車いす生活で諦めたダイビング。沖縄で念願叶いついに実現!国内マリンレジャーシーンの現状とは!?
鹿児島県大島郡瀬戸内町にある障がい者と健常者が共に安心・安全に楽しめるマリンスポーツ総合施設「ゼログラヴィティ」を運営する一般社団法人・ゼログラヴィティ(以下、ゼログラヴィティ)が、全国のマリンアクティビティ施設へ向けたユニバーサルデザイン導入支援プロジェクトを全国で行っている。
ocean+αでは本プロジェクトを度々取り上げてきたが、今回は過去にも一度スキューバダイビング(以下、ダイビング)のモニターツアーを実施したことがある、沖縄県恩納村にあるダイビングショップ「ピンクマーリンクラブ」での第2回目のモニターツアーについて。沖縄でのダイビングが夢だったという参加者の石原望氏(以下、石原氏)の話を中心に、“障がい者がダイビングに挑戦すること”に対する世の中の現状に着目していく。
沖縄・恩納村で障がい者がダイビングに挑戦!想像よりもハードルは高くなかった。モニターツアーレポ
障がいの有無、国籍、年齢にかかわらず、誰にとっても海での“遊び”や“学び”が日常となるデザイン(設計)のこと。ゼログラヴィティでは、SDGs達成の原則にもある「誰一人取り残さない(leave no one behind)」という世界を実現するため、このユニバーサルデザインに則って障がい者向けのプログラムを作成したり、マリンアクティビティスタッフへの研修、設備導入などを実施している。
ゼログラヴィティが、ユニバーサルデザイン導入支援プロジェクトを本格的にスタートするきっかけとなったのは、初年度に行った障がい者に対する意識調査。そこで明らかになったのは、障がい者の70%以上が「障がい者はマリンアクティビティに参加できない」と思っていること。一方で半数以上がマリンアクティビティに興味を持っていること。実際にマリンアクティビティを体験された障がい者の方の90%以上が「世界が変わった」、「何事にも挑戦する意欲がわいた」と感じていることである。この結果を踏まえ、誰もがマリンアクティビティを楽しめる環境づくりをする強い必要性を再認識した。
マリンアクティビティが大好きだったが、車いす生活に
障害を持つ以前は、サーフィンやサップ、ウインドサーフィン、そしてダイビングなどを多様なマリンスポーツに挑戦し、海で遊ぶことが大好きだという石原望氏が今回参加。石原氏は50歳後半に交通事故に遭い、脊髄を損傷、下肢麻痺に。それ以後は、車いす生活となり、マリンスポーツへの復帰は諦めていた時期があったという。
「先天性障がい者とは異なり、脳卒中・脳外傷、脊髄損傷、難病などで、人生の途中で障がいを被った中途障がい者は、健常者として生活を営んでいたときと比較して、あれもできない、これもできないと選択肢が狭まってしまいます。また、“諦めることを増やすことでストレスを減らす”ということが身についてしまうものです。ただでさえ日常生活で諦めていることが多い中、マリンレジャーに至っては障がい者が参加できる情報もほぼないので、挑戦しようと思いづらいかもしれません」。
念願だった沖縄でのダイビング
そんな中、約3年前、ユニバーサルコーディネーターとして安心安全にアクティビティが提供できるようスタッフ指導や環境整備にアドバイスをしている本プロジェクトの指導担当である上岡央子氏(以下、上岡氏)が企画したパラカヌー体験会に友人に誘われ参加。その際に石原氏は「マリンアクティビティを諦めている」という話を上岡氏にしたところ、「障害を持っていてもマリンスポーツはできます!」と熱弁された。そのポジティブな言葉にも励まされ、ダイビングを含むマリンスポーツ復帰への挑戦をこのとき決意した。
以降、石原氏はサーフィンやカヌー、さらに最もハードル高く感じていたダイビングにもハワイで挑戦。ハワイのダイビングショップに申し込みをしたとき、車椅子であることを伝えると「何か問題でも?」という反応を受け、他の参加者と一緒にダイビングを楽しむことができた。そのとき「障害があってもダイビングってできるんだ。こんなに楽しくやらせてくれるんだ」と思ったという。
それなら、もともと好きでよく通っていた沖縄でもダイビングできるかな?、と思い、いくつかのダイビングショップに問い合わせをした。しかしその返答は、「少し歩くことはできますか?」、「船をまたぐことはできますか?」、「車椅子の方を受け入れたことがないんです…」、といった内容だった…。その後しばらくして、上岡氏と再び話す機会があり、この話をすると「いやいや!できますから!私と一緒に必ず沖縄で潜りましょう!」と相変わらずの熱弁さとポジティブな言葉が。
そして今回、本プロジェクトが沖縄の恩納村で行われることとなり、石原氏が念願叶って参加することになったというわけだ。
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マリンスポーツ復帰のきっかけとなった上岡氏(写真左)と一緒に念願の沖縄でのダイビングが実現し、喜びの表情の石原氏(写真右)
いざ、ダイビングへ!
