「ダイバーは地球で一番面白いところを潜っている」ダイビングリーダーのための海洋生態学(後編)

※前編はこちら。

ダイビングが楽しくなる
生態学の具体的な概念

JCUE CAFE講演「ダイビングリーダーのための海洋生態学」風呂田利夫

さて、ではこれからダイビングで使えるものを具体的に紹介していきましょう。
こういった生態学で使われる概念が、ダイビングをより楽しいものにするんだということを念頭に置いてください。

三次元的空間利用

まず、水中生物の“三次元的空間利用”を紹介します。

水中の中層には、どこでもプランクトンがいますね。
彼らは、あまり自分で泳ぐこともなく、水中を漂います。

ベントスは、水底にベタッと着いているものを指します。

魚のように、多少流れがあっても自分の行きたいところに泳いで行ける生物はネクトンと呼ばれます。

こういった生態的分類は、生物の種に関係なく、その生活の仕方、場所によって分けられます。
このように生物の空間が立体的だということは、生物の生活の仕方を通して観察することができる、ということですね。

では、例えばフジツボのような動かない動物ベントスがどうして生きていけるのかというと、それは水中のどこにでもプランクトンというエサがあるからです。

人は食べ物を食べるのに手を伸ばしたり動いたりしなきゃいけませんが、ベントスにはその必要がないんですね。
流れてきたエサを食べればいいわけですから。

水底に生物がいっぱいいるということは、水中に浮いている生物に支えられているということです。
だから海は生物生産が非常に盛んなんだということも、観察できるんですね。

海の基盤種

次に、私たちは海の環境を観るときに、たくさん見られる生物を基盤種と呼んでいます。
陸上でいうところの、林や草ですね。砂地の海底から水中にアマモが立ち上がれば、そこに裸の砂地とは全然違う環境ができ上がり、他の生物が集まってくる。

生物が集まり、集まり方の違いによって、環境が全然違うものになってくるということです。

それぞれの水中環境にこういった環境をつくる基盤となる種がいるかどうかということもフィールドの特徴としてみることができます。
例えば、サンゴ礁では、サンゴが基盤種だ、ということですね。

外来種

最近の環境問題と関連して、外来種についても紹介します。

外来種が発生するということは、そこの環境が悪くなってきているということ。
つまり在来のものが弱ってきてよそ者が増えているということです。
東京湾のムールガイやミドリイガイですね。
こういった生物も、環境の変化の一部として考えられます。

捕食・食物連鎖

どういうエサを食べているか、ということですね。

アサリ、ホヤのような懸濁物食者は、水の中に浮いている三次元に一番多く存在する生物を食べます。
泥の中に溜まったものを食べる堆積物捕食者もいます。
ソラスズメダイ、ヤギ、ウミシダはプランクトン捕食者です。
ハゼやカワハギは、貝類のようなベントスを食べるベントス捕食者です。

捕食にも生きたものを食べる生食連鎖や腐ったものを食べる腐食連鎖とあります。
腐食連鎖が増える、ということも環境の劣化の証です。
生物が捕食されずに死んでしまい死骸が残る、ということですから。

このようにみると、海の中の生物はとにかくエサが欲しくて仕方がないんです。
じゃあ、どうやってそれぞれの生物が捕食しようとしているのか。
これは本当に見ていて飽きません。

例えば、カワハギなんかは砂を吹いて飛ばしてエサを探しますよね。
それに対してクロサギという魚は、砂ごと食べて口からいらない砂だけを吹き出します。

どうやってエサを食べているのかということで、生態学的に面白い現象を発見できます。

海洋生物の生活史
環境保全に大事な“メタ個体群”というとらえ方

次に海洋生物の生活史についてです。
生物を観たときに、その一生を考えてみましょう。

これには、その生物がどうやって暮らしてきたのか、また、本当にそこに元々いた生物なのか、という二つの視点があります。

海洋生物は、三次元空間のスペシャリストです。
例えば、子供を産むとき。

実は、親がベントスであっても、ほとんどの生物が卵や幼生のときはプランクトンです。
なぜかというと、その方が水底にいるより安全だからなんです。

今この部屋を真っ暗にして手探りで他の人を探してくださいと言えば、手探りでもだれかに当たります。
ところがこれが水深10mの三次元空間で立体的にみんなが浮かんでいるろ,当たることは一気に難しくなりますよね。

