船酔いとの上手な付き合い方
魅力的なダイビングポイントを潜るために、「船に乗る」ことは避けて通ることはできません。乗り物酔いをしやすいダイバーにとって、船酔いは最大の難関です。快適にダイビングを楽しむために、どのように船酔いと付き合っていけばよいかを沼津市立病院・耳鼻咽喉科の佐々木豊先生に寄稿していただきました。
佐々木豊先生
沼津市立病院 耳鼻咽喉科部長
高知県大学医学部を卒業。1992年にダイビングのCカードを取得後、現在、経験本数は1000本を超える。2012年より沼津市立病院の耳鼻咽喉科部長に就任。
※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2019年4月号からの転載です。
船酔いの原因と症状は?
平衡システムへの過剰刺激が船酔いの最大の原因
ボートダイビングに利用される小さなボートや漁船では、ダイバーはかなりの確率でひな良いを経験します。時に船酔いのためにダイビングを中止せざるを得なくなったり、船酔いがトラウマになり、ダイビングそのものから遠ざかってしまったりすることもあるかもしれません。そのような時に、船酔いのメカニズム、予防法、対処法などを知っておけば、船酔いと上手に付き合っていけるようになります。
まずは船酔いがなぜ起こるのかを説明していきましょう。船酔いとは、「平衡感覚の障害」です。人間を含めた動物が、動きの中でバランスをとるシステムを「平衡」といいます。日常生活においって人間は、このシステムを使って平衡を保っています。しかし、この平衡システムに不具合が生じたり、自律神経に過剰な刺激を出したりすることで、吐き気、嘔吐などの船酔い症状が起こります。
船酔いの症状が起こるメカニズムとは?
前述の平衡システムを、もう少し専門的に解説します。平衡に関わる内耳の器官を「前庭」といいます。見たものと、体感した動きに整合性がなく、前庭がアンバランスな刺激に曝されると、悪心、嘔吐、血圧低下、冷や汗などの自律神経の反応が起こります。つまり、視覚や体性感覚から入る情報を統合して通常の空間識を形成できず、中枢神経内での情報処理過程が破綻した状態と考えられます。
たとえば、閉鎖された船内にいると、内耳や筋肉は実際に揺れを感じているのに、視覚だけは揺れていない情報が入るため、それらの情報を統括できずに自律神経症状が出ると考えられます。厳密には乗り物酔いとは同じと言えませんが、映像酔いやVR酔いなどもあります。最近では、カメラでの映像撮影も手振れ防止機能が優れてきているので感じる機会は減りましたが、船の揺れ、ダイビング中の揺れている動画を見るときも同様に、視覚は揺れているのに内耳や皮膚筋肉からは揺れの情報が発信されてないので、バランスの悪い平衡刺激になり、自律神経症状が出てしまいます。人間は、蓄積された情報と受けている刺激の違いから異常を検知するのですが、その差の許容範囲を超えてしまうことも一因と考えられます。
これらの情報を例えれば、船に乗って、船内の物体の実を見ている場合、船の上下運動による前庭入力は存在しますが、視覚上の対象物の像はあまり動かないために、前庭入力情報と視覚入力情報の間に分立が起き、フナ用が発生すると考えられます(図1)。
生理学的にみると、平衡感覚は耳の中の前庭で受容さえる「前庭感覚」のみで感じていると考えてしまいそうですが、実は体の平衡には前庭感覚のほかに深部感覚や皮膚感覚、そして当然ながら視覚が強く作用して成立しています。つまり、前庭器系、視器系、深部感覚系の3系統がセンサーとなって働き、前庭眼反射回路、眼運動反射回路、深部感覚運動系、自律神経系反射系の4つの系が、脳幹、小脳、大脳、視床下部そのほかの感覚器官とネットワークを形成して平衡感覚の機能を維持しています。この中から、特に船酔いに関係する分野を詳しく解説したいと思います。
■図1:船酔い(乗り物酔い)とは?
