フリーダイバー・篠宮龍三氏にインタビュー。一息にすべてを懸けて撮るザトウクジラとは。写真集7月発売

世界選手権準優勝、水深115mのアジア記録樹立など、世界の第一線で活躍してきたフリーダイバーであり、水中写真家の篠宮龍三氏が、自身初となる写真展「篠宮龍三 写真展 - HERITAGE -」に合わせて写真集『HERITAGE』を2022年7月2日に発売する。

ocean+αでも篠宮氏の写真は度々掲載している。そこで今回改めて、写真集刊行と写真展開催への想いをインタビューさせていただいた。

写真集刊行と写真展開催に至るまでの道のり

オーシャナ編集部(以下、――)今回、初の写真集刊行と写真展開催。ザトウクジラを撮影し始めたのにはどのようなきっかけがあったのでしょうか。

篠宮氏

15年前の冬、ホームの沖縄でフリーダイビングのトレーニングをしているとクジラの歌がよく聞こえきて、いつか、その声の主に会いたいと思っていました。10年前、ついにザトウクジラと泳げたときは、魂が震えるような感動を覚えて。それがきっかけで撮影するようになり、この10年間で撮影してきた沖縄近海のザトウクジラを1冊の写真集としてまとめたいと思い、今回日本の海のザトウクジラだけを選んだ写真集を刊行しました。

――10年分の想いが込められているのですね。写真展の開催と写真集の刊行はいつ頃からやりたいと思われていたのでしょうか。

篠宮氏

前々からやりたいと思っていたのですが、写真を展示する会場や印刷紙の大きさ・質、印刷方法など、わからないことだらけで、自分では調べきれずに実行することを躊躇していました。そんなある日、私が尊敬する水中写真家の中村卓哉さんに相談したら、ノウハウなどを惜しげもなく教えてくださったんです。そのおかげもあり、一歩踏み出すことができました。

――中村さんの後押しがきっかけに。出会いはいつだったのでしょうか。

篠宮氏

数年前に都内で開催された卓哉さんの水中写真展で初めてお会いしました。その後もご縁があり、福岡県の沖ノ島や鹿児島県の硫黄島で、私が水中モデルとなり、中村さんに撮影したりしてもらうこともありました。

イサキの群れと篠宮氏(撮影:中村卓哉氏)

イサキの群れと篠宮氏(撮影:中村卓哉氏)

――このお写真は私も見たことがあります!生身の人間が海で生活しているような雰囲気を感じます。中村さんはヒトも撮影されるんですね。

篠宮氏

そうですね。マクロやワイドはもちろん、ヒトを撮影するのもとても素晴らしくて、私では絶対に敵わない…。なんというか、写真に曖昧さがなく、緩いところや隙がない。ビシッとした写真で1枚1枚に魂が込められている感じがします。元々揺るがないセンスはお持ちなのだろうと思いますが、これまでのご経験と努力を積み重ねたからこそのノウハウは素晴らしいと思いました。

――今回の写真展、写真集では具体的にどのようなことを教えていただいたのでしょうか。

篠宮氏

クジラを撮影するノウハウもそうですが、特に写真を撮った後の編集方法、印刷する紙の大きさ・質、印刷方法、写真展会場での写真の見せ方など、余すことなく教えてくださいました。

印刷テストのときには、展示会場で使われるライトとまったく同じものを取り寄せて照らしてみて、出来を確認するようアドバイスをもらっていたので教えの通り実践しました。太陽光や蛍光灯、会場の光によって写真は全然違って見えるんですよ。

――写真は撮影して終わりではなく、撮影したあとも気が抜けず、写真家の腕が試されますね。

篠宮氏

はい。中村さんは、“写真は印刷し、写真集をつくることで完結する”という考えを持ってらっしゃいます。それでいうと私は今まで、“なんちゃって写真家”だったんです。それが今回ついに、撮影から印刷、写真集刊行までできたので、ようやく新しいスタートが切れたような感覚です。

――印刷することにも大きな意味があるんですね。

篠宮氏

どうしても、スマートフォンの小さな画面上だと迫力が伝わらないですし、ましてや、いわゆるインスタ映えな写真にするための考えが先行してしまうと、被写体をアップで撮影したり、被写体本来の形では無くなってしまうのではないかと思うんです。

――なるほど。確かに小さい画面では体長15mにもなるクジラの本来の迫力は表現できなさそうですね。

写真はモノクロに

――印刷のお話でいうと、今回のお写真は色がモノクロで、写真展で飾られるサイズもとても大きいとお聞きしました。ここにもこだわりが?

