテにどうぞ。稲積もセノーテも、どちらも僕がガイドさせていただきます(宣伝)。
メキシコ・セノーテ「タクビハ」〜「ピット」:水中探検家・伊左治のフツーではないダイビングガイド
さあ日光が嫌いな皆様、ではなぜ稲積には日光が差し込まないのかというと、その理由はこの洞窟の成り立ちにある。稲積水中鍾乳洞は、阿蘇山の大噴火によって周囲を流れる川がせき止められ、もともと山中にあった鍾乳洞が水没して形成されたものだ。つまり、セノーテのように地表にぽっかり開いた泉ではなく、山の内部に隠された“沈んだ鍾乳洞”。そのため入口は大分県の山地、標高200メートルを超える場所にあり、山中の洞窟を進んだ先に水中への入口が口を開けている。
川を由来としてできた水中洞窟なので、セノーテのような「泉」の雰囲気ではなく、“地下河川”と呼んだほうがしっくりくる。

川のように水が流れる鍾乳洞内部
ケーブダイビングまでの準備
稲積水中鍾乳洞は観光洞としてもしっかり整備されていて、陸上部分には観光客がひっきりなしに訪れる。そんな中、僕らケーブダイバーは観光客の視線を少し浴びつつ、大量の器材を持ってエントリーポイントへ向かっていくのだ。
エントリーへ向けて鍾乳洞の内部を歩いていく
水中へのエントリーポイントはいくつかあるが、僕がよく使うのは「デーモンズカバーン」と呼ばれる場所。ここは入口付近に器材を並べて装着できるし、万が一のトラブルがあってもすぐに陸地へ戻れるため、安全面で非常に優れている。

水中へのエントリーポイント
稲積水中鍾乳洞へのケーブダイビング
洞窟内を流れる水流は、もともとの鍾乳洞をさらに削り広げ、チューブ状の通路をいくつもつなげている。潜り進むと“迷宮”を思わせる雰囲気が漂っており、他のケーブとは一線を画する景観だ。強い水流の影響で、メイン通路沿いには鍾乳石があまり残っていない。セノーテの華やかさとは違う、ワイルドな表情がここにある。

チューブ状に続く通路
水温は年間を通して15〜16度。もちろんドライスーツ必須の環境であり、潜水時間が長くなることを考えれば、しっかりした防寒インナーも欠かせない。流れがあるせいか、同じ水温の伊豆より冷たく感じることもあって、僕は最も分厚いインナーに加えてヒートベストを併用し、潜水時間が100分を超えるときには全身ヒートインナーで挑むようにしている。
ケーブの奥へ
稲積水中鍾乳洞は、イントロケーブダイバーから潜ることが可能だ(入り口付近で、カバーンダイビングも可能だが私はガイドをしていない)。エントリーポイント付近は最大でも水深10メートルほどと浅く、イントロケーブダイバーでも十分に満足できる範囲だ。
――しかし、僕らには当然「もっと奥へ」という野望がある。カバーンエリアの終点には立ち入り禁止の看板が立っているが、フルケーブダイバーならその先に広がる通路へと進むことができるのだ。
奥に行きたい野望を秘めたオーシャナのスイカさん
この看板から奥はさらにアップダウンが増え、水深が20メートルに達する場所も出てくる。本格的なケーブダイビングの始まりだ。ここから先はアップダウンが増え、水深20メートルに達する場所も出てくる。本格的なケーブダイビングの始まりだ。通路はさらに複雑になり、まさに“水中迷宮”。左右上下に広がる空間を前にすると、「入口までのラインがなければ帰れない」という現実を、身をもって思い知らされる。

上側の通路から下の通路を眺める
フルケーブエリアの最奥部にはエアドームがあり、水面に浮上できるスペースが形成されている。フルケーブダイバーにとって、まずはここに到達するのが目標となるだろう。ただし、大柄な人やエア消費が多い人はステージシリンダー(減圧用ではなく、滞在時間を延ばすための追加タンク)が必要だ。その場合はフルケーブライセンスに加えて、ステージケーブの資格も求められる。
この奥は一気に40メートル超の深場へ落ち込み、水の流れが少なくなるためシルトが多く堆積している。これまでのエリアよりリスクが跳ね上がるため、ここから奥には原則として案内をしていない。ここより奥は、視界ゼロの中でも動ける技術、減圧の知識、ステージシリンダーの運用、そして高度なアウェアネス――すべてが揃っていなければ潜るべきではない領域だ。まぁでも、この記事をここまで楽しんで読んでいる人なら、そのトレーニング自体が大好物だろう。この途中にも新たに支道が発見されているなど、稲積水中鍾乳洞は冒険心をくすぐる洞窟であることは間違いない。

洞窟の奥へ
次は、あなたの番だ
この記事をここまで読んでワクワクしたなら、その時点で稲積水中鍾乳洞に呼ばれているのかもしれない。稲積はイントロケーブからフルケーブ、さらにはステージケーブまで、レベルに応じた挑戦が可能であり、それぞれの段階でまったく違う景色と緊張感が待っている。もちろん、挑むにはそれぞれの段階に応じたトレーニングが必要だし、準備も万全でなければならない。だが、その先に広がる光景は、間違いなく人生の一本に刻まれるはずだ。
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DIVE Explorers
稲積水中鍾乳洞 ケーブダイビングツアー:https://tech-diving.jp/tour/tour-inazumi
撮影協力 稲積水中鍾乳洞または別府タワー
本連載ではインスタライブでみなさんの質問にもお答えしながら、記事で紹介したポイントのことや現地の様子を伊左治さんにお話しいただきます。
ぜひお楽しみに。
日時:10月23日(木)20:00〜
ocean+α公式Instagram
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