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船酔いのメカニズム1:内耳
内耳の中にある前庭は、半規器官(はんききかん)と耳石器に分けられます。「前半規管」「後半規管」「外半規管」の3つの半規管から校正される三半規管は、回転運動のセンサーです。三半規管は、それぞれおよそ90度の角度で傾いており、X・Y・Z軸の様な3次元的なあらゆる回転運動を感知しています(図2)。
各半規管の内部はリンパ液で満たされており、片方の付け根は膨大部となり内部に有毛細胞(感覚細胞)があります。頭部が回転すると、体内にある三半規管も回転しますが、内部の液体であるリンパ液は慣性によって取り残されるため、相対的には三半規管の内部をリンパ液が流れることになります。リンパ液が流れるとクプラも動き、それに付随した有毛細胞が刺激されることで、前庭神経と呼ばれる内耳神経から脳に刺激が送られ、体(頭部)の回転が感知できる仕組みです。
耳石器は、前後上下の加速度を感知するセンサーです。水平方向の動きを感じる卵形嚢(らんけいのう)、垂直方向の動きを感じる球形嚢(きゅうけいのう)があり、内部は耳石という小さな石がゼリー状の耳石膜に乗っていて、耳石膜に感覚細胞が接しています。運動による上下垂直方によろ頭部は動きますが、耳石は慣性によって取り残され感覚細胞が刺激されます。
■図2:内耳の構造としくみ
《クリックで画像を拡大できます》
船酔いのメカニズム2:視覚
人間は眼で見たものから、水平感や垂直感を感じています。また景色の流れや動きの中から、自分自身の運動や体制感覚を補正していると考えられます。傾いた部屋に入ると水平感覚が狂い、これだけで自律神経障害の原因となりえます。
船酔いのメカニズム3:体性感覚系
体性感覚系とは、皮膚や筋肉にある感覚器のことです。私たちは皮膚にかかる圧力や筋肉の緊張により、自身のバランスをとっています。船が右に傾けば、右足に体重がかかります。そして足の裏の皮膚、足、背中、首の筋肉に力が入り、体を支えます。もちろん内耳からの刺激、視覚的情報からも体を真っ直ぐに保とうとするのですが、それよりももっと早い反射のシステムで筋肉を緊張させ、体が倒れないように足や背中や首が踏ん張ります。踏ん張っているという刺激は無意識に中枢に送られています。私たち身体には、このような皮膚の圧と筋肉の緊張刺激から反射的に筋肉に力が入り、バランスをとるシステムが備わっています。
また、深部感覚というセンサーもあります。これは「手を持ち上げたまま止めておくと重い」と感じるような身体の内部センサーで、筋肉や骨格、間接で重力や運動による加速度を感じることができます。各部にセンサーがありますが、それらの情報を「脳の感覚統合」という機能で統合しています。
船酔いのメカニズム4:速度蓄積機能
人の脳には「速度蓄積機能」という、体験した加速度や回転運動の情報を蓄える機能があります。長時間船に乗った後の陸酔いや、長時間のシュノーケリング後の波酔い、地震酔いなどは、これが関係しています。
船酔いの対処法
船酔いの対処法としては、事前にしておくといいこと、船に乗ってからするといいことの2つがあります。船酔いを予防するためには、体調を整えることや薬を上手に服用しておくことなどが効果的です。
1.体調不良(二日酔い、寝不足)や空腹、満腹を避ける
体調不良は、自分のパフォーマンスが低下した状態です。いろいろな刺激に対する対処能力が下がった状態ですので、船の揺れにもやられてしまいます。ダイビングの前日の飲酒はほどほどにして、しっかり睡眠をとりましょう。また「嘔吐するのが怖い」からと、朝食やダイビングのインターバルに昼食をとらない人がいますが、胃が空っぽなのもよくありません。
2.酔い止めを飲む
酔い止めは神経系に抑制的な薬品の合剤です。神経抑制作用によりぼんやりした状態を作り、内耳、視覚、体勢から入る刺激に鈍感にすることで船酔いを抑えます。できれば、船に乗る1時間~30分前までに服用した方がよいですが、酔いが発症してからも効果はあります。ただし、多くの酔い止めには、神経抑制による眠気や集中力低下といった副作用があります。服用にあたっては、医師に相談して処方をしてもらうのが安心です。
3.外に出て遠くを眺める。進行方向を向く
水平線や陸地の動かないものを見ることで、視覚情報も揺れを感じ、視覚情報と内耳や体制感覚のズレを補正できます。
4.風にあたる
