世界で唯一!オーストラリアのシャチ研究家が語る生態の真実①
オーストラリアの西海岸に位置する海沿いの街、エックスマウス。
この街はオーストラリアで2番目に大きいサンゴ礁地帯、そして、世界最大の裾礁(ビーチにつながるサンゴ礁)であるニンガルーリーフが目と鼻の先にあることで有名です。
多くの人がその美しいサンゴ礁と信じられないほどの生物多様性に魅了され、この地に留まっています。
私もその多くの人のうちの一人なわけですが、実際にニンガルーリーフを泳いでいると、ウミガメはもちろん、マンタ、ジュゴン、イルカ、ザトウクジラ、そしてジンベエザメにも比較的高確率で遭遇することができます。
ジンベエザメなどの海の絶滅危惧種の安全を守るために、ニンガルーには厳しい保護規定があり、専用ボートが収集したデータを科学者や保護活動家が調べています。
そこで、エックスマウスに着いた初日、「私も西オーストラリアの美しい自然を守るために何か力になりたい!」との意気込みから、エックスマウスで一番大きい環境保全団体Cape Conservation Groupのミーティングに参加しました。
そこで知り合ったのが会計責任者を務めていたJohn Totterdellです。
彼はエックスマウスで3隻のみ認められている研究用のボートのうち2隻を所有するクジラのリサーチャーです。
日本の静岡大学と仕事をしたり、日本好きのジョンさん。ボートの名前からもその様子が伺えます。
数多くいるクジラの種類の中でもJohnさんが専門としているのは「シャチ(英語名: killer whale)」。
このエックスマウスで15年以上クジラの研究、10年以上シャチの研究をしている西オーストラリア唯一の人です。
私も毎日のように彼の研究の助手としてボートに乗っていますが、こんなに深く話を聞くのは初めてなのでワクワクしています。
それでは、世界でも類を見ないニンガルーリーフとブレマーベイのシャチの生態に迫っていきましょう!
John Totterdell プロフィール
1990年から海洋研究を開始。研究初期はミナミマグロに特に関心を持ち、日本の科学者と共に遠洋漁業の研究に携わる。
静岡県にある国際水産資源研究所と交流を深めたジョンさんは1988年以来、毎年日本の水産科学者のグループを西オーストラリアに招待している。
30年以上にわたる熱心な資源研究の成果から、国際的な管理グループであるミナミマグロ保全委員会がミナミマグロの漁獲枠をわずかに引き上げることに合意した。
彼が日本の科学者と未だに続く親密な友情を築いたのは、これら初期の海洋研究時代のこと。
この1990年代の漁業研究を通して、海洋学や海洋生態学に興味を持つようになったジョンさんは、2000年代に友人や同僚とともに海のドキュメンタリーをいくつか作成。
そして、2010年よりシャチに焦点を当てたクジラ研究グループを設立。
それから毎年、ジョンさんと彼の研究チームは、夏と秋を西オーストラリアの南海岸沖、冬と春を熱帯のニンガルー海岸沖で過ごし、クジラの研究を進めている。
Interview
-シャチの研究を始めるきっかけとなったのは?
始まりは2005年ごろ、まだ漁業の研究をしていた時です。
当時の大学の教育教材といえば刺激の少ない文章ベースのものばかり。
そこで、海洋科学の研究をしていた同僚とあるプロジェクトを立ち上げることを決めました。
当時ではまだめずらしい「海のドキュメンタリー」を作ることにしたのです。
ドキュメンタリーのテーマは、西オーストラリア特有のルーウィン海流について。
西海岸を北から南までボートで旅をしながらサンゴや海の生き物などの撮影をしました。
ある日、いつものように海に潜っていると、ザトウクジラの親子が突然目の前に現れたんです。
海の中でザトウクジラと対面するのは初めてだったので、胸が高鳴りました。
そして、次の瞬間その美しい親子が目の前でピルエットを始めたんです!
※ピルエットとは駒のように体をくるくる回転させるバレエの動き
また、違う日に海底で少し休んでいると、好奇心旺盛なミナミセミクジラが「見たことない生き物だな。君は誰なの?」と言わんばかりに、目の前まで迫ってきてきたこともありました。
それが、「あぁ自分はこれからクジラと関わって生きていくんだ」と感じるようになったきっかけです。
-ザトウクジラの子育てとは?
