岩場の転落死、ダイビングガイドの法的責任はどう問われるのか

この記事は約5分で読めます。

ラジャアンパットのニューディロック(撮影:越智隆治)

梯子(はしご)から落下し、ダイバーに激突した裁判例

ガイドダイバーやインストラクターが負う監視義務(安全配慮義務)は、ダイビングを実施している時だけにとどまらず、浜辺や船の中にいる時にも存在しています。

ボートダイビングのエキジットで梯子(はしご)を上り、船の中に入ったダイバーが、船が揺れたはずみにタンクを背負ったままよろけ、梯子のところから落ちてしまい、梯子を上っていたダイバーと衝突し、相手に怪我をさせた事故が訴訟になったことがあります。

この事故では、受傷者は梯子のところから落ちてきたダイバーではなく、ガイドダイバーを訴えました。

「ガイドダイバーが、船の中に入ったら速やかに器材を外すようにという注意をしなかったから、器材を背負った状態でふらついて船から落ちた」などという主張がされたのです。

幸い、裁判所では、器材を外す暇もなく、船の揺れで落ちてしまったもので、ガイドは適切な注意をしていたという当方の主張が認められました。

Cカードを持っているダイバー同士のアクシデントでも、ガイドダイバーの責任が問われることがあるのだなとしみじみ思った次第です。

個人のダイバーが賠償責任保険に加入しているとは限らないので、ガイドやインストラクターが訴訟の当事者になりやすいのかもしれません(いくら責任が認められても、賠償を支払う原資がなければ「絵に描いた餅」になってしまうため、賠償保険に加入しているガイドの責任として過失を構成するのです)。

岩場で用を足していたダイバーが外洋に転落し、溺死した裁判例

事故の内容

岩場で休息中に腹痛を訴えたダイバーAさん(23歳女性)に対し、付近にはトイレがないため、ガイドは岩場の陰の踊り場で用を足すことを勧めました。

この踊り場は奥行が約5メートル、長さ約10メートルの三日月型のような形をした岩棚で、足元の岩盤は全体に外洋に向かって1メートルから0.5メートルほど低く傾斜し、一面に険しい大小の凸凹や裂け目があったようです。

また、この日は大しけで、大きなうねりが来るときは踊り場すれすれまで海面が上昇し、高波がかかっている状態でした。
過去にもこの踊り場から釣り人が転落死する事故も発生していました。

Aさんが踊り場に向かって3~5分後、高波にさらわれたのか、足を滑らせたのかその原因は不明ですが、Aさんが踊り場の下の外洋に落ちていることが分かりました。

ガイドはすぐに飛び込んで救助をしようと思いましたが、付近の岩壁が絶壁状で波も高く、救助に飛び込んでもAさんを引き上げる場所がないことや、波に巻き込まれたり、岩に衝突して負傷する危険もあるため、飛びこむことはやめ、船を出してもらうように指示し、自分は岩場からAさんの様子を見守りました。

Aさんが踊り場から落ちて約50分後にガイド2名が飛び込み、意識を失った状態で海に浮かんでいるAさんのもとに向かい、ちょうど、船も到着し、全員を引き上げました。

その後、Aさんは病院に搬送されましたが、心臓マッサージなどの効果もなく、死亡が確認されました。

高等裁判所の判断

この事故について、地方裁判所ではガイドが踊り場で用を足すように指示をしたことや救助方法などについて、事故の予見可能性や回避可能性はないとして、ガイドの責任を否定しました。

しかし、高等裁判所では異なる判断をしています。
ガイドは引率者の立場であり、ゲストが危険な場所に近づかないように注意をすべきであった、それにもかかわらず、岩場で腹痛を起こしたゲストに対し、危険な踊り場で用を足すように勧めて本件事故が発生したのであるからガイドの指示には過失がある、また、ダイビングは本質的に危険を内包しているものであるから、いつ何時、ゲストに生命、身体に危険が及ぶような緊急事態が突発しても迅速に救助できるように浮き輪、ロープなど適切な救命用具を携行すべきであったが、適切な救命用具を携行せず、緊急事態の連絡方法について何らの準備もしていなかったなどが過失の内容として挙げられました。

もっとも、高等裁判所はAさんについても、23歳の社会人なのであるから、いかにガイドに指示された場所であるにせよ、踊り場や外洋の状況に十分に注意をして自ら安全性の判断をすべきであったなどとして4割の過失相殺を認めています。

感想

高等裁判所の判断を読むと、ツアーの引率者であるガイドに重い責任が課せられていることを感じます。

子供の遠足ではなく、分別のある成人したゲストを引率しているのであるから、仮に危険な場所で用を足すことを勧めたとしても、それに従うか否かはゲスト自身の判断であり、また判断した以上、ゲスト自身で安全を確保すべきであった気がします。

踊り場に行った経緯から考えても、ガイドが踊り場に行くことを勧めたことに過失を認めることは酷な気がします。

また、ダイビング終了後に、ゲストが海に落ちるなどということは予想できるものではなく、救助のための浮き輪やロープを持っていかなかったことが過失になるというのも、いかがなものかと思います。

ただし、ガイドの責任がダイビング中のみならず、陸上などにおいても存在していることを考え、ツアー中にどのような危険があるのかを再考するためには参考になるのではないかと思います。

ツアーの間は、ガイドは引率者という責任のある立場であるということを意識し、ゲストが危険な行為をするようであれば、ダイビング中以外の時であっても注意をすることが必要ではないかと思います。

\メルマガ会員募集中/

週に2回、今読んで欲しいオーシャナの記事をピックアップしてお届けします♪
メールアドレスを入力して簡単登録はこちらから↓↓

writer
PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
FOLLOW