悪臭は船酔いの状態を悪化させます。ガソリンの臭いやトイレの臭いなどは、自律神経に働きかけます。厚さも船酔いを悪化させる原因になります。温度・湿度と船酔いとは一見関係なさそうですが、一度「酔っぱらったかな?」というスイッチが入ってしまうと、ちょっとした不快な刺激が一気に気持ち悪さに繋がってしまいます。これは、酔いの回路が、交感神経と副交感神経のバランスによって引き起こされるからと考えられています。温度・湿度、換気などには気を付けるようにしましょう。
5.横になって寝る
眼をつむることで、視覚からの刺激がなくなります。横になることで体を支える筋肉の緊張がなくなり、それらの筋肉から出る揺れ刺激を減らすことができます。ただ内耳刺激は、横になっても軽減できません。それらでも刺激が減れば、それらの刺激を統括する部位の仕事は減り、自律神経症状を抑えやすいといえます。
6.酔い止め対策をして不安をなくす
精神的な緊張も、船酔いを助長しています。前の日から体調管理をしっかりして、乗船前に酔い止め薬を飲んでおくなど、対策をきちんとしておくことで不安はかなり解消されます。
7.船に乗るときは、揺れのなるべく少ないところに乗る
船酔いしやすい人は、とにかく「揺れにくい場所」を確保することが大事です。ボートのタイプにもよりますが、揺れにくいのは水面に近いところで、船の中央から後ろ側、2階があるような船では、上のデッキは避けた方がいいでしょう。またエンジンの排気油の臭いなどが船酔いを誘発することがあるので、一番後ろも避けましょう。
8.船酔いに効くツボを押す
船酔いに効果があるツボは、いくつかあります。特に手首にある「内関(ないかん)」というツボを押すと効果的です。内関は手のひらを上に向けた状態で、手と手首の境目にあるシワの真ん中からひじ側へ、指3本分進んだところにあります。主に、平衡感覚を正常にしたり、胃の不快感や吐き気を和らげたりして、乗り物酔いに効くとされるツボです。自分で押すこともできますし、てにつけることで内関を刺激してくれる「酔い止めバンド」というアイテムもあります。
ダイビングと船酔いQ&A
Q.01 ダイブクルーズに乗船してみたいのですが、船酔いが心配です
A.
洋上を移動しながら潜るダイブクルーズでは、船酔いしても逃げ場がないように感じて、心配かもしれません。ただし船の造りが大きいほど船酔いはしにくいので、ボートダイビングで使用する小さな船で感じる船酔いほど、つらくないかもしれません。クルーズの申し込み時に、キャビンは揺れの少ない場所にしてもらうなど、リクエストを伝えておくといいでしょう。またシーズンやルートによって、海況は変わってきます。なるべく穏やかな時期、ルートを狙ってダイブクルーズに乗船するのも手です。
Q.02 船酔いを我慢して潜ったら中で吐きそうになってしまいました
A.
水中で吐き気に襲われたときは、レギュレーターが外れないように抑えながら、そのまま吐いてしまっても大丈夫です。その後パージボタンを何度か押して、レギュレーター内部に汚れが残らないように、きれいにします。吐く瞬間だけレギュレーターを外してもいいですが、間違って水を飲んでしまうと危険なので、なるべく避けましょう。
Q.03 ポイントまでの移動中に船酔いしてしまったときは、潜って平気?
A.
我慢できるくらいの気持ち悪さだったら、インストラクターやガイドに伝えて、急いでエントリーしてしまったほうが気分がよくなる場合もあります。ただし、動くこともできないくらい気持ち悪かったら、思い切って吐いてしまうか、状況によってはダイビングを中止することも考えましょう。吐くときは風下に向かって、他のダイバーの迷惑にならない場所を選ぶようにしましょう。ペットボトルを持参しておき、水で口をゆすげばすっきりします。吐いたあとは脱水になりやすいので、水分補給を忘れないようにしましょう。
Q.04 船酔いがひどくて潜れないけれど、船に待機するのがつらい場合はどうすればいいですか?
A.
船酔いの対処法でも説明しましたが、風通しの良い、揺れの少ない場所(中心付近)で横になって目を閉じて休むようにしましょう。ウエットスーツのファスナーを開けて、腰まで下げると楽になります。ブーツを脱ぐだけでも、ずいぶん違います。
Q.05 船酔いにはどんな薬を処方してもらうといいですか?
A.
脳の麻痺が強い一般的な酔い止めよりも、耳鼻科医師がめまいの患者さんに使う「めまい」治療の薬を処方してもらうことをおすすめします。
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