それから、毎年冬(6月ごろ)にザトウクジラが南極からエックスマウスに北上してくるタイミングで私もエックスマウスに住み、その生態の研究を始めました。
世界中でまだ捕鯨が活発だった頃に比べると、クジラの数は少しずつ回復しています。
それでも、毎年子供を産むわけではないので、まだ頭数が回復していないクジラの種もいます。
ザトウクジラはエックスマウスで交尾し、お腹に赤ちゃんを抱えたまま10月ごろ南極へ戻ります。
10月はオーストラリアで言うところの春です。
そして南極でたらふく腹ごしらえしてから、またエックスマウスに6月ごろ(冬)戻ってきてようやく子供を産み、育てます。
エックスマウスの東に位置する湾は「子育てステーション」と呼ばれていて、ザトウクジラの親子の休憩スポットになっています。
-世界で唯一のシャチの研究のはじまり !
しばらくは、こうしてザトウクジラの研究をしていたのですが、2010年ごろに転機が訪れました。
エックスマウスではまだ生態が不明だったシャチが初めて頻繁に目撃され始めたのです。
シャチに限らず、海の生き物の生態を研究する際には、目視や写真による個体の識別が、大変重要になってきます。
最初はどの個体も同じに見えていた背びれや顔も、慣れてくるとその形や模様の違いを区別できるようになります。
ある日、オフィスで過去数年の写真を見比べていた時、あることに気付きました。
「同じ個体のシャチが毎年このニンガルーリーフに帰ってきてる!」
この事実に気づいた時は興奮で胸が震えました。
何を大げさな。と思うかもしれませんが、同じ個体が同じ場所に毎年帰ってくるということは本格的にシャチの調査が始められることを意味します。
その日から、シャチの研究が始まりました。
冬から春(5月〜10月)にかけてはエックスマウス周辺のニンガルーリーフに住み、夏と秋(11月〜4月)は実家があるブレマーベイに戻るという生活が始まったわけですが、偶然にも同じ年の夏にブレマーベイでも大規模なシャチの群れを目撃するようになったのです。
それから、毎年同じ時期の同じ場所に同じシャチの家族が、それぞれニンガルーリーフとブレマーベイに来るようになったのです。
ここで混乱を招かないように補足すると、ニンガルーリーフとブレマーベイにやってくるシャチは全く別の種であり、それぞれが交わることは決してありません。
-特別な2種類のシャチとは?
そうしてシャチの研究を始めてから、はや十年が経ちました。
「シャチはすべての海で発見される」とよく言われます。
では、ここニンガルーリーフに生息するシャチを、何がそんなに特別なものにしているのでしょうか?
それは、ここニンガルーリーフが熱帯気候であるからです。
大多数のシャチはノルウェー、アラスカ、カナダ、南極、ニュージーランド、また、日本だと北海道など高軽度の比較的寒い地域に生息しています。
暖かい土地で同じ個体のシャチを10年以上も続けて毎年観測ができているのは、世界中を探してもここニンガルーリーフだけだと言われています。
例えば、バハマなど他の熱帯地域でもシャチは稀に観測されますが、同じ個体が毎年同じ場所に戻ったという記録はありません。
ここニンガルーリーフでは、船着場から2〜3キロ船を走らせたところで簡単にシャチに会うことができるのも特徴です。
では、ブレマーベイの場合はどうでしょう?
ブレマーベイではニンガルーリーフとは違って、シャチは沖合いから40キロほど離れた深海渓谷(深さ3,000〜4,000メートル)に現れ、狩りをします。
一度現れたら一週間以上姿を消してしまうニンガルーリーフのシャチと比べて、ブレマーベイのシャチは10回海に出れば9回は出会えるという非常に高い遭遇率を記録しています。
また、ニンガルーリーフでは、多くて10匹ほどしか1日に遭遇できないのに対して、ブレマーベイでは1日に30~50の個体を確認できることもザラにあります。
ザトウクジラとは違い、回遊(南北の移動)をしないシャチ。
実際にわたしもニンガルーリーフとブレマーベイに現れるシャチの両方にサテライトタグをつけて、その行動を追跡していますが、彼らの行動範囲は広いものの異なる経度の海域に移動しないことが確認できています。
ージョンさん、ありがとうございました。
次回はシャチとザトウクジラの餌や家族構成についてさらに深く迫っていきます。
お楽しみに!!
Text:Kanae Hasegawa
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