ついに沖縄でダイビングをする時がきた。いきなり、ボートに乗り込むわけではなく、前回のピンクマーリンクラブでのモニターツアーと同じように、まずはダイビングインストラクターと障がい者との事前の打ち合わせから始まる。障がい者の方がダイビングをする上で非常に重要なのが、コミュニケーションをしっかりとり、お互いの不安を解消しておくことだ。
たとえば、「足を自ら動かすことができず、水中では足が浮きがちになる可能性があるので、アンクルウエイトつけておきましょう」、「ウエイトベルトだと腰からずり落ちる可能性があるためBCのポケットにウエイト入れましょう」といった具合に、ダイビングがスムーズにできるよう障がい者の状態に合わせてダイビングインストラクターの経験と知識を活かして準備をするということが大切になってくる。
ここからは写真とともにダイビングの様子を見ていこう。
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ボートへの乗り込み方を事前に確認
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ウエットスーツを腰まで着用し、アンクルウエイトの装着位置を確認
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恩納村漁港の桟橋は潮位に合わせて上下する仕様になっており、自らの腕の力だけで車いすからボートへの移動ができた
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ポイントに到着。インストラクターが水中で先に待機するため、器材を装着(写真左)
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石原氏が装着する器材は水面に浮かべておいて、本人は他のインストラクターのサポートを受けながらゆっくりとエントリー
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石原氏は水面でラダーに掴まりながら器材を装着
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準備が整ったので、インストラクターの腕に掴まりながらゆっくりと潜降していく
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サンゴにぶつからないよう中性浮力をとりながら魚を観察
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沖縄の青い海を存分に楽しんでいる様子が伺える
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30分ほどの水中散歩を楽しみ、エグジット。このときも器材は水面で脱ぎ、身軽になってからボートに引き上げてもらう
「水中ではフィンキックができないので、インストラクターに掴まりながら手を使って進みました。マスククリアやBCの操作も片手で難なくできて、ダイビング器材の操作で不便と感じることはまったくありませんでしたね。美しいサンゴや色鮮やかな魚たちを堪能できました!」と感想を話した。
苦労したことを伺うと、「強いていうならば、エグジットでしょうか。エントリー時は、ボートからゆっくり降りていけばいいだけですが、エグジット時は周囲のサポートを受けながらラダーを一段ずつ上がり、最後ボートに引き上げていただく必要がありますので」。しかし、このエグジットも事前に波のないところで段取りを確認し、女性の力でも引き上げることができるとわかっていたので、実際のダイビング後もスムーズにボートに上がることができたようだ。
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事前に波のないところでエグジットの練習を行なっている様子
沖縄でのダイビングを終えて
「特別な仕様のボートや設備、そして障害についてしっかりと知識を持ったスタッフやサポーターがたくさんいないと日本でのダイビングは無理なのかなというイメージが強くありました。ダイビングは特に器材も多いアクティビティですし。でもその器材も水面で浮かんだ状態で装着するなど、少しやり方を工夫するだけで、できるということは大きな発見でした。だから、考えていたより全然ハードルは高くなかったですね。思い返すとハワイでのダイビング時も特別な設備があるわけではなく、ちょっとした工夫があっただけで、沖縄と大きく条件が違うわけではありません。
このことを障がいを持っている多くの方に知ってほしいです。画面を通じて海の映像を見るだけではなく、自分自身で体感することに大きな喜びがあります。日本は島国ですので、各地でダイビングはじめマリンスポーツを楽しめるのではないでしょうか」。
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挑戦するためのハードルは?
最後に障がい者がマリンアクティビティへ挑戦を躊躇するハードルは何が考えられるか伺った。
「情報がないことではないでしょうか?たとえば車いすバスケットボールなどは、テレビなどで目にする機会も多く、なんとなくイメージつくかと思います。一方で、マリンスポーツを見かけることはあまりないので、まずウエットスーツをどうやって着るのか?ダイビングだったらタンクをどうやって背負うのか?、イメージがつきづらいですよね。
実際は、簡単に着脱できるウエットスーツがあったり、水に入ってしまえばタンクを背負うのも楽々です。この事実がまだまだ知られていないのが現状です。実際にダイビングインストラクターの方も最初は少し不安そうな表情でしたが、ダイビング後の表情は明るく晴れて自信がついたように見えました。ダイビング事業者と障がい者の両方にこの事実を知ってもらうことで、ハードルはかなり下がると思います」。
水は溺れるリスクもあり、危険だという固定観念が陸以上にある。だからこそ、成功事例を少しずつでも積み重ねていき、事業者側は自信を持って障がい者を受け入れられる状態、同じく障がい者側も安心して事業者に頼れる状態を整えていき、それを情報として多くの人に周知できたら挑戦する人も増えるかもしれない。
「障がい者と事業者がそれぞれやってみたいと思ったことを実現させるためには、難しいかもしれないとネガティブに考えるのではなく、挑戦してみよう!とポジティブに考えていけると、楽しみながら共生社会を実現していけるのではないでしょうか」。
今回のモニターツアー実施後、一通りの手順をマニュアル化し、今後新しいダイビングスタッフへの教育に活用できるようにした。そしてスタッフ研修の最終ステップとして、11月には実践的機会を作る予定だという。
このピンクマーリンクラブを中心に日本屈指のビーチリゾート地である恩納村でマリンアクティビティを楽しむ障がい者が増えていくことに期待が高まる。
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平成3年に恩納村前兼久にダイバー専用コンドミニアムとダイビングサービスが一体型となった施設としてオープンし、約30年恩納村周辺のポイントをメインのゲレンデとして潜り続けており、初心者から上級者まで対応出来るスタッフが在籍。施設から港まで徒歩移動ができる好立地で、すぐに部屋に戻れるとても快適な条件でリゾートダイビングを楽しむことが可能。
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障がい者と健常者が共に安心・安全に楽しめるマリンスポーツ総合施設として、2016年、奄美大島瀬戸内町清水に 「ゼログラヴィティ清水ヴィラ」が設立。宿泊施設をはじめ、自社船、プールなど全てがバリアフリー設計となっており、スノーケリング、スキューバダイビング、カヤック、クルージング、ホエールウォッチングなど、奄美の海で の豊富なマリンアクティビティを誰もが安心して楽しめる設備とサービスが整っている。「旅と海遊びで夢と希望を作り出す」をコンセプトに、日本のダイビング業界におけるユニバーサルデザインの普及を推進しています。
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