おしゃべりなライン~ラインの引き方と原稿のおさぼりでわかるテックの適性~

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原稿、さぼってしまってすみません。

今、メキシコのユカタン半島にいます。
セノーテから入るケイブでの講習やツアーで約3週間滞在の、今は最終日近く。
連日ひたすらケイブダイブによる勤労に励みつつ、ケイブダイブとメキシカンなラティーノライフに舌鼓を打ち続けたため、浮世のほとんどに関して意識朦朧となってしまっておりました。

ユカタン半島でのケーブダイビング(田原浩一)

ユカタン半島はケイブダイバーの天国。私、ここで400ダイブ以上のケイブダイビングに勤しんできましたが、まだまだ全く潜り足りない気分

これは、人の生理作用におけるまったく正しい反応で、決して私の罪ではないのですが、原稿を謝罪の言葉からスタートするところに、つい、私の真摯で控えめで奥ゆかしい人間性が現れてしまったようです。

ところで、前回は、テックダイバーの適性についてのお話の、前戯の部分をさせていただいきました。
前戯直後の中断は、当然、言語道断の失礼無礼だと思います。
それをよくわきまえているので、私、ここまで敬語を駆使してそのお詫びに励んだワケですが、使い慣れない言葉を使うと、どうしても表現が上品に過ぎてしまうようなので、この辺であらゆる方々にすべての無礼を許していただいたことを決定!
この無礼、実は無かったことにいたしましょうよ!

で、何事もなかったがごとく、今回はテックダイバーの適性に関しての前戯後の本番話。

今は2週間以上、ひたすらケイブダイビングに励んできて、頭の中はケイブ&ケイブ&ケイブ状態なので、成り行きとしてケイブダイビングをテーマとした様々な具体例を挙げてみたいと思います。

しかし、考えてみると、ケイブダイビングにおける様々な具体例を挙げるには、ケイブダイビングそのものをまず理解していただく、という、執拗な前戯が必要で、それはそれで物凄い大仕事。
なので、ここで、私は頭を完全に切り替えることにした。
そして、正に今、切り替えた!

今回はラインワーク、つまり、ケイブに纏わる縄縛り関係のお話、それも一番初めに引くライン、ただ1点に焦点を当てた例え話に終始することにした。

なお、こうした頭の切り替えや、感情の切り替えがデジタル感覚で潔くできるのも、テックダイバーの一つの重要な適性。
一つのやり方への意味のない固執や一つの失敗が後を引く状況は負の連鎖に結びつきやすく、それはテックダイブのフィールドである割と恵まれない環境では、自身や周囲のストレスやリスクのレベルを上げこそすれ、下げる役には立たない。

そう考えると、原稿をサボったクセして、そんなことはまるで無かったがごとく平気で話を進めるているのも、これは高い適性の表れで、そう言えば、そもそも原稿をサボる行為自体、困難な状況下において、自身の能力範囲を超えた行為を控える、という状況判断の的確さと謙虚さの現れに他ならず、つまりは、これもテックダイバーとしての高い適性の成せる技じゃん!
そう考えていくと、私のテックダイバーとしての適性はかなりのモンだと思われる。
実に喜ばしい事だ。

という話はさておき、ラインワーク。
レクリエーショナルのケイブダイブのフィールドとなっているケイブには、ほとんどの場合、予め、道しるべとなるライン、パーマネントラインが引かれている。

ケイブダイバーは、そのパーマネントラインをたどることで道に迷うことなくケイブの奥に進むことができ、巻き上げ等で完全に視界を無くしても、そのラインに触れながら、ラインをたどることで無事にEXすることができる。
環境に配慮した優れたシステムである。

ユカタン半島でのケイブダイビング(田原浩一)

ケイブダイバーはケイブ内に引かれているライン、パーマネントラインを基本に潜る。上級のケイブダイバーは自分自身でケイブ内にラインを引いて潜ることもあるが、いずれにしろ、活動の基本となるなはラインなのだ

ただし、このパーマネントラインは、トレーニングを受けていないダイバーが、安易にそれをたどって奥に迷い込まないよう、通常、ケイブの入口からそれなりに奥に入った所から始まっている。
場合によっては100m以上奥まっている場合もある。

