「東北の海のためにダイバーができること」三陸ボランティアダイバーズ特集

第3回:被災地の海中での活動へ

漁師たちの財産を取り戻す

東北の漁師にとって、ダイバーは“モグリ”とも呼ばれている。もちろんあまり良くない愛称だ。

東北の海は水温が低いこともあってダイビングというレジャーがあまり根付いておらず、「ダイバー=密漁者」という認識が強い。実際、アワビやホタテの密漁が絶えないのだ。

ただ、その漁師たちは今回の津波で甚大なる被害を受けた。
特に3月上旬は、養殖が盛んな東北ではワカメの収穫期に当たる。3月11日というのは、ちょうど漁師たちが倉庫からワカメ用の釜やミキサーを引っ張り出してきて港に並べていた時だったのだ。

一つ一つが約50〜150万円する彼らの財産であり商売道具が、一瞬のうちに津波でさらわれてしまった。
くまちゃんは自分のダイビングショップで繋がりのあった漁師たちに「潜ってみてくれないか?」と依頼された。4月に入り、被災地の物流も徐々に回復し、以前よりは救援物資を被災者に届けられるようになり始めていた時期だった。

慣れているとはいえ何があるか分からない東北の海に、くまちゃん自身も不安を抱えながらこれまでの恩返しだと思い、潜る決意を固めた。
いざ海に潜るとなっても、通常のダイビングとは全く勝手が違った。
濁った漁港内には何が沈んでいるか全く見えないので、いきなり飛び込むジャイアントエントリーではなく、フィンの先で何度も足元を確認しながらゆっくりゆっくり入った。
海に潜ると表面はオイルまみれで、呼吸器(レギュレーター)を通じて油の臭いが口内に広がった。

海底には無数の漁具が沈んでおり、くまちゃんはそれらを見つけては引き揚げていった。

三陸ボランティアダイバーズ

実際に漁師たちの釜が引き揚げられる度に、港に歓声が響いた。
「それ俺んだ!」
「俺の釜だ!」
漁師たちは喜び勇んで自分たちの大切な漁具のもとに駆け寄った。

ゴールデンウィークのボランティアイベント

くまちゃんの現地での潜水ボランティア作業も、ウェブを通じて広まっていった。
ブログを見た都内のダイビングインストラクターが岩手に飛んで来て「何か手伝えることありませんか!」とくまちゃんを驚かせたこともある。

その活動はNHKでも紹介され、さらにまた支援の輪が広まっていった。くまちゃん一人での潜水作業は危険とリスクも抱えていたため、協力者が増えるのは願ってもないことだった。

そこで、ゴールデンウィークに現地で手伝いをしてくれるボランティアを募った。その告知と取りまとめをしたのは、東京の拠点となっていた早乙女祐基。集まった約25人は、ビッグブルーの常連客もいれば、水中写真家・越智隆治の呼びかけによって集まった一般のダイバー、さらにはインターネット経由で知ったその他のダイバーもおり、多彩な顔ぶれとなった。そのダイバーたちが「私のバイク持って行く?」「俺、トラック提供できるよ」と様々な申し出をしてくれた。

ゴールデンウィークまでの準備期間中、早乙女は会社の仕事を終えてから仲間と共に夜中にトラックを運転して東京中を走り回り、冷蔵庫や洗濯機などまだ宅急便では現地に届けられない大型の救援物資を積み込んでいった。

そうして、くまちゃんが一人で潜水作業を行っていた岩手県大船渡市に、ゴールデンウィークには25人のボランティアダイバーたちが集結することになった。
何百人分もの救援物資をトラックに積み込んで。

三陸ボランティアダイバーズ

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