“タイ洞窟遭難事故”救出劇の新事実 ~救出方法は、潜水によるタンカ搬送~

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“タイ洞窟遭難事故”救出劇の新事実
~救出方法は、潜水によるタンカ搬送~

ケーブでのサイドマウントダイビング

※写真はイメージです

“タイ洞窟遭難事故”の救助方法として潜水が選択され、13人全員が救出されたことはすでに報じられている通りです。
しかし、その救出方法はタンカによる水中搬送であることが判明しました。

これまで、2回にわたり、ケーブダイビングの専門家として意見をいただいた三保仁氏に、新事実を含めた総括を寄稿いただきました。

鎮静剤による麻酔状態で、
潜水による水中搬送

本日新しい情報が入り、タイ救出劇の全容がほぼ明らかになってきました。
驚きの新事実ですが、とても納得ができる内容でしたので、ご紹介いたします。

これまでに、私は、タンカ搬送は手間暇がかかるし、狭いところで通過できるかどうかという問題点はあるが、水中から脱出するには一番安全な方法である事を当初から述べてきました。

それは、少年達を慣れないダイビングで、透明度が悪く頭上閉鎖空間で水中移動させる事によって、水中でパニックを起こされたら、救命できる可能性が低いからです。
少年達がパニックを起こさなければ、とても簡単で準備が少なくて済む方法である事は間違いなく、洞窟内の酸欠、水位上昇で全水没するリスクがある事から、ギャンブル的要因はあるものの、苦渋の選択として彼らにダイビングをさせたのだと思っていました。

ところが真相はまったく違ったのです。

真実は、彼らを、鎮静剤による軽い麻酔状態でほぼ眠らせた状態にし、タンカで水中搬送したのです。
これには相当私もびっくりしました。とても素晴らしいアイデアで、完全に安全な方法と言えるからです。

水中搬送は、
どのようにして行われたのか?

しかし、前述のごとく実行には障害もあります。
狭いところをどう通過したのか。それには2つの手段があります。

一つは、周囲に硬い金属部分があるような板状のタンカであっては、絶対に狭いところを通過できないのです。
それを、公開された新しいニュース画像を見てみると、Skedというフレキシブルな、突起物がないタンカを用いたようです。
多少は腰の部分を折り曲げることができるので、多少は体を「くの字」に曲げられるものだそうです。

SKEDEKOより

SKEDEKOより

多分、水中ではダイバー2〜3人でこれを搬送し、新画像によると、空洞部分では、6人から8人ぐらいで持ち上げながら搬送していました。
そして、地上では、スロープ状で皆が立ち上がって運べないような所ではエアマットのようなものを下に引いて、滑り台のようにタンカを滑らせて運んでいました。

このタンカの問題点は、岩がとがったところでは背中が痛いのだそうです。
ですから、エアマットのようなものを引いて滑らせているのでしょう。

次に、狭いところをどうしたのか。少しは体が曲げられるので、そのまま通過させることが出来来たのかもしれませんが、私と知人のケーブの有識者達の意見を総合すると、ケーブを広げたのではないかと皆で予想しています。

それには水中エアドリルを使う方法と、水中ダイナマイトを使う方法があります。

イギリスではかなり以前からケーブダイビングが盛んでした。
岩盤の狭いケーブが多く、水中ダイナマイトを使用してケーブを広げ、さらに奥へ進んでゆく方法です。
これをケーブディギングと呼んでいます。
今でも、地上のケーブでは救難者を運搬するときに、地上でのケーブディギングを行うテクニックがあるそうです。

火薬の量を調整すれば、ケーブ全体を崩落させることなく、狭いところを広げることは決して難しくないことなのです。
今の時代はケーブを壊すなんて事は、ケーブ保護の観点から行われることはまずありません。

水中エアドリルは、タンクチャージ用のコンプレッサーを使用すれば良いし、空気のスキューバタンクを使用することもできるそうです。
事実、地上部分ではケーブを広げる画像がたくさん放映されています。十分使用可能なはずです。

