知床半島で流氷と向き合った1ヶ月 水中写真家・茂野優太のチャレンジ、その成果は⁉
「今までに見たことのない流氷の写真を撮りたい」。そんな思いからスタートした、水中写真家・茂野優太氏の“流氷チャレンジ”。向かったのは毎年2月初旬から3月初旬に流氷ダイビングが楽しめる北海道・知床半島のウトロ。茂野氏はこの流氷に狙いを定めて、約1ヶ月間現地でガイドもしながら、日々巨大な氷の塊と向き合い、撮影をしてきた。果たしてどんな作品が撮れたのか!? そしてこのチャレンジを終えた今、なにを感じ、これからどこへ向かおうとしているのか? 茂野氏の作品とともに、その思いを伺ってみた。
日々動き、形を変える流氷は“巨大な生き物”
今回、1ヶ月間流氷と向き合った茂野氏。今年の流氷シーズンは、大吹雪に見舞われる日もあれば、流氷の接岸が思うようにはいかず、潜れない日もあったという。
Q1 1ヶ月の流氷チャレンジは、長かった?短かった?
A 短かったです。というのも流氷は毎日動いていて、朝は視界一面流氷に覆われていたのに、午後にはかけらも残っていない。潮の干満によっても流氷が動き出したり、浅瀬に乗り上げて止まったり、どんどん変化していく。
その中でどこが面白い景色なのか?どうやってエントリーするのが安全なのか?水中と陸上スタッフのコミュニケーションの取り方は?など考えていると、同じ海なのに毎日まったく違う表情を見せ、やることが変わるので非常に短く感じました。もっとさまざまなシチュエーションを撮影したかったです。
チャレンジすることで、次の課題が見つかった
出発前に茂野氏にインタビューしたとき「今までやったことのない、流氷をライティングしての撮影にトライしたい」ということを語ってくれた。さて、そのチャレンジの結果はどうだったのか?
Q2 撮影してみて、思うようにできたこと、できなかったことは?
A 思うようにできたこととしては、マイナスの水温、頭上閉鎖という環境でのダイビングでも冷静にいられたことで、アイスダイビングに対しての苦手意識というものを克服できたと思います。撮影にのぞむ際にも昨年はサポートされるがままに撮影をしていましたが、今年はどこに危険があり、超えてはいけない一線はどこか?を考えながら自身の安全管理をし、撮影に集中できました。流氷下という極限状態のダイビングでも、冷静に自分を俯瞰しながら撮影する余裕を身につけることができました。
思ったより上手くできなかったのは、流氷にライティングをしての撮影です。
そもそも暗くなるほどの分厚い氷に覆われるシチュエーションが滞在中に少なく、挑戦する機会にあまり恵まれなかったこと。そしてエントリー箇所が他のゲストと同じところから潜る上に、ロープで移動範囲が限られて距離が近いんです。ゲストの方たちは普通に流氷を楽しみたいので、そちらを優先して、ライティングをすることがそもそもできませんでした。このあたりの環境やダイビングフィールドの読みが浅く、撮影できなかったのが残念ですが、来年また挑戦したいです!
意外にも色がある、流氷下の世界
流氷ダイビングというと、海の青と氷の白の2つの色の対比が頭に浮かぶ。しかし茂野氏の話を聞いていて印象的だったのが、意外にも彩りがある世界だったということだ。
Q3 最も印象的なシーンや、「撮れてよかった」と思った瞬間は?
