ベテラン・ダイバーの落とし穴!?
久しぶりに友人同士で伊豆のとある海へやってきたJとT。
Jはダイブマスター、Tはダイビング歴15年を超え、
ベテランの域といってもいい2人のバディ潜水である。
いつものように、「さあ、潜りますか」とブリーフィングもそこそこに、
勝手知ったる海にエントリー。
水中でも、いつものようにつかず離れず、
どちらが主導権を握るわけでもなく、阿吽の呼吸で進んでいく。
しかし、この日は透明度が悪いこともあって、はぐれてしまう。
その時の様子をそれぞれに聞いてみると意識のズレが……。
【Jの回想】
カメラが好きなTと潜る時はいつも私が見張り番です。
はぐれないように視界の中に入る距離を保ち、
彼が心行くまで写真を撮ってから移動するパターンです。
その日もTはメバルを一生懸命撮っていたので、何となく見守っていました。
でも、かなり撮影に粘っていたので、しびれを切らせて、
いつものコース上にある根に先回りして遊ぼうと思いました。
サインで先に行くことを伝え、いつもの根で待っていたのですが、
待てど暮らせどTはやってこない。
少し不安になって、元の場所に戻ってみるとTはいません!
辺りを見渡しても透明度が5メートルくらいということもあり、
見える範囲には誰もいませんでした。
いつものコースを潜るとしたら、私が待っていた根を必ず通りますので、
何かトラブルでもあってエグジットしただろうと心配になって、
自分もエグジットすることにしました。
エグジットしたもののTはいません。
エグジット口はもちろん、セッティング場所に行っても姿はなく、
海から帰ってきていないことは明らかでした。
心臓の高鳴りを感じましたが、
同時に「まさか、大丈夫だろう」という気持もあって、
助けを呼ぶのにはためらいがありました。
9割の「大丈夫だろう」と1割の「もしかして……」の気持ち。
何かあれば助けを呼ばなかったことを後悔するでしょうし、
助けを呼んで何もなければ申し訳ない。
このときは、1割のために助けを呼ぶことができずに、
とりあえずエントリー口でTを待つことに。
何かあれば浮くだろうと水面をずっと注視していました。
……………。
30分経っても上がってこない。
トータルで考えれば45分以上経っています。
脂汗も出てきて、「これはさすがにマズイ」と
助けを呼びに行こうと思ったまさにそのとき、
海岸付近の水面からTがひょっこり顔を出したのです。
「良かった〜」と安堵する気持ちでいっぱいになりましたが、
すぐに「この野郎」という気持ちになっていました。
「何やってたんだよ!」と言うと、
「へっ? 何って潜ってた……」との間抜な答えに一層腹が立って、
どんなに心配していたかを伝えるとやっと理解したようでした。
お恥ずかしい話ですが、慣れた相手、慣れた海で気の緩みがあったと思います。
要点だけでも、潜る前にブリーフィングをすることの大切さを再認識。
少なくともはぐれたときの手順は必ず決めて、潜る前に確認するようにします。
【Tの回想】
お互いゆっくり進むスタイルが好きなので、
Jと潜ると写真がじっくり撮れます。
その日も僕が写真を取り、Jは観察に没頭していましたが、
途中でJから「私はあっちへ行く」のサイン。
写真に集中していたこともあり、
何か見つけたのだろうと思ってあまり気にしませんでした。
撮影が終わり、Jが指差した方向へ泳いでいったのですがJの姿は見当たらず……。
お互い何度も潜っている海なので、そのうちお互いが勝手に上がるだろうと、
深く考えずに潜り続けることにしました。
そのまま潜り続け、思う存分撮影し、満足感いっぱいでエグジットすると、
鬼の形相をしたJが駆け寄ってきました。
何事かと思っていると「ふざけるな!」と叫ぶので、
わけもわからずキョトン。そのご事情を聞いてJの怒りを理解しました。
以前、何人かで潜った時に、「エアがなくなった人から上がろう」といった感じで
潜っていたことがあったので、てっきり今回もそういうことになっていると思い……。
次回からはきちんと手順を決めて潜ろうと思います。
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水中での意思疎通は難しい。
Tが言うほど実はJは「じっくり潜るのが好きなわけではない」
という解釈の違いはさておき(笑)、長年、一緒に潜っていた間柄でも、
「いつものコースに先に行っている」と伝えたJのサインを
Tは「あっち行く」と微妙に違うニュアンスで受け取っている。
また、カメラを持っているダイバーと持っていないダイバーでは、
同じ海を潜っていても、見えている景色はまったく違う。
そもそも、フォト派にとって「撮ること」は重大な目的過ぎて、
「一緒に潜る」というダイビングの目的はむしろ邪魔にすらなり得る。
ファインダーに集中してしまうと周りが見えなくなることもしばしば。
かくいう自分もTとほぼ同じ経験があり、
以来、どんな人と潜る時も、はぐれたときの手順は必ず確認するようにしている。
また、ベテランゆえの気の緩みがあったのだろう。
これがTが初心者なら、Jはすぐに助けを呼ぶだろうし、
Tも「1分間あたりを見渡して……水面に……」という行動を取ったはずだ。
どんなに潜っている人でも、
「わかっているでしょ」が実はわかっていないことがあり、
その中での最も“あるある”がはぐれたときの手順。
これはガイドさんと潜るときでも、初心者ダイバーでも同じで、
手順は各エリアでも違うし、たまに説明しないガイドさんもいるので、
潜る前は必ず確認しよう。
水中で独りぼっちになってはじめて
「あれ? 自分は一体どうすりゃいいんだ?」と気がついた時の心細さといったらない。