篠宮氏

そうですね。まずモノクロにした理由は2つあります。1つ目はクジラが持つ美しい傷や白黒の体色をできる限りリアルなものに近づけたかったからです。基本的にクジラの体色は、お腹は白で背中が黒。生まれたての子どもは薄いグレーをしています。

私にはその色味が、まるで日本の伝統的な墨絵のように見えるときがあって、雅な雰囲気を感じます。編集ソフトで幾度も加工して人工的な色を創り出すのではなく、モノクロにしてあまり手を加えず、綺麗な抜け感のある色にしてリアルさを追求しました。

篠宮氏

2つ目は、フリーダイビングをしているときの世界観とマッチさせたかったからです。潜水をするときは、極限までに集中し、ゾーンに入っているので、海の色彩をあまり認識していないことが多かった気がします。ましてや水深100mにもなると白色のダイブラインでさえ、影になり黒っぽくなります。だから、写真をモノクロにすることでフリーダイバーの目に映る世界観を表現したかったんです。

――モノクロにした理由にはそのような理由があったんですね。サイズはどうでしょうか。

篠宮氏

サイズは今回、プリンターの最大出力サイズであるB0ノビ以上(1200x1800mm)とB0(970x1456mm)の2種類にしました。このサイズにした理由は、世界中の海を大判カメラで撮影して周った現代美術作家の杉本博司さんの代表的作品「海景シリーズ」がB0ノビで制作、展示されているのを拝見して、その美しい諧調のモノクロ写真に影響を受けました。

あと、私自身過去に横幅12mに出力したクジラの写真を沖縄県立博物館に飾らせてもらったことがあるのですが、ほぼ原寸大の迫力に来場したお子様たちもすごく喜んでくれて。だから大きくして見せてあげたいという思いはありましたね。

フリーダイバー・篠宮氏流、ザトウクジラの撮影方法

――今回の撮影の舞台はホームである沖縄本島のほか、奄美や八重山で撮影したとのことですが、苦労したことなどあったのでしょうか。

篠宮氏

国内のクジラたちは泳ぐのが速く、人間に近づくことも滅多になければその場で留まっていることも少ないんです。だから、撮影するのがとても難しくて。クジラに付いていけずにお尻の写真ばかりになってしまうこともしばしば(笑)。だけどやっぱり顔や目も撮りたくて、難しいからこそチャレンジしてきました。

南半球のトンガもザトウクジラの繁殖地で有名ですが、日本のクジラと違って、その場で留まってくれたり、のんびりとフレンドリーな個体が多い気がします。ホエールスイムにはガイドが帯同して、ルールも確立されているので、人間がクジラに近づきすぎないことをクジラ自身もわかっているんじゃないですかね。ゆっくりと泳ぐクジラなのでその分撮影は、日本と比べたら断然楽にできるんですよね(笑)。

――泳ぐの速いんですか!知りませんでした。撮影するのも一苦労ですね。他にも、撮影する上で心がけていることなどありますか?

篠宮氏

日本の海はクジラにとって、交尾・出産・子育てをする繁殖地です。だから神経質なクジラが多くて、こちら側もできる限り刺激をしないように細心の注意を払います。クジラは繊細で音に対して敏感な生き物です。だから大きなエンジン音のする船でクジラを追いかけたり、入水してもバチャバチャと泳ぐこともしません。親子や歌うシンガーと呼ばれるクジラは、休息モードに入りその場で留まっていることがあるので、そのクジラを見つけて優しくアプローチしながら撮影します。彼らが動き出したら深追いせずにそっと見送ります。

――クジラ同士も音でコミュニケーションを取っていると聞いたことがあります。音で驚かせないようにしたいですね。もうひとつ気になるのが、一息で篠宮さんはどのくらいの深さまで潜って撮影するのでしょうか。

篠宮氏

今となってはホエールスイムで潜ってはいけないというルールができましたが、ホエールスイムを始めた10年ほど前は、特にルールがなかったので、20〜30mまで潜って、2分くらい水中にいて撮影したこともありました。テール側の少し離れたところから潜って、大回りして近づく感じなので、潜水時間と距離がどうしてもかかります。

フィンでホバリングしながら中性浮力を取り、画角も調整して、いいタイミングになるまで何秒か待つので、結構息が苦しいです(笑)。夢中になって撮影していると本当に危ないですね。一応、深く潜るときはフリーダイバーの仲間に合図して、浮上するタイミングで水深10mまで迎えに来てもらい、一緒に浮上しています。

