かざすAI図鑑アプリ「LINNÉ LENS(リンネレンズ)」誕生までの軌跡に迫る!〜開発者インタビュー〜
革新は、思わぬところからやってくるーー。
2018年8月中旬に公開されたiPhoneアプリ「LINNÉ LENS(リンネレンズ)」。
魚にかざすだけで、名前が分かるという革新的なアプリの登場に驚かされました。
今回は、LINNÉ LENS(リンネレンズ)を開発されたLinne株式会社CEOの杉本謙一さんに、アプリ誕生までの軌跡を伺いました。
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LINNÉ LENS(リンネレンズ)に初めてふれた時、とても驚きました。どういったところから着想されたのでしょうか?
杉本さん
2014年にモルディブでダイビングをしていた時に、いろいろな生き物と出会っても、それが何か分からなかったんです。それで、ARゴーグル上で生き物の名前がリアルタイムで表示・記録されたら面白いなと思ったのが原点ですね。
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案外、素朴なところから発想が生まれたんですね。
杉本さん
モルディブって、水中に限らず、水辺のカニとか、陸上で見る鳥とか、固有の生き物も多いです。でも、出会った時に、相当な知識量がないとそれが貴重な生き物ってことさえにも気づけない。でも、見ただけで分かるようになれば、より楽しめると思ったんです。
モルディブでは、島の人たちが常に護岸工事等をして、なんとか沈みゆく島の維持に努められています。諸説ありますが、そう遠くない未来に、島ごとこの生態系が失われてしまう可能性もあるんですよね。
今、僕らが生きているうちに、見られるものは記録を残したり、理解を深められたりできるものがあったらいいな、と思ったのもきっかけです。
ただ、当時は、水中で画像を認識することに技術的なハードルがありました。
でも、ここ数年で、画像認識の精度がぐっと上がってきた。ハードからソフトウェア、アルゴリズムまで含めて、徐々に進化してきたんです。それをより早くスマートフォンなどの端末だけで動かす仕組みも、実験段階ながらできてきたんです。
そろそろ、思い描いていたようなサービスが、すごく頑張れば作れそうな動きになってきたんです。それで、アプリ開発にチャレンジしてみようと、思い立ちました。
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2014年に着想し、しばらく寝かしたあと、この夏リリースに至ったと。 開発までの時間って、どれくらいかかったんですか?
杉本さん
そうですね、プロトタイプのテストはもう少し前から進めていましたが、最終的なアプリ開発は集中して3ヶ月ですね。開発、デザイン10名弱の人数で、短期集中で開発しました。
私を含め、皆、サイドプロジェクトとして働きながらだったので、朝晩、土日で集中して進めました。発起人の私は8月にLINNÉ LENS(リンネレンズ)に本腰を入れるために、独立しました。
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(唖然)
恐るべきスピード感ですね。
いったい、どんなメンバーで作り上げたんですか?
杉本さん
長年の友人や、こういう前例のないプロダクト作りが好きそうなトップクラスの方々に声をかけました。中には水族館が好きだったり、水槽で生き物を飼っている方もいます。
例えば、デザインを担当してくれた日本デザインセンターの三澤さんは、すみだ水族館の企画展示や上野動物園のポスターも作られている方です。
テクノロジーとサービスに共感してくれた、最高のメンバーと一緒に作れたと思っています。
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苦労した部分はありましたか?
