国内初、東大サンゴベンチャー「イノカ」が完全人工環境下でサンゴ抱卵に成功!
近年、養殖や苗の植え付けなど、サンゴの保全活動が多く行われるようになってきたことなどの背景から、ダイバーの方にも、以前よりサンゴを傷つけないように注意を払ってダイビングを楽しんでいる方も多いのではないだろうか。
そこで今回は、東大発のサンゴベンチャー企業「イノカ」が、国内で初めて人口的に産卵時期をコントロールし、サンゴの抱卵に成功したというニュースをお届け。実験が成功するまでの経緯や、30年後までに90%が消失してしまうと言われているサンゴがもたらす経済効果など、サンゴの秘める可能性とサンゴの存在の重要性について紹介していく。
サンゴの抱卵に成功した、東大発のサンゴベンチャー企業「イノカ」って?
株式会社イノカ (以下 イノカ)は、環境コンサルティングや人工的に生態系を管理・育成するシステムを開発する、東京大学発のサンゴベンチャー企業。子どもに向け、サンゴ礁の取り巻く環境問題を伝え、課題解決力を養う体験型教育プログラムや、海洋生態系に関わる基礎研究とモニタリング事業を行っている。
環境移送技術という、水質(30以上の微量元素の溶存濃度)・水温・水流・照明環境・微生物を含んだ様々な生物の関係性など、多岐に渡るパラメーターのバランスを取りながら、自社で開発したIoTデバイスを用いて、特定地域の生態系を自然に限りなく近い状態で水槽内に再現するイノカの独自技術により、完全人工環境下においてサンゴの健康的な長期飼育を目指しているのは、日本で初めて。
※完全人工環境とは、人工海水を使用し、水温や光、栄養塩等のパラメーターが独自IoTシステムによって管理された水槽(=閉鎖環境)のことを指す。
サンゴの抱卵時期をコントロールすることに成功!産卵に向け実験を継続中
そして、2022年1月6日、人工的にサンゴ礁の海を再現した閉鎖環境系水槽で、環境移送技術で読み取った沖縄県瀬底島の水温データを元に、自然界と時期をずらして抱卵しやすい温度に調整することで、コユビミドリイという種類のサンゴの抱卵時期をコントロールした抱卵に国内で初めて成功した。
今回、再現性の高い完全人工環境下での抱卵実験に成功したことにより、自然界では多くのサンゴ種が1年に1度と限定的な抱卵を行うのに対し、人為的に抱卵時期を導くことが可能となった。さらに、国内初となる2022年の完全人工環境下におけるサンゴ産卵成功に向けた実験を継続中だという。
抱卵の判定については、黒潮流域の生態系に関する調査研究を行っている公益財団法人 黒潮生物研究所・目崎拓真所長が画像データを元に確認。また、実験にはイノカが管理する水槽で2年以上飼育し、2021年8月時点では抱卵が確認されなかったサンゴを使用している。
この実験が進むことで、ハツカネズミやショウジョウバエのように何世代にもわたって研究調査を行うモデル生物としてサンゴを扱うことができるようになれば、サンゴの基礎研究が大きく進み、サンゴ保全に大きく貢献できると考えられる。
サンゴ礁の経済価値は天文学的!
サンゴは、約4億年前に誕生し、熱帯を中心に生息している動物。生物多様性の面でも重要な役割を果たしており、海の表面積のわずか0.2%に過ぎないサンゴ礁海域に、海洋生物の25%が暮らしている。
また、人間の社会生活を支える上で必要な護岸効果や漁場の提供、医薬品の発見、建築材料や生活の道具の材料といった重要な役割を果たしていて、世界のサンゴ礁の経済価値は、50年間で推定8000億ドル(日本円で約93兆円)と言われている。(※1)
しかし、20年後には気候変動に伴う海水温の上昇によりサンゴ礁の70~90%が消滅する可能性が高い(※2)と言われており、海の生物多様性やそこからうまれる経済価値を守るためにサンゴ礁の保全は最重要課題だ。
海洋生物の25%がサンゴ礁海域に暮らしているということは、サンゴ礁がなくなってしまった時、海と陸の2つの世界の生態系にどのような変化を及ぼすのか、まったく想像もつかない。ただ、海洋生物の生態系にサンゴ礁が必要不可欠なことは間違いないだろう。人間のテクノロジーの力で、どこまでサンゴ礁の保全ができるのか、これからのイノカの研究にも注目したい。
出典
※1:WWFレポート サンゴ礁の世界的な衰退による経済への影響 (2003)
※2:国連気候変動に関する政府間パネル (IPCC = Intergovernmental Panel on Climate Change)Global Warming of 1.5°C (2018), p8. B.4.2