【第5話 熱海スピンオフ】 ガイド・豊嶋さん×水中写真家・卓哉さん×オーシャナ・河本が語る熱海の海とダイビングの可能性
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卓哉さん(左)、豊嶋さん(中央)、河本(右)
「ニッポンの海と文化」第5話で、水中写真家・中村卓哉さん、オーシャナCEOの河本雄太とオーシャナカメラマンの坪根雄大が潜ったのは、静岡県の伊豆半島の付け根にある熱海の海。そして取材チームをアテンドしてくれたのは、熱海の海を知り尽くした「ダイビングサービス熱海」の豊嶋康志さん。
「ニッポンの海と文化」第5話 伊豆半島・熱海 本編では卓哉さんの撮りおろし水中写真で、熱海の海のリアルな魅力を紹介した。そしてダイビング取材の後、「ダイビングサービス熱海」のオーナー豊嶋さんと卓哉さん、河本で今回の撮影を振り返りながら、熱海の海の今と昔の違い、熱海ダイビングの楽しみ方、今後の可能性などについて語り合っていただいた。
26年前、ダイビングサービスの再構築から全てが始まった
――まずは豊嶋さんに熱海でダイビングサービスを始めたきっかけを伺いたいです。
豊嶋康志さん(以下、豊嶋さん)
元々、熱海のダイビングサービスって漁師さんが兼業としてやっていたんです。そして、熱海でダイビングサービスをメインでやってくれる人はいないかっていう話になった時に、「ダイビングサービス経験がある豊嶋なら、全部できるんじゃないか」と紹介してくれた人から僕にお声がかかったのがきっかけです。
河本
それまではどこのダイビングサービスにいたんですか?
豊嶋さん
最初は大瀬崎のダイビングサービスで働いていました。その後、神奈川県の消防学校の専科教員をしていたんですが、一年中仕事があるわけでもなかったので、自分でダイビングショップをしながらやっていこうかなと思っていた頃にお声がかかったんです。「協力できるのであれば」という形で、熱海のダイビングに関わることになりました。最初は学校の先生と自分のダイビングショップを両立しながらと思っていたんですが、ガイドの仕事をしているとやっぱり楽しくて、自分はダイビングサービスが合っているんだなと思いました。
河本
それは何年前のことだったんですか?
豊嶋さん
1998年なので26年前ですね。
中村卓哉さん(以下、卓哉さん)
大瀬崎の海をガイドされていたとのことですが、熱海の海はその当時潜ったことはあったんですか?
豊嶋さん
まったく潜ったことはなかったです。近かろう悪かろうっていうイメージがすごく強くて、初めて入った日が6月で俗にいう「春濁り」で何にも見えず、「やっぱりこんなもんか」って。ここで仕事をするのは大変だぞって思いました。
熱海のダイビングは実はすごい歴史が古いんです。最初にダイビングが日本で始まったのは真鶴半島で、その次に伊豆海洋公園と大瀬崎がほぼほぼ同時ぐらいに開放されて、その後ぐらいに熱海だったんですね。で、当時はダイビングサービスという概念がなくて、「船受け」と言って船ごとにお客さんを取っていくシステムだったんです。なので、熱海でダイビングをしたくても誰に連絡すればいいかわからない状況で、ダイビングショップを介して船ごとにツテでやっているような形だったんです。そこで、やっぱり熱海でダイビングする時に連絡できるダイビングサービスというか、大代表の電話があった方がいいだろうとなって統合しました。それが始まったのは1992年くらいで、今60代前後の漁師さんたちが最初にダイビングサービスを始めた感じです。
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熱海のダイビングの歴史を語る豊嶋さん。ダイバーが熱海で潜りやすくなる取り組みに携わってきた
河本
今でも、皆さん漁師さんの船でダイビングをしているんですか?
豊嶋さん
今もそうです。
卓哉さん
今、ダイビング船として利用されている船は何隻あるんですか?
豊嶋さん
今は最大で5隻です。前までは8隻ほどありましたね。
河本
若い船長さんはいるんですか?
豊嶋さん
26歳の方が一人います。僕が熱海に来た時はまだお母さんのお腹の中にいた子なんですけど、父親の後を継いでやっていますね。
河本
その漁師さんたちは、漁にも出ているんですよね。
豊嶋さん
出ています。朝、定置網や刺し網をやってからダイビングの仕事にでます。僕が来たばかりの頃は、ここで仕事するんだったらやっぱり漁師さんの仲間にならないといけないと思ったので、毎朝4時に起きて一緒に漁に行っていました。
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ダイビングポイントまでは、和船の漁船で向かう。小回りが利いて、使い勝手がいい(撮影/坪根雄大)
河本
すごいですね!ちなみに熱海市にはダイビングショップはいくつあるんですか?
豊嶋さん
ダイビング組合に加盟しているダイビングショップは10ショップほど。
河本
10ショップもあるんですね!
