水中写真家・茂野優太、北極ダイビングへのチャレンジ
あえて極寒の冬の北極を選んだのは?
今回北極に行く時期は冬ですが、北極も一年間をとおして最も寒い時期ですよね?
そうですね。北極のダイビング自体は、英語で調べると思ったよりもツアーがあるんですけど、冬の時期はやっぱり少なく、グリーンランドのみでした。
それくらいオフシーズンなんですね。なぜ、あえてこの時期に?
北極に行く理由の一つに、透明度の良い時期に「氷の下の現象」を撮影したいというのがありました。これまでも写真展などで紹介してきたんですが、氷の下にできる結晶や流氷から流れ出る「ブライン」と呼ばれる高濃度の塩水の流れなど、独特の現象があるんです。
その「ブライン」というのは、どういうものなんですか?
海が凍るときに、海水と淡水では凍る温度が違うんですよ。淡水は0℃で凍りますが、海水は塩分を含んでいるので、-1.5℃くらいから凍り始めます。そして、凍るときに海水の中の淡水部分が先に固まり、塩分だけが取り残されるんです。その取り残された塩分が、どんどん濃縮されていって、すごく冷たくて重い塩水になり、海底に向かって沈んでいくんです。これがブラインと呼ばれる現象ですね。

氷の下から見えるブライン
こうした現象は知床でも観察できるんですが、北極のほうがよりスケールが大きく、しかも透明度の高い環境で見ることができる。だから、よりクリアな状態で撮影ができるんじゃないかと考えました。
透明度の高さも、北極の冬ならではの特徴なんですね?
はい。冬の北極は極夜が続くので、太陽光がほとんど届かず、プランクトンの発生が少なくなる。そのため、水の透明度が極めて高くなるんです。現地の情報によると、透明度は60~70メートルにもなるとか。
60~70メートル!? それはすごいですね。
そうなんです。どんなに大きな氷河でも、透明度が低ければ全体像をとらえるのが難しい。でも、この透明度があるからこそ、大きな氷河のダイナミックな姿をしっかり撮影できるんじゃないかと期待しています。
それが、今回冬の時期を選んだ大きな理由なんですね。
そうですね。夏の北極も魅力的ではあるんですが、この景色を撮影したい、また、これまで知床で流氷ダイビングを続けてきた経験を活かして、より過酷な環境で撮影に挑戦したい。そう思って、あえて冬の北極を選びました。
極限の環境でのダイビング準備
まさに、流氷ダイビングの延長線上にある挑戦ですね。では、今回の遠征に向けた準備についても聞かせてください。
まず、寒冷地ダイビングならではのトレーニングが必要でした。例えば、レギュレーターが呼吸の仕方によって凍結することがあるので、その対策を学びました。また、ドライスーツの空気の出し入れによって浮力の変化が大きくなるため、より繊細なコントロールが求められます。さらに、極寒の環境では指先がすぐに冷えてしまうので、ミトングローブの扱いに慣れることも重要でした。
かなり特殊なスキルが求められるんですね。
そうですね。加えて、北極ではレギュレーターを2本持っていくのが前提で、凍結した際に即座に切り替えられるようにする訓練も行いました。バルブを閉じたり開いたりする操作を、厚いグローブをしたままスムーズにできるようにする練習を繰り返しました。
すべての操作がスムーズにできないと、命に関わる場面も出てきそうですね。
特に、氷の下でのダイビングは頭上閉鎖環境なので、何かトラブルがあってもすぐに浮上できません。だからこそ、あらゆる事態を想定して準備をしてきました。

巨大な流氷が頭上を覆うと、その下は暗くナイトダイビングをしているような気分になる。(知床半島で流氷と向き合った1ヶ月 水中写真家・茂野優太のチャレンジ、その成果は⁉より)
すごいですね。そのほかにはどんな準備をされましたか?
一応、英会話の勉強をしていたんですが…全然上達しませんでした(笑)。
水中では話せないので、なんとかなるはずです(笑)!