安全な素潜りのためにすぐに役立つガイドラインを紹介
素潜りやフリーダイビングの研究者として知られる藤本浩一先生(東京海洋大学)による、安全に素潜りをするための講演。具体的なテーマは、「スクーバダイビング前後の素潜り(スキンダイビング)」と「子どもの素潜り」について。
藤本浩一先生
〇国立大学法人 東京海洋大学 学術研究院 海洋政策文化学科部門 准教授・博士(海洋学科)
〇所属学会:日本高気圧環境・潜水医学会、日本海洋人間学会、日本体力医学会、日本体育学会、日本運動生理学会、日本人間工学会、American College of SportsMedicine
〇主な研究テーマ:「息こらえ潜水中の血液再分配」「息こらえ潜水競技者の競技力向上」「海女の安全潜水と健康管理」など
※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2017年1月号からの転載です。
藤本先生の研究・活動(フリーダイバーのサポートと研究)
今回、“ 安全な素潜りのために”というテーマの中で、2つのトピックを挙げて、関連する話をさせていただきますが、まず、私がどのような活動をしているかを簡単に紹介します。
どれくらい息を止めて、深く潜れるかというフリーダイビングという競技の選手のサポートを主にやりながら、今日お話するようなテーマの研究をしています。
たとえば、フリーダイバーの体に血の量を測るセンサーを付けて、40mぐらい潜ってもらいます。その結果、潜ると体の中の血液の流れが変わり、頭のほうに血が集まってくることがわかったりするのです。
このように人の体の中のことをよく調べているので、『スキンダイビング・セーフティ』(成山堂書店)という本を書かせていただきました。
■著者
岡本美鈴
千足耕一
藤本浩一
須賀次郎
■出版社
成山堂書店
■発売日
2015/6/26
こちらを読んでいただければ素潜りの安全について理解いただけると思うのですが、今回は、せっかくお集まりいただいていますので、本にあまり載ってない情報、かつスクーバダイバーが参加者の大部分ということを考慮した2つのトピックをお話させていただきます。
ひとつは、ダイバーが気になる「同日のスクーバダイビングと素潜りのミックスというのはどういうふうに考えたらいいのか」について。もうひとつは、スクーバダイビングの入り口として素潜りをした場合の「子どもの素潜りの注意点」について。この2つのトピックは、僕自身もよく質問を受けることです。
スクーバダイビングと素潜りのミックス
潜水医学界の見解は統一されておらず、科学的エビデンスに乏しい
まずは、スクーバダイビング前後の素潜りについて。たとえば「午前1本、午後1本潜るとして、その合間の休憩時間に素潜りをやっていいですか?」という質問をよく受けます。
率直に言えば、即答は結構難しく、明確な答えにいつも困ってしまいます。その理由はひとつで、データやエビデンスが少ないからです。あまり検討されていないというのが実際のところです。結果、いろいろな見解が出ています。
たとえば、Suunto(スント)というメーカーは、フリーダイビング用のダイブコンピュータも作っていますが、そのマニュアルにはこう書いてあります。「スクーバダイビング後の素潜りはお勧めしません。するのであれば、最低でも2時間くらい空けて、5m以上は潜らない」
一方、DAN 本部のホームページのフリークエントリー・アスクト・クエスチョン(良くある質問)というコンテンツでは、スクーバダイビングと素潜りの質問が3つ投稿され、いろいろな先生が答えを書かれていますが、それぞれ答えが違うのです。「絶対にダメ」、「時間さえ置けば大丈夫だろう」「素潜りもスクーバダイビングも、浅い深度だったら大丈夫だろう」などなど、いろいろな回答があります。
そんな回答の中で、私が的を射ているなと思うのが、デューク大学(Duke University)のニール・ポロック(Neal W.Pollock, Ph.D.)先生の回答です。これは個人的な好みかもしれないですが、ポロック先生の見解を中心に、同日のスクーバダイビングと素潜りのミックスについて、どう考えるのが一番いいアイデアなのかをご紹介させていただきます。
3つの考慮すべき因子と具体的な許容範囲
まず、明確な答えに困ってしまう要因であり、この問題を考えるときに重要でもある要因が3つあります。
2、素潜りの潜水深度
3、素潜りとスクーバダイビングの間の時間
この3つの要因が絡んでくるうえに、スクーバダイビングの減圧症などは毎年新しい考え方が絡んでくるので、複雑になって当然です。細かな基準を突き詰めていくと、どうしてもつじつまが合わないところが出てきてしまいます。
そういうことが前提のうえで、スクーバダイビングと素潜りのミックスの許容範囲内である例を挙げてみます。
●3~4.5mの素潜り直後のスキューバダイビング
●午前に9mを越えない範囲で素潜り、午後にスキューバダイビング
このあたりが一応許容範囲内のラインと考えてよろしいのではないかと言われています。ただし、減圧テーブルで無減圧潜水ぎりぎりまで潜水した場合には、3 ~ 4.5mの素潜りでも減圧症発症のリスクが高まります。
また、スクーバダイビングにおいて減圧症を100%防ぐという基準はなく、脱水症状、体型(脂肪組織)、心臓(卵円孔開存)など各ダイバーの持つリスク因子もあり、前述した3つの因子と複雑に関係しています。このため、減圧症への罹患を防ぐ絶対的なルールに関する科学的エビデンスはなく、スクーバダイビングと素潜りのミックスを実施する場合には、現場の状況、天候などという要因も含めた慎重な判断が必要だと考えます。
子どもの素潜り
大人の素潜りと同じ活動時間と内容でいいのか?