それに、子供は本来自力で泳げることができなくても、小さいのをいいことに浮いていれば潮に流されることができるので長距離移動が可能です。

例えば富戸で生まれた子は富戸には戻ってこないでしょう、富戸にいる親個体はきっと富戸生まれじゃないでしょうね。

このような地域間での子孫のやりとりによって、あちこちの生活空間と連携することでメタ個体群が生まれます。

紀伊と伊豆、この二か所は遠く離れていますが、紀伊と伊豆のある同種内では、同じ遺伝子集団であることが非常に多いです。
これは、紀伊で生まれた幼生が黒潮に乗って伊豆までやって来るためと考えられます。
この同じ遺伝子を持った親戚同士が、メタ個体群ですね。

あらゆる生物はこうして流れ着いた先で生活し、進化を繰り返してきたと考えられています。

これは例えば、紀伊で環境破壊が起これば、それは伊豆の個体群にも影響がある、ということですね。
今、世界中で環境は変化していないが生物が寂しくなっている、という例が報告されていますが、それはこういたことが原因なんです。

だから、海洋生物を広い地理的空間で種を維持しているメタ個体群として捉えないと、本当の意味での環境保全はできないんです。

海洋生物の生活史
水の流れを使うスペシャリスト

結果として海は、生物を運び続けています。
これは回遊、と表現されます。

さっきも言ったように、多くの生物にとって海底と水中を行ったり来たりすることは当たり前のことです。
ウナギやシャケのように川と海を行き来するものもいます。

イワシやサンマのように親になってからも海を大回遊するものもいますね。
これは海が一つの大きな水の塊であるが故にできることです。
ウミガメも、環北太平洋という、日本からぐるっと回ってアメリカ西海岸までいってフィリピンを経由したルートを通って、この間に成長して戻ってきますね。

海の流れを使って一生を送っていることがわかります。
海で生きるということは水の流れを使うスペシャリストである、ということも言えますね。

先ほどメタ個体群、という言葉を出ましたけども、海の生物はいつもあちこち新しい住処を探しています。
ですから、攪乱(かくらん)、という浜辺の破壊作用があっても、すぐに生物は帰ってきます。

東日本大震災で三陸の海岸はめちゃくちゃになりましたが、生物はもうすっかり戻ってきています。
場合によっては以前より増えていたりもします。

なぜかというと、そういう攪乱が起こることを前提に海の流れを使ってあちこちに移動分散しているからです。

土砂が流れ込んでくるような攪乱によって海岸が破壊されることを前提にして、生物は移動している、ということもできます。
なので、攪乱は決して悪いことではなくて、ある時は必要なものだったりもするんですね。

生態学では「慣れ親しんだ攪乱」とよくいいます。生物は多少の攪乱に歴史的に慣れているんです。
ただし、自然環境によってできるもの以外の攪乱は例外です。

例えば干潟を護岸化するともうだめです。
干潟生物は砂地で生活していて,平らなコンクリートには耐えられなかったりします。

慣れ親しんだ攪乱には対応できるけれど、それ以外のものは人間による環境破壊になる、ということを教えてくれます。

大瀬崎「湾内」のキーストーンはガンガゼ!?

大瀬崎の内湾ゴロタ石(編注:大きな石が重なりあっている場所)の間にはガンガゼがいっぱいいますよね。
岬のゴロタ石は台風が来ると動くので、ガンガゼはつぶれてしまいます。

しかし、内湾の海は安定しているのでいっぱいいます。
内湾のゴロタ石は、湾内を海水浴ができるように砂を入れた際、砂をとめるために積んだものです。

ガンガゼは海藻を食べるので、ゴロタの上はつるつるなんですよ。
なので、そこにフジツボがいっぱいつきます。
そのフジツボを食べにイボニシガイが集まります。

このように人間が造った構造っていうのは、そこに集まる生物を大きく変化させることがわかります。
ちなみに、何人かで一部の場所でガンガゼを数えて,それから全体で計算したところ、大瀬崎内湾にはおおよそ35,750匹のガンガゼがいるということがわかりました。