少しずつ崩れてきた「沈船」は、今のうちに見ておくべき
――熱海のダイビングを経験したことがない方に伝えたい、豊嶋さんが思う熱海の海の魅力はなんですか?
豊嶋さん
やっぱり「沈船」ですかね。崩れてきていて形が保てなくなってきているので、早いとこ潜った方がいいですよ。1986年に沈んだ船なんですけど、
かなり経年劣化しています。台風などが来る度に、形がグシャッと変わってきています。それこそ、僕が初めて来た30年前と比べると形が全く違います。
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ダイナミックな姿の「沈船」だが、少しずつ形が崩れてきているという(撮影/中村卓哉)
河本
僕は今回潜ったのが15年ぶりぐらいだったので、「あれ、こんなだったっけ?」と思いました。透明度があまり良くなかったのもあるかもしれませんが、船首の形は同じでしたが、ソフトコーラルの付き方とか全然イメージと違うなと思いました。
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海の中の様子が変わっていることについて、記憶を辿りながら話す河本
卓哉さん
それにしても魚が多かったですね。
豊嶋さん
現状として、熱海の海で一番魚が多いのはやっぱり「沈船」です。変な話ですけど、熱海に来た頃に「沈船」のブリーフィングをする時には、「沈船は魚少ないんで」って紹介したんですよ。
河本・卓哉さん
へ〜! そうだったんですね。
豊嶋さん
そうなんです。なので、当初のブリーフィングでは「せっかく沈船ポイントに潜るなら、船っていうのを感じてください」って言っていました。しかし、2008年頃にあった大きな台風で船体の一部が崩れて、それから魚が増え始め。
河本
魚たちが住みつきやすくなったんですね。
豊嶋さん
多分、船体の一部が折れて屋根ができた状態になったことで魚が隠れられる場所ができるじゃないですか。そこから、倍々ゲームで魚が増えていって、今では熱海で一番魚が多いスポットになりました。
卓哉さん
「沈船」のベストシーズンはいつぐらいですか?
豊嶋さん
秋から冬の11〜2月が一番いいですね。
卓哉さん
前にフォトコンの審査で来て、サクラダイがあんなにいたっけってぐらいすごかったですよね。今回の撮影でも「サクラダイが少し減ったよ」と豊嶋さんに言われてから潜りましたが、「え、これでも⁉」ってなるぐらいました。
豊嶋さん
サクラダイは季節とタイミングですね。色が退色していてもダメだし、イシモチに圧倒されると隅っこにいるように見えてダメだし。産卵の時期や活発な時期になるとまとまって出てくるので、見応えがありますね。
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手前から奥まで、広範囲にサクラダイの群れが群生している(撮影/中村卓哉)
卓哉さん
海外の海でもなかなか見られない光景ですよね。潜りに来るお客さんはどの時期が多いんですか?
豊嶋さん
夏も冬もそんなに変わらないですが、冬の方が多いですね。11月ぐらいになると透視度が良くなるからと言って、来てくれる方が多いですね。
河本
僕も熱海の海は完全に冬なイメージ。「冬だな、そろそろ熱海だ」みたいな感じです
豊嶋さん
そのイメージが定着してくれているのはありがたいです。ただ、ダイビング経験本数10本程度の方が「どうしても潜りたい」と来られたりするんですが、「沈船」を潜る時は24本以上の方しか連れていかないとルールで決めています。
卓哉さん
エア切れとか中性浮力、冬場だからドライスーツの扱いなどいろいろありますもんね。他に海の見どころはありますか?
豊嶋さん
あとは、沖のポイントや沈船も含めてソフトコーラルが抜群に多くて、しかも元気です。その理由の一つに、人が海に入って自然を壊すのと、自然が回復してくるスピードのバランスが取れているんじゃないかなって思っているんです。
河本
確かに伊豆ってソフトコーラルのイメージありますね。昔と比べるとソフトコーラルは減っているんですか。
豊嶋さん
種類が変化している感じはありますね。東伊豆は低気圧がよくぶつかるエリアで、昔あったお化けみたいに大きなトサカは、知っている限りでは今なくなっちゃいました。
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「沈船」で見られるソフトコーラル(撮影/中村卓哉)
卓哉さん
そうなんですね。それにしても、熱海の海は、「小曽我洞窟」も「沈船」もあって、いつ来てもアドベンチャーな感じがしますね。
河本
アドベンチャーな感じ、分かります!
