海洋生物に関連したダイビング中の事故例から学ぶ

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今日は、ダイビング活動に伴う生物事故についてお話しします。

海洋生物の大部分は人間を積極的には襲ってはきません。
人間が言う生物事故とは、海洋(水棲)生物の人間に対する防御反応の結果であると言ってもいいでしょう。

オーストラリア、オスプレイリーフのサメの群れ(撮影:越智隆治)

確かにダイバー(職業ダイバーを含みます)やサーファーなどがサメにかじられて死亡したり重傷を負うなどの事故もあるようですが、これはサメにとっては生きるための捕食活動の一環と考えられそうです(被害に遭われた方を軽く見るという意味ではありません)。

海洋生物にとって人間は、基本的に別の世界からやって来たエイリアンです。
彼らに防御反応を取らせることのないよう、まれにしか起きないこととは言え、それでもこれから紹介する各事例を深く心に刻んで、人間の側で細心の注意をすることをお勧めします。

オニダルマオコゼを踏んで死亡

これはダイビングショップを経営していたインストラクターが、沖縄の海岸で、自らが行っていた講習中にオコゼに刺されて死亡した事例です。

事故者となったインストラクターは、裸足で、講習を行うために海岸の浅瀬から船を出そうとしていました。
このとき、オコゼを踏んでしまいました。

事故者は、「痛い、オコゼに刺された。お湯を持ってきてくれ」と周囲に助けを求めたところ、受講生や近くにいた同業者がこの事故者のもとに駆け寄り、事故者の左足の裏に数カ所の刺し傷があるのを発見しました。
彼らはその場で傷口から毒素を出そうとしたのですが、事故者は数分後にその場で倒れ、心肺停止状態となりました。

そして約1時時間半後、救急車で搬送された病院で死亡が確認されたのです。

この事故が起きた沖縄県内では、1983年にも、海岸でオニダルマオコゼに刺された男性の死亡事例があったということです。

この事故者は当時50代後半であり、十分に危険やその回避方法を知っていたベテランだったと思われます。
経験豊かなプロが海岸での裸足のリスクを知らないとは考えられません。
それだけのプロであっても、ビーチで裸足で行動するという危険を冒してしまったのです。

今日もいつも通り裸足でも大丈夫、という、リスクに対する僅かな油断がそこにあったのかも知れません。

その結果、ただそこにいただけのオコゼを踏んでしまうことになり、自らの命を失うことつながったのではないでしょうか。

オニヒトデを駆除しようとして死亡

これは、インストラクターがファンダイビングを開催中にオニヒトデに刺され、その後ショックで死亡した事例です。

40歳代のインストラクターが客2名を引率してファンダイビングを行っていました。
その最中、インストラクターは、水深約18mの海底にオニヒトデがいるのを発見しました。

事故者(インストラクター)はこれを「駆除」するために石でたたきました。
そのとき、オニヒトデの棘が右手に刺さったのです。

事故者は海面に浮上しましたが、すぐに意識を失い、翌日朝に死亡してしまいました。

司法解剖の結果、事故者には、ハチ毒など体に入った異物に過剰に反応し、呼吸困難などを引き起こすアレルギー症状「アナフィラキシーショック」が起きており、そしてこれによる低酸素脳症を起こしていました。
この事故者は約6か月前にもオニヒトデに刺されていたそうです。

オニヒトデのこの個体は、それ以前の個体と共に、その個々の命と引き換えに、自分たちの種(集団)の存続のため、彼らなりの命がけの警告を出したのではないでしょうか。

サンゴの保護は大切です。異論はありません。
ただオニヒトデも、人間的な意味での悪意の意思の下に生まれてきた訳でもなく、ただ彼らなりの自然の法則の中で生まれて生きているだけと言えます(人間の、行き過ぎた金儲けの意思の下によるサンゴの密漁を止めさせる方が、今はより大きな緊急課題ではないかとも思いますがどうでしょうか)。

オニヒトデを駆除する際には、彼らの命がけの警告からショック症状を起こさないよう、人間の側で自己の安全管理を行うべきという教訓を、この事例は示しているようです。

なお、初心者の講習中に同様の事故が起きて、インストラクターが行動不能ないしは死亡した場合には、水中や海面で受講生や初級者たちが孤立してしまう可能性が考えられます。

初心者や初級者のダイビングを主催する場合には、主催者はそのリスクも計算に入れた上で適切な人数比(1人の指導者が何人の客であれば注意義務を正しく果たせるかの人数比。本当に理想的には、指導者とその補助が合わせて3で、受講生が1)を考えることが大切なことだと思います。

岩場に手を置いた時にウツボに噛まれる

この事例は、ダイバー自らがウツボにちょっかいを出した訳でないのに、たまたまダイバーの存在とその行動にウツボが危機を感じて(だと推定)防御行動をとった事例です。

事故者はダイビング客10名とともにボートダイビングを開始しました。
そして水深約20mの海底で岩場に手を置いたとき、突然ウツボに左手人差し指と中指を咬まれたのです。

事故者はダイビング船で港に入港後、待機中の救急車で病院へ搬送されました。
病院では人差し指靭帯と神経の切断と診断され、翌日手術が行われました。

ダイバーがたまたま手を置いた場所が、ウツボにとっては本能によって攻撃行動を起こすほどの危機を感じる場所だったのでしょう。
水中での慎重な行動という中には、水中生物に脅威を感じさせない慎重さという行動も忘れてはならないことをこの事例は物語っています。

