リブリーザーとは?テクニカルダイビングの雄・田原浩一氏が徹底解説

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3月20日に最終回を迎えたドラマ『DCU』。スキューバダイバー捜査官が活躍するこのドラマでは、阿部寛演ずる主人公の新名(にいな)正義(まさよし)らが使っているダイビング器材“リブリーザー”に注目が集まっている。そこで今回は、テクニカルダイビングの第一人者である田原浩一氏に、リブリーザーとはどんな器材なのか?通常の器材に比べてどんなメリットやデメリットがあるのか?などを伺ってみた。

撮影:大原拓

撮影:大原拓

リブリーザーとは、そもそもどんな器材?

シリンダーに充填されたエアやナイトロックスをレギュレーターで呼吸する一般的なダイビングでは、ダイバーは吸ったガスを水中に吐き出すのが通常です。この過程でダイバーは活動に必要な酸素を呼吸ガスから得ていますが、吸ったガスのすべての酸素を使うわけではなく、大半は吐気として水中に捨ててしまっています。

一方、リブリーザーは、吸ったガスを水中に放出しないでシステム内の呼吸のためのループに戻して再度呼吸(リブリーズ)用のガスとして使います。先に説明したように吐いた息の中にも酸素が含まれていますからそれを無駄に水中に捨てないで再利用するわけです。

■リブリーザーの仕組

資料提供 (株)ブルークエスト

資料提供 (株)ブルークエスト

ただし、吐いた息の中の酸素はある程度消費されていますし、代謝で生じた二酸化炭素も加わった状態なので、そのままを再呼吸用のガスとして使い続けることはできません。そこでリブリーザーは、吐いた息がループ内を移動する過程で、二酸化炭素を取り除き、消費されて少なくなった分の酸素を加えて、呼吸に適したガスに変換した上でダイバーの口元に戻すという作業を行います。

リブリーザーには大きく分けて2つの種類があります。1つは、酸素濃度の高いガスをループ内に定量で流して酸素を補充する「セミクローズドサーキットリブリーザー」。もう1つはループ内の酸素分圧を設定範囲に保つようコントロールされたボリュームの酸素をループ内に加えるシステムを備えた「フルクローズドサーキットリブリーザー」です。

セミクローズドサーキットリブリーザー(EXPLORER)

セミクローズドサーキットリブリーザー(EXPLORER)

フルクローズドサーキットリブリーザー (APdiving社製 INSPIRATION)

フルクローズドサーキットリブリーザー (APdiving社製 INSPIRATION)

なお、「フルクローズドサーキットリブリーザー」は酸素を充填したシリンダーとは別に、深度が深くなってループ内のガスが圧縮され、呼吸に必要なボリュームが確保できなくなった時のボリュームアップのためのガスを充填したシリンダーを備えています。このシリンダーに充填されるガスはループ内の酸素が濃くなりすぎた時に酸素濃度を下げるための希釈にも使われるので、“希釈ガス”と呼ばれます。

「フルクローズドサーキットリブリーザー」には酸素を加える方式が異なる3つのタイプがあります。吐いた息の酸素分圧を測定し、設定値に対して不足した分の酸素を電気的に開閉するソレノイドバルブを使って補充するエレクトリカル、予め想定したダイバーの消費酸素量を定量で補充し続けるメカニカル、さらにその両方の方式を組みあわせたハイブリッドがその3つです。

TVドラマの『DCU』で使われているのは、酸素の補充にソレノイドバルブを使うタイプのフルクローズドサーキットリブリーザーです。

 DCU内で使われたのと同じINSPIRATION Travel frame 仕様


DCU内で使われたのと同じINSPIRATION Travel frame 仕様

通常のスキューバ器材に比べて、どんなメリットがあるのか

 
ダイビング器材のメリット、デメリットやそのバランスは、目的としたダイビングによって大きく変化しますので、それを踏まえながら通常のオープンサーキットとリブリーザーの違いを説明したいと思います。なお、同じリブリーザーでもタイプによって若干の特性の違いがあるので、ここからは『DCU』で使われていたソレノイドバルブを使うフルクローズドサーキットリブリーザーを中心に話を進めていきます。

●浮上時を除いて、泡が出ない

まず、一見して分かる通常器材との大きな違いは基本、浮上時を除いて泡が出ない点です。「泡が出ない=排気音がない」ので、水中では通常の器材を使ったダイビングに比べて非常に静か。ただし一般的なレジャーダイビングではそれを理由として、わざわざリブリーザーを使うというほどの圧倒的なメリットとは言えないと思います。

しかし、排気音は生物にとっては大きなストレス要因である場合が多いので、生物に接近してじっくり観察したり撮影するといった目的のダイビングでは非常に大きなメリットとなり得ます。また撮影に関してはカメラを水面側に向けた際、排気の泡が映り込まないというのも大きなメリットでしょう。同様に泡が周辺の水を攪拌(かくはん)することがないため、浮遊系の被写体が泡や泡が作った渦に巻かれてしまうといった問題も起きにくくなるはずです。

●体に溶け込む窒素量を抑えられる

器材がループ内の酸素分圧を一定に保つよう動くため、ある範囲の水深までは呼吸ガスの酸素の割合が通常のダイビングで使うエアやナイトロックス と言った一種類のガスだけを使った場合より高く保たれ、その分、体に溶け込む窒素の量を抑えることができます

具体的な例を挙げてみます。『DCU』で使われたリブリーザーの場合、ダイビング中は酸素分圧を1.3ATAにキープするのがデフォルト設定なので、例えば水深10m(絶対圧2ATA)のダイビング中は“1.3÷2=0.65”、つまりEAN65(※)を呼吸することになり、水深20(絶対圧3)なら“1.3÷3=0.433”、従ってEAN43(※)を呼吸することになります。