ということで、ケイブダイバーは、入口のオープンウオーターエリアの岩等に自分のリールのラインの先端を結び、途中、適材適所にラインを巻きつけながらパーマネントラインを目指し、最終的にパーマネントラインまで自身のラインを伸ばして、自身のラインを繋ぐことで、パーマネントラインをオープンウオーターエリアまで続くラインの道しるべとして完成させてから、つまり、ケイブの奥からラインをたどれば、ケイブ出口まで行き着けるよ、という状態にしてから、ケイブの奥を目指すのだ。

ケイブマップ(田原浩一)

私が自分で描いてストックしているケイブマップ。主人公扱いされているのは、ここでもライン。ラインとラインを結んで、異なるラインに進む際のポイント等もメモしてある

で、問題は、この入口からパーマネントラインまでのラインの引き方。
テックダイバーとしての高い適性を備えた優れたケイブダイバーは、例外なく、このラインの引き方が上手い。
なぜなら、このラインをお見事に引くにはテックダイバーの適性が活躍する様々な正しい判断、が必要となるからだ。

ここに、その代表的な判断素材を上げてみる。

なお、この先は面倒な話が続くので、ケイブダイビングに興味のない方は読まなくてもいい気がする。
ただ、この先に取り上げている内容は、実際のダイビングにおいては、ダイビングスタート時の1分程度の出来事に過ぎず、にもかかわらずのそのヴォリュームを見て、いろいろあるんだなぁ、ということろから、テックダイバーの適性に対して思いを馳せていただければ、充分だ。

ということで、先に進むが、ケイブ侵入前のルーティンの確認作業を終えたら、オープンウオーターエリアで、周囲の状況、状態を把握、パーマネントラインの方向を意識しつつ、最初に自分のラインを結ぶのに適した岩等を探す、がラインを引くための最初の一歩(ケイブによっては、別のスタイルの場合もあるが、今回は、最もありがちなパターンを基本に話を進める)。
ただし、一歩歩でも、この一歩はいくつかの判断を求める贅沢な一歩だ。例えば……

1)自分のラインのスタート地点をどこにするか?

これには複数の配慮が必要だ。

1-A)他のグループに対しての配慮

私自身に関して言えば、この一歩の時点で、とりあえず3本程度のラインが無理なく共存している状態をイメージする。
パーマネントラインはみんなの共有物で、独占はできない。
自分がラインを引いた後に、別のグループがやってきて、彼らのラインを伸ばし、パーマネントラインとそれを繋ぐ可能性があるのだ。

こうしたラインには、他のラインと交差させないという大原則があるので、一つのグループが思慮不足から成り行き任せの乱れたラインを引くと、次に来たグループがラインを引くためのスペースを潰すことになりかねない。
結果、極端に言えば1本の思慮不足のラインが、次のグループのラインを引けなくする可能性もあるわけだ。

ラインを引いたケイブダイビング(田原浩一)

ケイブの入口から引かれた3本のラインが、1本のパーマネントラインにコネクトされている状態。それぞれのラインが異なる方向から伸びており、ライン同士の交差や異常接近等を避けた、互いへの配慮のある配置であることに注目

従って、最低でも3つ位のグループが交差することなくラインを引き分けられるよう、まず地形を含んだ全体の状況の把握と、さらに、その時点ではまだ姿のない、別のグループの動きの予想が必要になる。
それを踏まえた上で、自分のラインのスタート地点を決めるのだ。

イメージは自転車でかっ飛ぶN.Y.のメッセンジャーの映画「Premium Rush」で、ジョゼフ・ゴードンが、混雑した街中をすり抜ける際、自身が自転車で走り抜ける複数のルートを瞬時にイメージして、それぞれのルートを走った場合の結末を予測、その予測をベースにベストのルートを選択する、あんな感じだ。

1-B)EX時の利便性

ダイビング終了時はケイブの出口付近で、グループがまとまって安全停止や減圧停止を行うことになる。
この時、ラインのスタート地点が安全停止水深より浅ければ、ラインを中心にグループのメンバーの位置関係を維持し易い。
ラインのスタート位置が安全停止深度よりも深いと、ライン回収後に停止することになってラインを位置関係の目印として使うことができない。
よってスタート地点の選択には、深度の考慮も必要になる。

また、できるだけ、安全停止深度にグループが固まって停止するスペースが確保できるようなエリアにラインを通したい。
ラインのスタート地点を探す際は、こうした点の考慮も必要だ。