以上のように、鎮静剤投与でもうろうとさせて、フェイスマスクを付けさせ、タンカ運搬をした事は事実で、さらにはひょっとするとケーブを広げた可能性があるのです。

世界的なケーブダイバーにして
麻酔医がリーダーだった意義

今回のケーブダイバー達のリーダーは、オーストラリアの麻酔科医、リチャード・ハリス氏でした。
彼はケーブダイビングではトップダイバーの一人として有名で、水深220mのケーブ潜水を行った世界記録保持者です。

当初、私が耳鼻科医でありケーブダイバーであるように、彼もたまたま麻酔科医のケーブダイバーとしか考えていなかったのです。
彼の事を知らないケーブダイバーはいないと思うほどの方です。
その実績からリーダーとなり、彼を信頼する他のケーブダイバー達をまとめるには適任者と思っていました。

でも、多分それだけではなく、最初から少年達に鎮静剤を使用して搬出する事を検討していて、彼がリーダーになったのはそういった意味も多大に含まれていたのだと今は確信しています。

鎮静剤にはたくさんの種類があり、作用の特徴も異なります。
いずれの鎮静剤でも、使用量が多すぎれば呼吸抑制(呼吸数が極端に減って危険な状態)を起こす可能性があるので、それを専門とする麻酔科医しか薬剤の種類や投与量を調整できないのです。

当初は搬出に7時間かかっていましたが、最後の方は5時間ぐらいに短縮されました。
筋肉注射では効果発現に時間がかかるし、せいぜいもっても2〜3時間ぐらいでしょうか。
それではケーブから運び出せません。

ですから、私が想像するに、病院などで普通に使用される「持続点滴注入器」を使って、静脈内麻酔の一種を行っていたのではないかと思います。
厳密な分量の薬剤を点滴ルートに持続的に流し続けることが出来る装置で、電池で作動させるようなものもあります。

事実、最新の映像で、目を閉じて担架に運ばれながらぐったりしている少年には、点滴チューブと思われるものが付いていました。
入り口付近に到着し、フルフェイスマスクが外された後の状態で顔が見えているので酸素マスクのチューブでもないわけです。
多分静脈への薬物投与様の点滴チューブと考えられます。

ライセンス講習時には、テクニカルダイビングに限らず、一般のダイビングでももちろんそうですが、「決してダイバーはギャンブルをしてはならない」ということを、ケーブダイビングでも厳しく指導されます。

迷う部分があれば、より安全率が高い方へ繰り上げて考えることや、問題が起きて簡単に解決できないとなれば、さっさとエキジットなり、ケーブの入り口に引き返すという行動を取るわけです。

そういうケーブダイビングのエキスパートダイバー達が、少年達に水中を泳がせたり抱きかかえて運ぶようなギャンブルをすることはいた仕方ない状況だったのかなと自分を納得させていましたが、間違えでした。

鎮静剤で麻酔をして、担架に乗せて水中を運搬するという方法で、しかもベテランケーブダイバー達が運ぶのであれば、少年達にとって確実に安全な方法であったといえます。
ほとんどギャンブル的な要因はなかったと思いますので、とても腑に落ました。

救出開始後2日目から厳しい報道規制がなされ、ケーブの入り口付近からマスコミを遠ざけさせていたのは、このような方法がとられていたからなのだなと、日本のTV局の方も言っておられました。

完璧な救出方法を探しだし、実行して成功させたケーブダイバー達を賞賛し、そして救われた少年達の一刻も早い完全回復を願っています。
そして、ケーブダイバー達が取った救出方法が、安全なものではないと疑っていた自分を恥じています。

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PROFILE
医大生時代にダイビングと出会いのめり込み、ダイビングのために時間とお金を捻出するために、他の趣味をどんどんやめてしまう。
クリニック開業後、好きが高じてダイビングインストラクターになり、現在は、テクニカルダイバーとして、ケーブダイビング、リブリーザーダイビング(rEvo)、大深度ダイビング(-100m越え)などの潜水を行なっている。
また、全国から潜水医学の講演依頼があり、ダイバーおよび耳鼻咽喉科医へ正しい潜水医学の普及をすべく活動。
その後、58才で耳鼻科開業医を引退し、第2の人生でメキシコ移住。メキシコセノーテを潜り三昧の日々を送る。
 
潜水歴30年、潜水本数約3000本。
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