杉本さん
技術的には不確実性が大きいプロジェクトでした。
画像認識で動植物の種類をあてるといったアプリは、10年以上前からあります。詳細物体認識と言われているんですけど、鳥の写真を撮って当てる、花の写真を撮って当てる、とか。そういうサービスはすべて、「写真を撮って、サーバーに送り、数秒後に結果が返ってくる」というのが一般的なかたちです。
でも、水中は電波が届かないので、スマートフォンの端末だけで動かせる必要があります。
あとは、海の生き物、特に魚って動きが早いじゃないですか……。
ーー
はい。(深くうなづく)
杉本さん
花や、生き物でもパンダとかだったら、ほぼ止まっていますよね。
でも魚って、動きが早い。しかも、複数いますから。
高速で動く複数の生き物をリアルタイムで認識できるようにするのは、スマートフォンアプリとしては世界で誰も実現していないため、本当に実現可能かは未知数でした。
ーー
でも、それに挑んだ。
杉本さん
そうですね。逆にその難易度からくる革新性こそが、LINNÉ LENS(リンネレンズ)の面白さで、PJメンバーにとっての求心力の源泉だったと思います。
この手のサービスってコンセプトレベルで「数十種類でやってみました」というのはよくあるんです。でも、ユーザーは短気なので何かにかざしてダメだとすぐ使えないと断定して2度と起動してくれません。せめて特定領域は網羅した状態で出そうと思い、まずは魚類中心というストーリーで国内の水族館に展示されている主要4,000種に対応させました (リリース当初。2019年2月では8,204種に対応済み)。これも技術的な難易度を高める要因でした。(苦笑)
この規模になると、速度と精度を維持する難易度が飛躍的に上がるんです。
マークシート方式をイメージしていただくとわかりやすいと思いますが、四択だったら、まぁまぁ正解率が出ますが、それが増えれば増えるほど、正解率は下がるワケで。
それらを全て、スマートフォン上で処理するためには、アプリのサイズは小さくしなくてはいけないんです。今、100MB弱なんですけれども、膨大な認識ができるシステムを維持しながら、アプリのサイズをいかに小さくするかという点も、技術的な課題として解決する必要がありました。
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現状の操作感はかなり軽いですよね。
杉本さん
もともと企画段階では、かなり多くの機能やアイデアがありました。レベルを設けてゲーム性を持たせたり。ただ詰め込みすぎても伝わらないので、みんなで議論しながら「かざす、わかる、生き物図鑑」をコンセプトに、ポイントを3つの体験に絞り込みました。
●かざすだけのシンプルな操作性
●すぐに見られるリアルタイム性
●自分で作っていくオリジナリティ
無駄な遷移がなく、精度の高い情報がすぐ分かる。そして、自分だけの図鑑が作れる。
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かなり試行錯誤を重ねられたんですね。洗練されたデザインも素敵です。
杉本さん
何パターンも作って壊して、現状のものになっています。
カメラでの情報の表示の仕方、図鑑情報の水深、世界地図の分布などにもかなりこだわっています。見つけた生き物を記録する分類ツリーについては、7〜8パターンは作っていますね。
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公開されてみて、反響はいかがでしたか?
杉本さん
想定以上に反響がありました。オーシャナさんから取材を受けるのも含めてなんですけど。(笑)
特に、水族館でご利用されたお客さんの評価は本当に高く、今までにない未来の体験ができたと、非常に満足度高く使ってもらえています。
あと人にかざした時の反応も良いですね。
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人にかざすと「ホモ・サピエンス」と出るやつですね!
これは、遊び心で?
杉本さん
えっと、遊び心です。(笑)人にかざしたときに、「ホモ・サピエンス」と出たら面白いだろうなと思って。
アプリをインストールする場所って人それぞれだと思うんですけど、そんなに周りに魚や生き物がいる環境って多くないので、何にかざすかといったら、人かなと。身の回りでも使えたほうが、面白いですからね。テストの時に開発メンバーの子供にもウケていたので、そのまま採用しました。
ーー
まずは人にかざすことを想定されていたとは。
私たち、開発メンバーの方々に踊らされていたのですね!(笑)
杉本さん
「ホモ・サピエンス」の解説に「史上最も危険な種」とつけたのも多くの人に刺さっていましたね。これは一昨年のベストセラーの「サピエンス全史」(ユヴァル・ノア・ハラリ著、河出書房新社)から引用しています。
ーー
知的な遊び心に満たされていますね。 今後、LINNÉ LENS(リンネレンズ)をどのように育てていきたいですか?