つまり、スタートの時点で、すでに終了時のイメージが必要になるわけだ。

1-C)
確実にラインを巻きつけられるポイントの選択。

ラインを巻きつけて固定する岩等は、動いたり、壊れたりする可能性のない丈夫なモノで、かつラインが伸びる方向にテンションをかけてもラインが外れにくい形状で、さらに、ラインを巻きつけたり、ほどいたりが簡単な、できるだけコンパクトなモノが望ましい。

こうした条件を考慮しながら、周囲の中からベストなポイントを探すことになる。
これはマクロ系の生物を探すような集中力の必要な作業だ。

2)状況判断

すでに他のグループがラインを引いていたような場合、あるいは、EN時に他のグループを見かけたような場合は、ケイブ内からEXしてくるグループがいないか、後方に他のグループがいて活動の邪魔をしているようなことはないか、等、周囲に対して広い視点で注意を払う必要がある。

また、すでに引かれているラインがある場合は、新しく引くラインのスタート位置、ラインを伸ばす方向に関しての(すでに引かれているラインのネガティブな要因にならない)充分な配慮が必要になる。

実際の話、ラインには、それを引いたダイバーのレベルが如実に現れる。
思慮、配慮のないラインを引けば、それは、他のケイブダイバーから必ずチェックされている。
ケイブのような環境では、同じフィールドにいるダイバー、グループのレベルに注意を払うのもリスクマネージメントのひとつ。
ヤバそうなラインが引いてあり、そのケイブに、すれ違いが難しいような箇所がある場合は、ラインを見た時点でヤバイすれ違いを避けるための対応に思いを巡らせてとかなくちゃ、なのだ。

3)メンバーの状況の判断

ラインのスタート地点を探しつつ、一方で、メンバー全員が問題なく、正しいポジションに居るか、ケイブダイビングをスタートできる状態かの判断も必要。
少しでも問題を感じたら、ラインを引き始める前のオープンウオーターエリアで解決する必要がある。

ということで、まだラインを引き始めてもいないのに、その時点での状況の把握はもちろん、他のグループの動きやEX時等、将来に対しての予測や展望が、ケイブダイビングには求められるのだ。
また、スタート地点を探すための集中力と、他のメンバー、他のグループ等に対して等、周囲に対する注意力は、共にどちらを欠いてもダメ。

これらが高い次元でバランスしていて初めて、最初のラインのクールなラインを引くための最初の一歩が踏み出せるのだ。
であるから、クールなラインは、テックダイバーの適性に優れたダイバーであることの、一つの証。
逆に言えば、ライン1本引くにも、テックダイバーとしての適性を問われる部分があるワケである。

ケイブダイビング(田原浩一)

そんなこんなの一歩が終わって、いよいよラインを引き始めたゼ、という写真。この先にも様々な思慮・配慮・判断等が必要となり、基本、優れたテックダイバーには強く繊細なハートと高速回転が可能な頭が不可欠となる

とうことで、私、遠い異国で毎日クールなラインの制作に励んでおります。
メキシコの、というか世界のケイブダイビングのメッカのひとつ、ここクワント・ロー地域では、日本人を見かけることはほとんどなく、よって、私はかなり目立つ存在。
知り合いの現地ガイドも多いから、Taharaと書いたリールでダサいラインは絶対に引けない。

そんな緊張感あふれる毎日を過ごしていると、つい、原稿が遅れてしまうこともある、よね。
これは、人の生理作用における全く正しい反応で、決して私の罪ではないのですが、今回の原稿を謝罪の言葉からスタートしてしまったところに、つい、私の控えめで奥ゆかしい人間性が現れてしまったようです。

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PROFILE
テクニカルダイビング指導団体TDIとサイドマウントの指導団体RAZOR のインストラクター・インストラクタートレーナー。
フルケイブ、レックペネトレーション、トライミックスダイブはいずれもキャリア800ダイブ以上。
-100m以上の3桁ディープダイブも100ダイブ以上、リブリーザーダイブでは1000時間以上のキャリアを持つ等、テクニカルダイビングの各ジャンルでの豊富な活動経験の持ち主。また、公的機関やメーカー、放送業界等からの依頼による特殊環境化での潜水作業にも従事。話題のTV ドラマ『DCU』にもリブリーザー監修として撮影に参加している。

■著書
おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
続・おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
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