バリ島のダイビング漂流事故。早期救助されていた可能性を考える

漂流事故で生き残るための一つの有力な方法を知る

今回は、ダイバーの生死にかかわる器材について書いてみます。

セブ島のサンゴと魚の群れ(撮影:越智隆治)

他人事ではない、毎年起きている漂流事故

ダイビングの漂流事故は、日本国内でも毎年毎年起きています。
時には死者も出ています。

単独で漂流して助かったり死亡したり、複数で漂流して全員助かったり、時には全員死亡したり。

単独で漂流してしまい、自分を探す捜索隊が自分からは見えながら、そこに自分がいると知らせる手立てがないまま発見されずに漂流し続け、そしてゆっくりとその時を迎える気持ちは想像を絶するものでしょう。

以前、沖縄で起きた漂流事故で無事救助された事例については「漂流事故の救助事例1」や「漂流事故の救助事例2」(※事例2は漁業潜水中)がありますが、いつもこのように幸運がやってくるとは限りません。

これまでも、先日のバリ島の事故と同じような事故が過去にも起きていたことを、いったいどれだけの人が覚えていて、そして心に刻んでいるでしょうか?

その一例ですが、漂流事故で何人も死亡した事故を報ずる、事故当時の新聞の切り抜きを紹介します。

ダイビング漂流事故の報道

捜索隊からは見えずとも、
漂流者たちからは見えている

切り抜きで紹介した事故では、漂流したダイバーたちが、漂流中、自分たちを探す救助隊が見えていたと報じています(死亡した漂流ダイバーがそのことをメモに残していました)。

私がこれまで話を聞いた他の漂流事故遭遇者たちも、同じように漂流中に自分たちを探す捜索隊が見えたと語っています。

探す側に、漂流しているダイバーたちから「ここにいるよ」と知らせることさえできていれば、彼らは助かったのではないでしょうか。
それが残念でなりません。

では、漂流中に発見されることはそんなに難しいことなのでしょうか。
漂流者自身が発見されるために行う努力や手立てはあるのでしょうか。
そしてそれがあるとすればどういう方法なのでしょうか。

今年のバリ島の漂流事故に関する報道の内容を見る限りにおいてですが、今回の事故は、この教訓が生かされていなかったことで発生し、過去と同じようなパターンで残念な結果となったように思われます。

今回の事故のような悲しい出来事は、これまでの漂流事故と合わせて、決して忘れてはいけない教訓とすべきではないでしょうか。

誰かの命がけの教訓を決して忘れないこと。
そして、その教訓を有効な努力と手立てを尽くして自分のものにすること。
これこそが、プロアマを問わず、ダイバー自身が本当の意味で覚悟すべき自己責任だと思います。

バリ島の事故における早期救助の可能性を考える

そもそも論となる前提は除き、起きた現象から考えてみます。

報道では、ダイバーたちが浮上した時点で、大雨の影響で船からは海面が良く見えなかったようです。

そしてダイバーの側からのダイブホーンでの呼びかけも、雨音と風向きのせいなのか効果がなかったようです(※参考:漂流事故者発見実証訓練)。

しかし、このダイバーたちがレーダーで感知できる新型フロート(旧式フロート=ビニール製はレーダーに反応しない)を上げていれば、船長が目視で見失った時点で、船はその海面上の位置をレーダーで感知できた確率が高いと言えます。

それでも初期捜索で見失ってしまって漂流したとしても、ダイバーたちが広大な太平洋上をバラバラに漂流していた訳ではなかったことから、夜間であっても、日本の漁船の標準装備レベルのレーダーをもって海面を探索していたら、昼夜日没夜明けを問わず、広い海上を面として継続して探せたことに疑いはありません。

それに今回は漁船以上の性能のレーダーを装備している船舶も捜索にあたっていたので、レーダーで探索さえできれば早期発見できた可能性は高かったと思われます。

しかし、彼らはこのレーダーが感知できるフロートを携帯していなかったようです。
自らが発見される手立てを用意してそれを立てておく努力をする。
これがあったならと、残念でなりません。

レーダーに反応するフロートの効果

漂流事故が後を絶たないことから、漂流事故になる前の小さなトラブルの段階で予防したり、また漂流したときに、目や耳(ダイブホーンは風向きと音の関係で、すぐそばでも聞こえない場合が少なからずある)しか探すすべがないという状況からの脱却を目指して、漁船でも搭載しているレーダーでの探知可能性を知るための実証実験が海洋で行われています
漂流事故とその生き残り対策について

新型フロート(実はもう何年も前に開発されて販売されているので、新型というより常識型、あるいは常備型というべきでしょう)とは、普段は小さく真空パックされ、容易にBCのポケットに入れておける、レーダーで感知できる反射体が内蔵されたフロートを、とある技術力の高いメーカーが何年も前に開発しています。