杉本さん
ダイバーさんに向けては、まだまだβ版に近いなという認識です。 陸上で生き物の解析をするのは、わりとうまく作動していると思っています。一方、自然界の生き物って、水族館にいるものより早いんです。また、ダイビングで使う際には、色の減衰も考慮しなくてはなりません。そういったところのチューニングはまだまだ必要です。
現在の認識対象は、「水族館にいる生き物の9割」をカバーしています。ダイバーさんへ向けて考えると、人気のウミウシや海外のダイビングスポットにいる生き物とかも対応していったほうがいいなと思っています。
だいぶ先になるんですが……幼魚、成魚、オス、メスとか、そういうところの区別までできるようになったら、すごくいいなと思っています。
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幼魚好きには、たまりませんね。
一方で、幼魚だと色が違ったり、姿形を変えていくものも少なくありません。そして、メスからオスへと性転換したり……。
杉本さん
はい。難しいです。 今、僕らのアプリですと、ピンポイントでそこまで確信もって分からない時は、「スズメダイ科の仲間」とか、そういう一個上のレイヤーで近しい情報は出せるようにしています。
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キーワードが分かると、図鑑などから探す際の助けになりますね。
杉本さん
そうなんです。歩く図鑑みたいな方には不要だと思いますが、一般ダイバーには大きな手がかりになる。なんとか科の仲間、まで分かれば、特定しやすいですよね。
実はこれ、リリースしてみてから分かったニーズでした。
ゆくゆくは、「いつ、どこで、どんな生き物が見つけられたか」っていう発見ログを世界中のダイバーで共有できると面白いなと思っています。
そのデータが集積できると、逆に「いつ、どこに行ったら、どういう生き物に出会えるのか」、ある程度確率が分かるようになります。
海洋資源の分布って、あまり解明されていません。そういうのをみんなで集められたら楽しいし、学術的なデータにもなるかもしれないなと。スポットごとに詳しい方はいらっしゃっても、なかなか全体を把握している方は少ない印象です。
地球の温暖化などの環境の変化があって、ジンベエザメが北上してくる年があったり。
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水温の上下や海流の周期をつかむことにつながるかもしれないですね。
杉本さん
そうなんです! そういう細かなデータが、ある程度リアルタイムでわかってくると、その日その時に応じたプランニングにも役立つのではないかと。
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一般向けの方向けにはどうでしょうか?
杉本さん
もともと海洋生物だけでなく、世界中の動植物を瞬時に認識して、どなたでも専門家みたいに世界を楽しめるようにしたいという思いで作っているので、水族館・動物園・犬猫の他に、昆虫や植物などにも適用範囲を広げていきたいと思っています。
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LINNÉ LENS(リンネレンズ)は、どう進化していくのでしょうか。
杉本さん
100%の精度は難しいですが、使われれば使われるほど、改善していけるのがAIのいいところです。 電波なしの状態で、リアルタイムでこれだけ精度が出せるっていうのは、世界的に見ても、現時点では相当ユニークだと思います。 一方で、テクノロジーの世界は、「追随」が常にあります。そうして、テクノロジー自体進化してきたので。これからAIの世界がますます盛り上がっていくという期待感とともに、LINNÉ LENS(リンネレンズ)も進化させていきたいです。
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ダイビングは、かねてからの趣味だったのでしょうか?
杉本さん
仕事柄忙しく、そんなに潜りに行けてなかったですが、目下100本目指して楽しんでいます。これからLINNÉ LENS(リンネレンズ)を片手に、潜りに行こうと思っています。(笑)
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好きなポイントとか、ありますか?
杉本さん
宮古島、すごいよかったですね。透明度も高いし、地形がきれいだなって。
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そこは、生き物じゃないんですね!
杉本さん
ええ、生き物に詳しくない人でも、より楽しめることを目標にした生き物観察ツールですので(笑) 世界中の動植物を瞬時に認識して、誰もが専門家みたいに世界を楽しめるようになれるといいな思っています。
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LINNÉ LENS(リンネレンズ)は、杉本さんの職業と趣味が奇跡のマッチをして、生み出されたんですね!
大手IT企業で、いわゆるAIを使ったプロダクト開発や事業開発に関わること十数年。検索やレコメンデーション、アドテクノロジーなど、たくさんのデータをコンピューターが学習して、最適化されたサービスを提供し、また、データが溜まって、どんどん精度が上がるというプロダクトを主に担当。
2018年8月にLINNÉ LENS(リンネレンズ)に本腰を入れるために、独立。