子供の素潜りについても、よく質問されます。「大人と同じ活動時間、内容でいいのですか?」という質問が多いのですが、「限界近くまで息こらえをさせても大丈夫でしょうか?」というシビアな質問もあります。
ダイバーだけではなく、水泳をやっている先生からも「ノーブレス(呼吸なし)で25mを泳がせて大丈夫なの?」と聞かれることがあります。非常にデータが少ないのですが、参考になるようなものがいくつかありますので、ご紹介させていただきます。
1991年に出た『ジュニア・スキンダイビング・マニュアル』(ベース・ボールマガジン社)という本があります。小さいうちから海を経験してもらい、スクーバダイビングの足がかりにするなど、海に関心を持ってもらおうという理念で作られた20年以上前の本ですが、子どもに素潜りを指導するときに非常に参考になります。
大人と異なる子どもの特徴と事故防止のマネジメント
子どもの体には、大人と異なる特徴があります。
子どもの体と大人の体はサイズが違うため、つまり、容積が少ないために、熱しやすく冷めやすいということです。
●暑さ/寒さを感じる能力は、大人のほうが敏感で子どもは感じにくい
夏の海で、子どもは唇が真っ青になるまで海の中で遊んでいることがありますよね? 大人はそこまで体温が下がる前に、寒いと思って上がりますが、子どもは寒さを感じる力が大人より弱いのです。だから、かなり深部体温が下がっていても気がつかない。あまり寒いと言わないという特徴があるのです。この体温を上げたり下げたりする調整能力の差異は、よくわかっていません。
●暑いときの発汗は、子どものほうが多い
暑い部屋にじっとした状態でかく汗は、子どものほうが多いです。陸上でウエットスーツを着ているときのことを考えてください。夏だったら、大人だと、上半身裸でいれば何とかもちますが、子どもは、下半身だけでもウエットスーツを着ていると汗をバンバンかくのです。
●汗に含まれる塩分・ミネラルは子どものほうが少ない
汗に含まれる塩分・ミネラルは、大人と比較して子どもはあまり出ません。たとえば、大人なら、夏に遠泳をすれば、スポーツドリンクからの塩分や氷砂糖からの糖分の補給が必要ですが、子どもは大人ほど塩分補給などは積極的に行わなくても大丈夫です。
1. 外環境の影響による体温の上昇や下降のスピード
子ども>大人
2. 暑さ寒さを感じる能力
子ども<大人
3. 体温を上げたり下げたり調整する能力
不明
4. 暑い部屋にじっとした状態でかく汗
子ども>大人
5.汗に含まれる塩分など
子ども<大人
以上の特徴をふまえて、事故発生のリスクを下げるための現場でのマネジメントについてご紹介します。
体温の上昇/下降のスピードが速いので、特に夏における陸上、水中での活動時間は、大人の基準で考えているものより短くしないと子どもは負担がかかります。
炎天下でウエットスーツを半分脱がしてやったとしても、大人が感じている以上に子どもは体温が上がってしまいます。そのため、マスクの付け方やその他いろいろ熱心に指導してしまうと、子どもはそのうち具合が悪くなってしまうこともあります。
●陸上でのウエットスーツの着用は大人以上に最小限にとどめる
防寒という意味では、ウエットスーツは積極的に利用したほうがいいのですが、多量の発汗を防ぐためには、陸上での着用は、大人以上に最小限にとどめるというマネジメントを念頭に置かれたほうがよいのではないかなと思います。
●子どもの状態をよく観察すること
子どもは、暑さ/ 寒さを感じる能力が大人より弱いため、「暑い? 寒い?」と聞いても、正しい回答が期待できません。震えながら「寒くない」と言うのが子どもなので、「顔の紅潮」、「唇の色」、「ふるえ」など、子どもの状態をよく観察することが大事です。
●水をこまめに飲ませる
子どもに海遊びを教えるのはほとんど夏だと思いますので、発汗後の水分補給も大事です。大人ほど塩分補給が必要ないので、特別に配合したスポーツドリンクでなく、水やお茶で大丈夫です。基本的には、こまめに水を飲ませることが大事です。
以上のような、子どもならではの特徴とマネジメントを念頭に置いて、一緒にスキンダイビングをやったり、子どもにスキンダイビングの指導をしたりすれば、事故発生のリスクを下げることができるのではないかなと思います。
