アンカー引き上げ作業中の死亡事故判例~ダイビングショップスタッフの責任~

パラオの水面と太陽光(撮影:越智隆治)

沖縄のアンカー外し作業中の事故(判例)

ダイビングショップ勤務の初日であったスタッフのAさん(32歳男子)が、海中に潜ってアンカーを外す作業をしていた際に溺死した事故について、使用者の安全配慮義務違反が問われた判例があります。

Aさんは4級小型船舶操縦士免許、小型特殊1級船舶免許を取得し、過去に6年間ほど小型船舶操縦士として船長業務の経験はありましたが、ダイビングについてはCカードを取得してから5か月半しか経過しておらず、それまでダイビングショップで勤務した経験もありませんでした。

ダイビングショップに就職する際の面接時、Aさんは海が好きで、マリンレジャー関係の仕事に就きたいと積極的にアピールしました。

しかし、ダイビングショップ側は、Aさんの年齢や扶養家族等がいることなどから採用はできないと告げたのですが、Aさんがなおも採用を懇願したため、実際に海の仕事を体験すれば困難さが分かるだろうと思い、とりあえず1週間から3週間ほど仕事内容を見てもらいたいと告げ、Aさんは翌日から勤務することになったのです。

翌日、Aさんはダイビング講習にショップスタッフの一員として同行しました。
講習を終え、帰港の準備をしていた際に、Aさんから素潜りの経験があるのでアンカー外しをしたいという申し出がありました。

ダイビングショップの経営者は船長として船を操船していたのですが、Aさんの申し出を了解し、Aさんにアンカー外しをさせることにしました。

なお、アンカーが掛かっていた場所は、船から直線で約17.7メートル、水深5メートルほど潜った位置にある岩礁でした(この事故があった場所は沖縄で、サンゴ保護のため、アンカーを掛ける際には手に持って水中に潜り、外す際にも水中に潜って岩礁に掛けられているアンカーを外すという作業が必要でした)。

Aさんは2回潜ったのですが、なかなかアンカーを外すことができず、海面上に顔を出した時にはシュノーケルを口から外して息苦しそうに荒い呼吸をしていました。

船長はシュノーケルを口に咥えるように、無理だったら戻ってくるようにと声をかけ、他のスタッフに、代わりにアンカー外しに行く準備をするように指示をしました。
しかし、Aさんは再び頭から潜っていきました。

その後、アンカーロープが外れた感触があったため、船長はアンカーロープを引っ張りましたが、Aさんがなかなか海面に浮上してこないため、水中を覗き込んだところ、Aさんが頭から海底に沈んでいく様子が見えたのです。

ダイビングショップの責任を認めた裁判所の判断

この裁判では、裁判所は、ダイビングショップは面接の際にAさんがダイビング業界で稼働したことがないことを確認し、マリンレジャーの仕事に対する甘さがあることを感じ、仕事の厳しさを体験して諦めてもらおうと考えていたこと、Aさんの泳力を確認したわけでないこと、本件事故当日はダイビングショップで稼働した初日であることなどから、Aさんのアンカーを外す技量が十分でないことを認識していたと認められるとしました。

そして、アンカーを外す技量が十分でない者にアンカーを外す作業をさせれば、無理な潜水や潜水回数を重ねて、生命や身体に重大な危険を及ぼす恐れのあることは予見可能であったとしました。

また、事故の予見可能性があることから、Aさんにアンカーを外す作業をさせるべきではなく、あるいはアンカー外しの経験があるスタッフと一緒に潜らせるべきだったとして、ダイビングショップの責任を認めました。

ダイビングショップの従業員に対する責任

労働契約法5条では「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められています。

使用者と労働者の間で締結されている雇用契約では、使用者は労働者に対し給料を支払い、労働者は使用者に対し労務を提供するという義務が定められていますが、使用者は給料を支払うだけでなく、労働者が安全・健康に働くことができるように配慮する義務も有しているのです。

使用者が労働者に対して負う安全配慮義務について従来は法律の規定はなかったのですが、危険な場所や劣悪な環境での労働、長時間労働などを防ぐために、実務上認められていたことで、平成20年3月施行された労働契約法で明文化されたのです。

ダイビングショップにおいても労働契約法の適用はあります。

無理なダイビングツアーをさせるなどしたために、従業員(インストラクターやガイドなど)が疾病を発症したり、負傷などしたりすれば、使用者は安全配慮義務違反として従業員に責任を負うことになります。

自己責任の原則と労働者への安全配慮

この裁判では、裁判所はダイビングショップ側に極めて厳しい判断をしています。

しかし、アンカー外しはAさん自ら申し出たことであることや、Aさん自身が自分には難しい作業と判断すれば作業を中止すべきであったことなどから、自己責任の原則が働いてもよかったのではないかと思います。

もっとも、ダイビングショップ(使用者)が労働者(ガイドやインストラクターなど)の生命や身体に注意を払わなければならないことは言うまでもありません。

特にダイビングは高圧環境下のため減圧症などの危険もあります。
強行スケジュールが続いたり、潜水回数が多すぎたりする場合などには、計画の変更や中止をするなどして、労働者の安全に配慮することが必要です。

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PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
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