※EAN65:酸素65%のエンリッチドエアのこと。
 EAN43:酸素43%のエンリッチドエアのこと。

ダイビング中に体に溶け込む窒素量を低く抑えられるのは明らかにメリットです。ただし、これもさほど深くなく、潜水時間も長くなく、減圧停止の必要もないセーフティーマージンの高い一般的なレクリエーショナルダイビングでは圧倒的なメリットとまでは言えないでしょう。一般的なレクリエーショナルダイビングでなら通常の器材でナイトロックスを使う方が遥かに簡単、お手頃に窒素の溶解度を低くできます

ただし、レクリエーショナルダイビングの範囲の水深でも、生態の観察や撮影といった目的で水中に長く留まりたい、といった場合などは、リブリーザーのこのメリットがクローズアップされます
たとえば水深20mのダイビングの場合、設定酸素分圧1.3ATAのリブリーザーを使うと空気相当水深は12m弱。U.S.ネイビーのダイブテーブルや私の使っている減圧ソフトでチェックしても、水深20mに2時間のダイビングでは減圧停止の必要はありません。仮にこのダイビングを通常の器材+エアの組み合わせで行った場合、私が使っている減圧ソフトでは保守率を最も低くした演算でも1時間を超える減圧が、呼吸ガスにEAN32を使っても15分程度の減圧が必要になります。

リブリーザー

●必要なガス量が少なくて済む

吐いたガスを再利用するため、ダイビング中に必要なガス量も一般的なスキューバ器材を使うダイビングより圧倒的に少なくてすみます。『DCU』で使ったリブリーザーでは容量2.5Lの酸素を充填したシリンダー1本と同じく2.5Lのエアを充填したシリンダーを使っていましたが、残圧が100bar(10Lシリンダーなら25bar)あれば水深20mに2時間留まる程度のダイビングでのガス量不足の心配はありません。もちろん器材にトラブルがなければの話ですが。

試しに通常の器材で同等のダイビングを行った場合に、必要なガス量をソフトを使って計算してみると、陸上での空気消費率が比較的少ない15L/分のダイバーが減圧時間の短いEAN32を使ったとしても、6000cc近いEAN32(200bar充填された10Lタンクなら3本分)が、もしエアを使った場合には7000cc近いエア(10Lシリンダー4本分)が必要になります。

こうした部分はシングルシリンダーでまかなえる範囲の計画で潜る一般的なレクリエーショナルダイビングでは、特にアピールできるメリットとはなりませんが、長く、深い、あるいは減圧が必要といったダイビングでは決定的なメリットとなります。

極端な例として、私がシーラカンス調査のために南アフリカで水深125m、ボトムタイム25分のダイビングを行った時に使ったガス量を挙げておきます。
このダイビングでは非常に長い段階的な減圧停止が必要となります。結果、トータルの潜水時間は約5時間でした。通常のスキューバシステムで潜ると、効率的な浮上ができるよう、水深に合わせてガス成分を調整した複数のガスを使っても、トータルで7本程度の12Lシリンダーが必要になるのですが、リブリーザーで潜った私が実際に使ったのは3Lタンクで100bar程度(10Lタンクに換算すると30bar少々)の酸素と12Lタンクで30bar弱のトライミックスだけでした。これは、ガスの節約は全く考えず、むしろ贅沢に使った結果の数値です。

●大量の高価なガスが必要な場合、費用を抑えられる

必要なガス量の違いは、減圧用のガスを使ったり、窒素酔いを防ぐための高価なヘリウムを加えたガスを使ったりするような大深度潜水では、圧倒的なガスの費用の違いを生みます。
たとえば私が南アフリカで行ったような大深度の長時間潜水の場合、通常のスキューバシステムとリブリーザーでは1ダイブだけで数万円のガス費用の違いが生まれます。もちろん費用が安いのはリブリーザーです。大量のガス、高価なガスが必要なダイビングでは、ガスの費用を抑えられるのもリブリーザーの大きなメリットと言えるでしょう

ただしこのメリットは、1日2ダイブ程度の一般的なレクリエーショナルダイビングではリブリーザーを使うデメリットに逆転してしまうんです。酸素とエアに加えて二酸化炭素吸収剤も必要となるリブリーザーより、1本のシリンダーにエアや一般に流通しているナイトロックスを充填する費用の方が安く収まるはずです。

●寒冷地や長時間ダイビングではストレスを軽減

リブリーザーを使ったダイビングでは、呼吸ガスに自分が吐いた温かく湿ったガスを再使用し、さらに吸収剤が二酸化炭素を吸収する過程で熱と水分を発するので、通常の器材を使ったダイビングより、温かく湿ったガスを呼吸することになります

このため、環境によっては、寒さや喉の渇きを感じにくくなります。これは体温低下や脱水傾向の予防となり、特に寒冷地や長時間のダイビングではリブリーザーを使うことでダイバーの体へのストレスを少なくできるというメリットに繋がります

>>次ページ:リブリーザーのデメリットとなる要素とは
       リブリーザーを使いたい場合は、どうすればよいか?
       

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PROFILE
テクニカルダイビング指導団体TDIとサイドマウントの指導団体RAZOR のインストラクター・インストラクタートレーナー。
フルケイブ、レックペネトレーション、トライミックスダイブはいずれもキャリア800ダイブ以上。
-100m以上の3桁ディープダイブも100ダイブ以上、リブリーザーダイブでは1000時間以上のキャリアを持つ等、テクニカルダイビングの各ジャンルでの豊富な活動経験の持ち主。また、公的機関やメーカー、放送業界等からの依頼による特殊環境化での潜水作業にも従事。話題のTV ドラマ『DCU』にもリブリーザー監修として撮影に参加している。

■著書
おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
続・おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
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