息こらえによって中枢神経系に異常をきたした2つの症例
2015年、小児科雑誌「Pediatrics」では素潜り後のAGE(動脈ガス塞栓症)が疑われる症例が2例紹介されています※注1
●12歳の男子が、25mプールを水平潜水の練習。フィンの使用なしと推測。
●息こらえをして浮上した直後、強い胸の痛みを感じ、数時間後までに右半身の感覚異常、麻痺、右足に力が入らない等の症状が出始めたらしい。
●中枢神経系の異常かもしれないという所見のもと、翌日病院へ。“右足に力が入らず、感覚異常もある”ということなので、腰部の脊髄に圧迫がかかっているのではないかとMRIを撮影したが、異常なし。
●病院を替え、脊髄を上から下までのMRIで撮ったところ、第1、第2胸椎、つまり胸骨上部の裏の脊髄に浮腫が認められAGEの疑い。
●治療には、マッサージや電気刺激などの理学療法で数週間かかったが、結果、神経症状が自然回復した。
●13歳の女子が、25mの水平潜水を繰り返し行った。
●浮上直後に強い胸の痛みを感じ、その後、1?2分ほど意識喪失(ブラックアウト)。
●意識回復した後、頭痛、目まい、左半身のしびれなど、中枢神経系の異常があったので、30分後に病院へ。
●MRI、血液検査、心電図、胸部エックス線、心エコーなどいろいろな検査をしたが、これらの項目では異常がなかった。
●呼吸機能検査を実施したところ、気道に炎症のようなものが見られ、気道障害が疑われる。
●36時間くらいかけて高圧酸素治療を行い、症状は24時間以内に回復。
このように、子どもの素潜り、息こらえに関連して中枢神経系の異常が出るということが最近報告されています。
※注1=「Harmsen S, et al. Pediatrics, 136(3):e687-690, 2015.」
子どもには限界近くまで息こらえをさせない方がいい
まず、強い胸痛を感じたときには、ハイレベルの損傷が起こっているのだろうということです。これはハイレベルとしか書きません。肺胞レベルか気管支レベルかというところまでは判別できていないからです。
そのことから、気泡が脳や脊髄の動脈に入って中枢神経系の異常をきたしているのではないかといわれていますが、この論文を書いた人は小児科の先生でダイバーではない。ですから、少々考察の甘いところがあり、もう少しと調べないと断定できないのではないかと思います。ただ、想定されるメカニズム(発症機序)では、子どもの息こらえで、胸に強い痛みを感じたというときには、こういう中枢神経系の異常が起こるケースがあるということですね。
また、以前、11歳の男の子が、先述の2例と同じように、水中で何も動かないで、息をずっと止めていた例があります※注2。
限界まで息を止めてぱっと上がったら、胸に痛みがあり、呼吸困難の症状があったので、胸部エックス線写真を撮ったら、縦隔気腫と診断されました。気胸のような症状、要するに、肺のどこかが破れている、というのが見つかったということで、こういった症例が重なっていけば、もうちょっと(発症機序が)明らかになると思います。
いずれにせよ、事実として、子どもの息こらえと関連して、気胸のような症状が出たり、中枢神経系の異常が出たりすることがある、ということです。
以上のことから、子どもには、限界近くまで息をこらえさせないほうがいいです。子どもによっては、時間や距離、深度に関する競争をしたがる年頃ですが、あそこまで行けるとか、どれくらい息を止められるとか、そういうことは極力させないようにしましょう。そういうことをしがちな小学校高学年や中学生などは要注意です。
大人も同様なのですが、大人は好んで競技でこういうことをやる人がいるので、そういう人たちはまた別で考えていただいて。ただ物好きなだけですからね(笑)。
また、浮上後に、胸が痛かったり、呼吸困難があったり、目まいがしたり、あとは物が二重に見えたりとか、感覚異常、麻痺があったり、気持ち悪くてもどしたりとかという症状があれば、小児科など、できるだけ適切な医療機関に早めに受診をしましょう。
※注2=「Laitila M and Eskola V. Diving Hyperb Med, 43(4):235-236, 2013」
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