バディシステムの正体

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前回は、オクトパスに注目して、重要な器材にはバックアップが不可欠というお話をした。

しかし、標準的なレクリエーショナルダイビングの器材構成において、その常識は重視されていないように見える。
オクトパスは、そうした意味では例外的な存在だが、もちろん、それには理由がある。

レクリエーショナルダイビングはバディが互いをバックアップとして活用できるバディシステムの採用で、各自がそれぞれに必要なバックアップを網羅する器材構成を回避した。
これは個々のダイバーの器材構成をシンプル&コンパクトにするなかなかの発想だ。

しかし、この発想を実際に機能させるためには、例えば、個々ダイバーが一つしか持っていないタンク(タンク内のガス)とレギュレーターのファーストステージを、有事の際、バディで共有するための橋渡し役のセカンドステージが不可欠になる。
バディブリージングはこのための方法のひとつだが、メインのセカンドステージの共用は、互の呼吸と動きの制限を極端に大きくするため、よりスムーズで確実な方法を求める中でオクトパスが誕生した。
今も残るオクトパス=バディ用という発想は、この誕生のいきさつに端を発しているのではないか、と思う。

さて、ここで話を一旦、前回の質問「標準的な装備において、命にかかわるタンク残圧を知るための残圧計が一つしなくて(バックアップがなくて)いいのか」というテーマに飛ばせていただく。

残圧計は機械。よって誤差も出れば壊れもする。なのに、ひとつきりで大丈夫?という不安を、皆さんは感じません?

その不安は正解。
私は過去、故障で針の動きが止まった残圧計や、ひっぱたくと針が大きく動く残圧計、つまり、信用に足らない残圧計を、複数個見てきている。

残圧計

残圧50barを切ったあたりで針が止まった残圧計。80barを切ったところで止まった残圧計や叩くと針が動く残圧計も、私は見ている。残圧計には故障して嘘の情報を提示する可能性があるのだ。意図的にしろ、無知の結果にしろ、エントリー講習の時点でこうしたリスクを正しく伝えない教育は間違いだと私は思う。リスクの認識なくして、リスクマネージメントはありえない

従って、ダイビングを教える側は、本来、残圧計は(壊れて)人を死に至らしめられる嘘を付く可能性があるという”真実”を、エントリー講習の時点で提示する必要があるハズ。
で、次のステップとして”水中で残圧計の作動のある程度の正確さを確認する方法がある”ということを教えるべきだと私は思う。

自身のRMV(編注: 毎分換気量)と使うタンク容量、そして活動水深が分かっていれば、毎分の残圧の変化は予想出来る。

例えば、RMVが15L/分程度のダイバーが10Lタンクで水深20mにいれば、
15L(RMV)×3ATA(絶対圧)÷10L(タンク容量)=4.5
つまり残圧計では、毎分4.5bar程度ずつ数値が減るハズ。
5分なら20-25bar程度ずつ残圧が減っているハズなのだ。

例えば、5分に1回程度の残圧チェックで残圧計の数値変化がこうした予想値に近ければ、とりあえず残圧計に危険なレベルの作動異常は起きていないことが予想できる。
確認水深や確認間隔、残圧計の数値変化はさほど厳密でなくてもOK。
ある程度の残圧を残して浮上、というルールを加えれば、誤差は吸収可能だからだ。

タンク圧をかけていない状態で針が0を指すこと、圧力をかけた時点で予想タンク残圧付近の数値を示すこと、そこに上記の作動確認と誤差吸収用の余裕という2項目を加えれば、残圧計はひとつでも「定期的な残圧チェックを行ったにも関わらず予期せぬエア切れが起きた」というリスクに対する過剰な不安は解消可能だろう。
よって、インストラクターからのここまでの説明があって初めて、残圧計がひとつでも器材構成上の問題はないと言えるワケだ。

逆に、例えば残圧に30barとか50barとかの余裕を残してダイビングを終えれば大丈夫、というだけの説明で残圧計がひとつであることの正当性を説明するのは×。
これは、ある意味、リスクの隠匿、そして、次に考えられる重要な対応へのリンクへの正当性を薄くする間違った情報だ。

その重要なリンクとは、やっぱりバディシステムの活用。
先に説明した計算や確認が難しいと感じたなら、常にバディとダイレクトなコンタクトが可能な距離を保ってダイビングを行うことで、残圧計に嘘を付かれても、それがいきなり危機的な状況に直結する危険を避けられる。
講習にはバディ間の正しい距離の説明とエア切れのスキルトレーニングが含まれているはずだから、残圧計の故障のリスクが正しく伝えられていれば、これは合理的な対応。
講習内容の必然性の説明としても説得力を持つはずだ。

ただし、標準的な装備がこうしたバディシステムの活用の前提に成り立っている以上、本格的なダイビング活動のスタート前の時点、例えば潜降を終えた時点で、バディの、バックアップとしての正常作動の確認は必須のハズ。
具体的には、バックアップのセカンドステージから異常なく呼吸できることの確認、そしてバディが互いにエア切れの手順を問題なく進行出来ることの確認だ。
これを行うことなくダイビング本番に移行するということは、バックアップの正常作動の確認なしで、バックアップが必要な活動に突入することを意味する。
結果、バディシステムは運がよければ役に立つというレベルのつじつまあわせの形式にしか過ぎなくなってしまう。

現状のダイビング講習で、こうした内容は正しく伝えられているのだろうか?

バディシステム

テックダイブでは、個々のダイバーがバックアップを備えた自己完結性の高い器材構成を重視する。しかし、そこにバディへの依存の可能性がある場合は、やはり活動の基本はバディ単位となり、さらに、ダイビングスタートの時点で互が互のサポートとして機能することの確認を行う。本来なら、バディへの依存度が高いレクリエーショナルダイビングでも、この確認が必要なハズだと私は思う

私、思うに、ダイビング講習、特に教える側に対するマニュアル化は、本来必要であるべきバックボーンに対する理解追求の姿勢を希薄にし、もろもろを単なる形式にしてしまう大きな弊害を秘めている。
つまり、教える側が教えている内容の本来の意味や意図を理解していない状況(それでも講習が出来てしまう状況)を生む可能性があるのだ。
こうした点に矛盾すら感じなくなっているとしたら、それはひとつの憂うべき末期的な状態だろう。

ダイビングにおけるこの手の話は、簡単には尽きないほどバリエーション豊富。
しかし、面白く、楽しく話を展開してゆくのは難しく、話す側の私も憂鬱になるので、次回を最後にしときます。

ということで、次回は、残りの質問「水深計はひとつでいいの?」をキーワードに、個々のダイバーが可能なリスクマネージメントの可能性についてお話してみたい。

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PROFILE
テクニカルダイビング指導団体TDIとサイドマウントの指導団体RAZOR のインストラクター・インストラクタートレーナー。
フルケイブ、レックペネトレーション、トライミックスダイブはいずれもキャリア800ダイブ以上。
-100m以上の3桁ディープダイブも100ダイブ以上、リブリーザーダイブでは1000時間以上のキャリアを持つ等、テクニカルダイビングの各ジャンルでの豊富な活動経験の持ち主。また、公的機関やメーカー、放送業界等からの依頼による特殊環境化での潜水作業にも従事。話題のTV ドラマ『DCU』にもリブリーザー監修として撮影に参加している。

■著書
おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
続・おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
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