卓哉さん
「小曽我洞窟」は人気が出る要素がすごく詰まっていると思います。伊豆の海でここまでのスケールの洞窟はなかなかないのと、海から見た景色もいい。熱海城を見上げながら洞窟に入っていくのもワクワク感がありますよね。
河本
街がまったく見えなくなって、急に絶壁になる感じもいいですよね。
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船からしか見られない断崖絶壁の風景。右上には熱海城が見える
ダイビング後の楽しみ方もバラエティ豊かで言うことなし
――今回の旅を通して感じた熱海の魅力を教えてください。
卓哉さん
今回は車で来ましたが、都心から電車でも約1時間。こんなに観光客が多くて、こんなにリゾートホテルが立ち並ぶ目の前の海に、沈船や洞窟があり、魚影もこんなに濃くて、時期によっては海もスコーンと抜けている。
しかも、海は良くても夜は何もすることがないダイビングエリアもある中で、熱海は何でも揃っている街だから、アフターダイブも最高に楽しめる。「すべてが整っていてすべてが近いところにある」というのが熱海の一番の魅力だと思います。船に乗ってポイントまでも近いから、体がすごく楽。温泉街にお風呂入ってくる感覚で、午前ポンって2本潜ったらすぐに帰ってきて午後は観光を楽しむとか、コンパクトにまとまっているのがすごいなって思いますね。
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観光地のすぐ目の前でダイビングができて、海も陸もコンパクトにまとまっている
豊嶋さん
圧倒的に近いですよね。なんとなく遠くの海に行けば行くほどきれいな海が待っているイメージあるかもしれないですけど、近場でもおもしろい水中世界があるんです(笑)
河本
それ結構みんな思っていると思うんですけど、実はそういうことじゃないっていうことを知ってほしいですよね。
卓哉さん
ダイビングをしたことがない方が熱海の水中写真を見ると、この港のすぐ近くにこんな魚が群れているの⁉︎と、街の雰囲気とのギャップに驚くかもしれない。しかし、ダイバーにとっては、マンボウなどの大物もサプライズで出会えるチャンスがあるアクセスのいいダイビングスポットでもあります。そういう意味では、いろんな方に、いろんなストーリーで刺さる要素が全部整っている海ですよね。
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熱海の好条件すぎる立地と、それに負けない海の魅力について、話が盛り上がった
河本
僕のダイビングのスタートは、関西の温泉街のメッカである和歌山県の白浜でした。そして、関東で白浜と同じような場所だと思っていた熱海に行ってみたことから、その後も遠征で熱海にダイビングしに来るようになった、というのが僕の熱海との出会いでした。ただ、その時期の熱海の街は、バブル時代の様なかつての賑わいからは程遠い感じで、寂れていく温泉街という印象でした。しかし、ダイビングがこんなにおもしろいところがあるのに、東京の人たちはどうしてここを目掛けて来ないんだろうと思っていたんです。関東のダイバーに、どこにダイビングしに行くんですかって聞いたら、大瀬崎って言っていました。でも、僕はなんとなく熱海の街が気に入って、ここで出会った人たちも気に入って通っていました。
なので、この企画で久しぶりに熱海の海でダイビングをした時、漁港の風景がすごく懐かしかったです。漁港から出て街を見ていたらすぐに「着きましたよ」みたいな。獲れたての海鮮や干物が土産物屋で売っているので、「これ海で見られますよね」って話をすると、「え、見られるの?」と言われ、「いや、この海で獲ったから見られるでしょ」って話したり。まだまだ食文化とダイビングがかけ離れている部分があるので、食べている魚が海の中で泳いでいるところが見られるなど、ダイビングがもっと観光としての中心に入ってくるといいのになと感じました。僕は「ダイビングというコンテンツがどう地域を元気にしていけるか」という考えがあるので、そういう意味では漁師さんとダイバーの関係が良好で、地域との繋がりもあるところって大事なのだなと感じました。
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インストラクター時代の記憶を辿りながら、熱海の観光とダイビングの今後の可能性について触れる河本
卓哉さん
そうですね。僕は「ニッポンの海と文化」の最初の対談の時に「アジなどの干物が上手いところっていうのが豊かな海」と言っていたように、熱海は食べられる魚がいっぱい泳いでいる豊かな海だと思っています。また、漁船でダイビングに出るっていうのも、日本らしいじゃないですか?
豊嶋さん
確かにクルーザーじゃなくて和船の漁船ですね。
卓哉さん
漁船でダイビングに出るって、日本のダイビングの文化といえるんじゃないですか。
河本
本当は「千葉県の一宮はサーフィンね」って言われているぐらいに、「熱海はダイビングね」言われたらいいと思うんですけど、なんとなくマリンスポーツっていうイメージがまだあんまりないですよね。
豊嶋さん
なかなか定着しないのは、ビーチがないからじゃないですかね。ちなみに、サンビーチは日本で初めて作られた人工ビーチなんですよ。
卓哉さん
そうなんですね。サンビーチから船に乗ってダイビングポイントに向かうとかあったらいいですけどね。
豊嶋さん
確かに。そうしたらダイバーがもっと観光客の目につくんで、もっと多くの人がダイビングに惹き寄せられるかもしれないですね。
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透視度が高い12月に撮影した熱海の水中(撮影/坪根雄大)
熱海のダイビングサービスの成り立ちから海の中の変化まで、本編では伝えきれなかったお話を伺い、熱海のポテンシャルの高さを一同実感した。「ダイビングサービス熱海」の豊嶋さん、ありがとうございました。
「ダイビングサービス熱海」
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住所:静岡県熱海市和田浜南町9-24