――ただでさえ、20〜30mまで潜るのは至難の技ですが、カメラを持って中性浮力も取って、クジラにも気をつかって…、考えることがたくさん。まさに命懸けですね…。そこまでして、一息で撮影するこだわりとは一体何でしょうか。

篠宮氏

一息で潜って撮る一枚には、その一瞬でしか撮れないからこそ、自分のエネルギーや熱量、魂が込もっています。タンクを背負えば、空気をずっと吸えて、水中で設定を変えて、何回もシャッターを押すことができる。けどフリーダイバーは水面で設定をある程度決めて潜って、バシッと撮って、上がるしかない。泡の音も無く、自然と集中力も高まるんです。その一枚に、すべてを懸けて撮っています。

――「一枚に、すべてを懸けて撮っている」。なんだか、鳥肌が立ちました。ずばり、篠宮さんにとってクジラの存在はどのようなものでしょうか。

篠宮氏

初めて出会った10年前も今も、独特なオーラを放っており、なんとも形容し難い神々しさを感じます。おぼろげな遠くのクジラが徐々に近づいてきて、体長15mにもなるその巨体の全貌がクリアになり、体表の傷跡やコバンザメがくっきりと見えた時は何度でも感動すると同時に、ヒトは到底敵わないだろう、という畏れもあります。

篠宮氏

ジャック・マイヨールがかつて言っていました。「クジラとイルカは人間にとって、従兄弟兄弟である」と。はるか昔、クジラとヒトの祖先である哺乳類は、水中から陸上に上がり、四つ足の動物にまで進化をしましたが、クジラは再び水中に戻り、海で暮らすことを選びました。そういった意味で考えると、ヒトの中でも特にフリーダイバーは、海にまた戻ろうとし、海で自分の体を進化させようとしている。もしかしたらクジラに近い存在なのかもしれません。フリーダイバーにとって大先輩であり仲間でもあるクジラを10年先もずっと大切にしていきたいですね。

――クジラとヒト、付かず離れずの関係。最良の関係を築いていきたいですね。最後になりますが、写真集のタイトル『HERITAGE』に込められた意味を教えていただけますか。

篠宮氏

たまたま、10年間ザトウクジラを撮っていた、私のホームである沖縄本島のほか、奄美や八重山が去年世界自然遺産になったこと、そして何万年も前からそこで生活していた、“クジラそのものが世界遺産”であると思うので、この名を付けました。

――篠宮さん、ありがとうございました。写真展と写真集、楽しみにしています!

30年前から毎年のように沖縄に帰ってくる“Z”と呼ばれるクジラがいる。いつかは会いたいと思わせる名物クジラだ。あるシーズンの終わり、Zが珍しいことに静かに止まっていた。水中で目が合った。巨体に似合わず優しい眼差し。Zが私の存在を確認しゆっくりと向き合った。夢にまで見た瞬間が訪れたその時-。

10年間、沖縄近海のザトウクジラを撮影したフリーダイバー篠宮龍三の初の写真集。競技引退後の新境地。

あとがきより

写真集『HERITAGE』

(2022年7月2日発売。事前予約受付中)
判型:A4変形 ハードカバー
頁数:96ページ
印刷・製本:八紘美術
価格:税込6,600円
写真集にサインを入れて発送。
※サインなしをご希望の方はメールにてお知らせください。発送は7月2日以降になります。
ご予約、ご購入はこちら

写真集をお買い求めの後にコース、ツアーをご予約された方は割引料金にてご案内

対象コース:AIDA1-3、DEEP、FUN&FREE、PRIMARY
割引:10%オフ
先着10名様、2022年10月末までとなります。

対象ツアー:沖縄本島ホエールツアー2023
割引:5000円オフ
先着10名様、2023年3月末までとなります。

※コース、ツアーご予約時に写真集購入画面のスクリーンショットを送ってください。割引後のお値段にてご予約のご案内をいたします。いずれか1回のみとなります。

「篠宮龍三 写真展 - HERITAGE -」

開催場所:ソニーストア 大阪内 αプラザ(大阪)
〒530-0001 大阪市北区梅田2-2-22 ハービスエント 4F
価格:無料
予約:不要
営業時間:11:00~20:00
参加対象:どなたでも
備考欄:最終日は17時までです。

篠宮龍三
約20年間、世界の海でフリーダイビング競技を行う。世界選手権準優勝、水深115mアジア記録樹立。2016年に現役引退、その後は水中写真家に転身。フリーダイビングのスキルを活かしてホームの沖縄や国内外の海で素潜りによる大型鯨類の水中撮影を行う。撮影した鯨類や水中モデル、フリーダイバーなどの作品は国内外の雑誌、広告、CMなどに起用されている。
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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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