A 「撮れてよかった」と思ったのは、流氷下の色のグラデーションを表現できたこのシーン(下の写真)です。流氷というと青のイメージが強い人が多いと思いますが、光の角度によって本当にいろんな色を見せてくれます。緑がかった色や爽やかな青、そして濃く黒っぽい紺色だったり……。それは写真での表現の上、欠かせない色のグラデーションです。
流氷の下では、植物性プランクトンの出す独特な黄色の世界が作り出されることもあります。流氷はロシアのアムール川の水が凍って塊となり、知床に流れ着きます。川の豊富な鉄分を含んだ水は、植物性プランクトンにとって格好の栄養になり、流氷が溶け出すと、その周りに大量のプランクトンが集まり、黄色く染め上げていくのです。
さらにはこの植物性プランクトンを狙って動物性プランクトン、小魚、捕食者、そしてシャチなどの大型の捕食者が集まり食物連鎖が始まっていくのです。流氷下特有の食物連鎖の一端となる光景を美しい色と形で表現できたことは長期で滞在した意味があったし、今回の滞在で一番印象に残りました。
「地形ポイントのような流氷の写真」が撮りたかった
茂野氏は出発前に「地形ポイントのような流氷の写真が撮ってみたい」と話してくれていた。そして今回の作品を見て、「こういうことだったんだ」と納得。
Q4 今回撮影した中で、一番のお気に入りの作品は?
A 一番を決めるのは本当に難しいですね……。上の植物性プランクトンのグラデーションも気に入っていますし、北海道らしいコンブと流氷もいいし、流氷下のマイナス水温の世界にもスガモという緑の海藻が生い茂る写真も気に入っています。
ただ、あえて一番を決めるなら、この写真です。
流氷ダイビングとはどういうダイビングと聞かれた時に、僕は「毎日変化する地形ポイントに潜っているような感じ」と答えていました。その流氷の作り出す独特な凹凸のある造形と、下側は岩盤でまさに洞窟のような地形ポイントのような雰囲気の写真が撮れました。
またダイバーを入れることで冒険している感じや流氷の大きさを表現できた一枚です。
ガイドとしての仕事も経験して、一人では潜れないことを実感
今回の茂野氏のチャレンジは、「ロビンソンダイビングサービス」の協力の元、行われた。
ガイドとしてダイバーのケアをしてきた経験がある茂野氏は、スタッフとしても現地で働き、ダイビング前の準備、ガイドなども実践し、写真家としての視点以外にも流氷ダイビングについての知識と経験を深めたようだ。
Q5 1ヶ月を振り返り、今思うこと、これからやりたいと思うことなどは?
A 流氷ダイビングのスタッフも体験して感じたことは「ダイビングは一人ではできない」ということです。去年初めての流氷ダイビングで痛感したことが「いつもの自分でいることの難しさ、そしてその大切さ」。やはりマイナスの水温、頭上閉鎖という極限の状況下でのダイビングでは、冷静に撮影をすることができませんでした。
今年は、一人でこの海に潜れるようになりたいう思いからスタッフとして潜りました。それはソロダイビングすることでなくて、一人前のダイバーとして、という意味です。
しかし実際にやってみて感じたのは、一人のダイバーが海に入るまでには、氷を割って安全に潜れるエントリー箇所を作ったり、フルフェイスのマスクで視界が狭くなった中、器材をチェックしてくれるダイバーが必要不可欠だということ。また安全にエキジットできるようにロープを送り出したり、引いてくれる陸上スタッフがいたりと、「一人では潜れない」ことを知りました。
今までは自然の美しさや壮大さ、可愛らしさといった、その瞬間を撮影したいと思っていましたが、これからはストーリーを写真の中に込めたいと思うようになりました。
今、なぜ自分がこの海に潜れているのか?この海で撮影するべき被写体は何なのか?
どういったストーリーでこの海がダイビングポイントとしてメジャーになっていったのか。
自然の作り出すストーリー、四季の生み出すストーリー、その地を開拓した人のストーリー。いろんなストーリーの中に自分がいて、その中で撮影、作品を作っている。そんなことを意識して撮影したい。
実際に現地のガイドさんのようにずっとその海に潜ることはできませんが、できるだけ撮影のスケジュールを長くとって、良いとこどりをするのではなく、じっくりとその海に向き合いたい。今はそう思っています。
1ヶ月という長い時間を、ひたすら流氷と向き合い撮影してきた茂野氏。これからの水中写真家としての活動には「北の海」という選択肢が増え、さらに作品の幅が広がっていくことだろう。今後、茂野氏がどんな作品を見せてくれるのか、とても楽しみだ。
水中写真家 茂野優太
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