これはそのメーカーからネット通販でも買えます。
誰でも簡単に入手できるものなのです。

このフロートの効果は大変高く、その検証と救助ノウハウの確立のために、海上保安庁は十一管区で二回三管区内で一回の実証試験を行いました。

さらに自衛隊でも検討の上、海上救助に携わる部隊全員分(と推測される)の数の装備を実施し(以前どこかのテレビで紹介していました)、さらに商船三井は、これを救命胴衣に組み込んだものを標準装備品としてすべての船舶向けに採用しました。

本来、民間ダイバー用に開発された数千円程度のフロート(自衛隊向けは現在製造中止となっている高耐久型で、当時の市販価格が1万円程度だった)を、海洋行動のプロである国家組織(海保・自衛隊)も、民間の海洋輸送産業の大手も積極的に採用しています。

しかしながら、本来、目的としていた一般ダイバーの安全のための新型=常識型フロート(真空パックのままBCのポケットに入れて潜水をしても1年は機能を保持)が、何故これまでの何年もの間、こうまでもプロアマ問わず、多くのダイバーたちから関心を持たれずにきたのか、いまだに理解できません。

そしてこのフロートの発売後に起きたどの漂流事故を見ても、このフロートを持っていた漂流者は報告されていません(もっとも持っていたダイバーはそもそも事故にならずにすんでいた可能性があるのですが).

ダイビングメディアの扱い(完全無視ではなかったですが)にも、危機管理への認識の程度(必要情報の展開)に関して同じように情熱のなさを感じます。

ビジネス的にいろいろ大人の事情があるのでしょうが、この情報はそれらの諸事情より上位にあるべきものでしょう。

簡単かつ安価で、荷物にもならずにこれだけの救命可能性を秘めたダイビング用器材は、知る限りでは、世界で日本のダイバー向けに販売されているこれしかありません。

日本のダイバーがこのように特権的な立場にあるにも関わらず、今でも普及率がゼロに近いのです。
ダイバーがマスクを持っているように、これは自然に携帯していて当然の器材だと思うのですが。

旧式フロートとの使い分けによる事故の予防と被救命可能性のアップ

普段のダイビングで位置情報を示すには、繰り返し使えるビニール製の旧型フロートを使い、緊急事態に自分の命を守るために、数千円のフロートを年に1回買い換えながら常時自分のものとして携帯しておくことが当たり前になる日はいつ来るのでしょうか。

数千円は、自分の命の価値を考えれば、十分に採算が取れる金額ではないでしょうか。

プロは客に貸す(レンタル)か販売することで漂流事故の回避確率(特に浮上した漂流を始める初期段階で発見・揚収してもらう)を格段に上げてビジネス上のリスクマネジメントとし、各ダイバーは自分が漂流事故に遭わないように、また漂流しても自分で助かる自助努力をすることを通じて、自らが発見される可能性を自ら高めるために、これを常時携帯することが必要ではと考えます。

これをBCのポケットに一個、できれば数個を入れておけば、単独で漂流したとしても、発見される確率を、自分の意思と自助努力で上げることができるはずです。

漂流を始めてから、ああ今度持とうと思っていたのに、などと思わないですむように、今シーズンは急いて準備しておきましょう。

バリ島の事故を繰り返さないために

今回の事故の教訓は、少なくともちょっとしたことで予防したり、助かる可能性が見えた事故でしたから、ダイバーたちは誰もがこの悲しい事故を厳しく自分を戒める教訓とするべきだと思います。

■参考:沖縄県ではレーダーが感知できるフロートの携帯が推奨されています。
沖縄で思いっきりダイビングを楽しんでもらうための安全対策マニュアル」の37頁④などに記載があります。

沖縄でダイビングビジネスを展開したり、ツアーに行くプロは、客にこれを持たせずに事故が起きてしまえば、漂流事故でなくても、普段からの安全管理に不備があった業者だとの証拠とされてしまうかもしれませんので要注意です。

また、海上保安庁の組織が検証を行った第三管区海上保安本部管轄の伊豆半島や神奈川県の水域、そして伊豆・小笠原諸島でダイビングビジネスを展開したり、ツアーに行く方々も同じです。
自らを法的リスクから守るために、ビジネス上のリスクマネジメントを忘れずに。

そして最後に、もう一つの教訓。
自分の安全のための情報は、他人から与えられるのを待つのではなく、自分からガツガツと取りに行きましょう。
事故に遭ってからではどうしようもありません。

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writer
PROFILE
商品スポーツの問題、特にレクリエーショナルダイビングの安全についての問題を中心に研究。
他、複数の学会での発表、公演、執筆活動などを行う。

元、「東京大学潜水作業事故全学調査委員会」委員
現、消費者庁「消費者安全調査委員会」専門委員
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