この事例では、ダイバーがウツボに噛まれたことでパニックになって大きな事故になったわけではありません。

この事故者は、急な出来事でも自己の精神管理が十分にできる人だったのでしょう。

この事例では、自らのパニックを抑えた抑制行為が、結局は自分の命を危険にさらさない、負の連鎖をもたらさない、ということが大切な教訓となっていることを理解しましょう。

ガンガゼの棘で黒く跡が残った人災生物事故

これは、ウツボの事例と同じく、海底の岩に手を置いたときに、たまたまその岩の陰にいたガンガゼに手を刺されたという事例です。
なおこの事例は、生物事故というより、手抜き指導者による人災と言える事例です。

この事故者は初心者で、このとき初めての海洋実習でした。
事故が起きた場所は多少の流れがある場所で、砂地の海底に岩が露出している地形でした。

そしてこの講習を行っていたインストラクターは、自分は岩で怪我をしないように水中用の手袋をしていましたが、受講生にはそれをレンタルもせず、素手で活動させていました。

自らだけが手袋を着けていたインストラクターは、水中で、受講生が流されないようにと、海底の岩につかまるように指示しました。

この指示に従った素手の受講生が、たまたまつかまった岩の陰にいたガンガゼの棘に刺さされた(刺さったというべきでしょう)のです。

怪我の原因が水中には満載です。
素手であれば、他に貝の殻などによる危険も当然予想できます。

したがってこの事故は明らかに人災と思われます。

この怪我を「自己責任」ということで片づけられた受講生(ガンガゼに刺される可能性について、座学の講習でも教えられなかったようですし、ダイビング直前にも説明はなかったとのことでした)はとてもかわいそうに思います。

その事故に遭った若い女性の手には、その後も、抜いても残った棘の跡が、黒い色で残っていました。

ちなみにこのインストラクターは、その後事故者に謝罪をしていないようです。
※ガンガゼの棘は、手袋をしていても貫いてくるとは言われますが、ないよりはましでしょうし、手袋があれば、より軽症で済んだ可能性もあります。

ところでこの手抜きダイビングショップは、ダイビング雑誌で良いショップとして取り上げられたり、またその主要スタッフは、雑誌から連載を依頼されているという体裁をとりながら、実は原稿スペース料金を雑誌社に払って記事を載せていました。

人災に遭わないためには、雑誌の読み手側に、その内容や記事の読解力が本当に必要であることを、この事例は物語っているように感じます。

他の生物による事例

マスクをつつかれてパニック

20代の女性が、ダイビング中にマスクを魚に突かれてパニックとなり、事故となった事例があります。

水中でのパニックは死に結びつく可能性が高いので、魚の突きという事態を軽く見てはいけないという事例です。

イルカの攻撃性がゼロではないことを心に留めることの必要性

イルカウォッチングは、ダイバーとして、またスノーケラーとして楽しいものです。

人間が接する機会を商業的に用意された場所では、イルカは一般に友好的のようです。
そうではない場所でも、彼らは通常人間に友好的なようです。

水族館のスタッフなどは、小さい子供を連れた母イルカはいつもより攻撃的になっていることを知っていますし、イルカウォッチングのガイドも大抵はこの傾向を知っていて、その上で安全なガイドをしているようです。

しかし、何かが起きる可能性はゼロではありません。
たとえば、あれだけイルカの性善説を信じるアメリカでも、有名な新聞がイルカの危険性と攻撃性に関する記事を掲載しています(ニューヨークタイムズ 1999年7月6日の記事 Evidence Puts Dolphins In New Light, As Killers – New York Times)。

記事では、イルカの攻撃性や残虐性について、またイルカと泳いでいるときに噛まれて入院した女性のことも書いています。

イルカはおもちゃではなく、あくまで野生動物(人間を拒否する野生の自由がある)であるということを忘れずに、さらにガイド(良いガイドであることを祈って)の注意をよく聞いて、イルカたちの友好性が発揮できるように接する(見る)ことが必要なようです。

クジラ撮影中に行方不明

ある著名な水中カメラマンが、小笠原で単独でクジラの撮影をするために潜り、そして行方不明となっています。
クジラが原因かどうかは分かりません。単独潜水でしたから。

しかし危険を知りぬいているプロが単独で巨大な生物に近づいて、自らの事業のために行った撮影行為中の事故(と考えてもいいでしょう)と考えても大きく外れてはいないように感じます。

ダイバーが潜るところは、そこが身近な海中であったとしても、人間の自然な居場所ではありません。
水中は本来人間の生存に適さない場所なのです。

ですからそこで起きることに想定外という考えは通用しないという自覚が、それぞれの立場のダイバーたちに必要でではないかと思いますし、プロはそのリスクを踏まえた講習やガイドの計画立案が必要であると思います。

また消費者としての一般ダイバーは、きちんとリスクを把握して、その排除ができる、またするためにプロの知見を投入しているプロこそを選ぶ努力をすべきなのでしょう。

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PROFILE
商品スポーツの問題、特にレクリエーショナルダイビングの安全についての問題を中心に研究。
他、複数の学会での発表、公演、執筆活動などを行う。

元、「東京大学潜水作業事故全学調査委員会」委員
現、消費者庁「消費者安全調査委員会」専門委員
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