ガンガゼはこの大瀬崎の湾内のキーストーン種です。
キーストーンとは、つまり“要”ということなんですけど、ガンガゼがいることによって、大瀬崎特有の生態系になっているんですね。
生物同士の相互作用がガンガゼによって決められている、ということです。

かつて、ウニを食べるラッコを乱獲した海岸では,ウニが増え過ぎで海藻が消滅し,その地域の生物の多様性が低下した、という例もあります。

このような現象を直接効果、といいます。
対して、間接効果というものもあります。

例えば、サラサエビはウツボの口を掃除します。
なぜかウツボはサラサエビを食べませんが、サラサエビはそのことを知っています。

では、なぜサラサエビはウツボのそばにいるのかというと、サラサエビを食べるタコを、ウツボが食べてくれるからです。
タコがウツボを嫌がる、ということを間接的に利用してサラサエビは身を守ること。
これが間接効果ですね。

食うか食われるかという直接的な関係以外のものも利用している、こういった現象はすぐにはわかりませんから、これは自分で観察をして発見する他ありません。

サラサエビがウツボの口の中にいるわけ
生態学的な居場所“ニッチ”

ぜひを覚えていただきたい言葉が、ニッチ(Niche)です。
ニッチは元々経済学の用語で、マーケットでニッチを獲得するということは、そのマーケットに必要とされているものをつくる、という意味です。

生態学では生態的地位のことで、生物群集内での生態学的居場所、のことを指します。
そこには、地質環境だったり、生物だったり水深だったり攪乱や温度などなど、色んなファクターが絡んできますから、非常に複雑です。

環境が変化すればするほど、新しいニッチが生まれてきます。
海岸線はどんどん環境が変化しますから、それだけ新しいニッチを生む可能性を秘めているんですね。

ニッチの中にも、基本ニッチと実現ニッチとあります。
基本ニッチは他の生物の影響がない状態でのその生物のニッチのことですが、実際には海には色んな生き物がいます。
そこで、生き物同士がニッチを奪い合い、残されたところで実現されたニッチが実現ニッチ、ですね。

要するに、棲み分け、と言いますが、あれは勝ち負けの落としどころがついた結果、という言い方ができます。

実現ニッチが遺伝的に固定して管理されると、それは完全に進化の過程です。
このニッチの奪い合いの繰り返しが現在進行形の進化として紹介することも可能だと思います。

その上で生物相互関係を観てみると、サラサエビはウツボのそばが一番よかったんだろうと。
イシモチにとってはガンガゼのとげに守られているのが一番よかったんだろうという見方ができますね。

テッポウエビとダテハゼとハナハゼも、同じ巣穴に棲んでいたりしますね。
なんでこんなに狭いところにいるんだろうということも、ニッチの概念を使って考えてください。

これは誰も損をしない関係なんです。
テッポウエビはダテハゼに敵を見張っていてもらう。
ハナハゼは高いところから見張って巣穴に逃げ込みますから、情報としては多元化します。

また、ダテハゼはベントスを食べ、ハナハゼはプランクトンを食べますから、両者の間に競争はありません。
皆仲良く生活できるわけです。

そういうことを通して、生物が進化してきました。
ニッチをめぐって喧嘩するだけではなく,適当に落としどころをつけてニッチを分割していったのが、今の生物集団の特徴なんです。
こうやって生物が共に進化していくことを共進化といいます。この共進化に共感していく、こういった紹介の仕方ができるんじゃないかと思います。

ダイバーから発信したい新しいニッチ
ビジネスと環境保全の両立

こうやって、色んな特性を理解していきましょう。
それぞれの種がどんな生活を送り、何を食べているのか。
種が集まって群集という概念に発展して、それぞれの生物の相互的な関係も興味深いことです。

そこで成り立つ、生態系の特徴、食物連鎖。
それを支える場の景観や地形の構造と歴史。
それを元に生命現象の進化の過程というものを、共進化の類進という形で考えていただきたいと思います。

そうやって考えていって、最後に行きつくのは、“現場は共進化のフィールドミュージアムである”ということなんですね。

それを守ろうという考えも深まれば、環境保全にも繋がっていきます。
ビジネスと環境保全の両立がこの世界の新しいニッチではないかと、私は考えています。

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