キリッ。今すぐできるリスクマネージメント〜「血の洞窟」の死亡事故を考える 後編〜
前編で、田原さんからダイビングとは「自分を守るのは自分自身」という前提に立つことが大事で、そのためにはトレーニングとリスクマネージメントが不可欠というご指摘をビシッといただきました。
ただ、今回の事故を正論で断罪してしまうのは少し気の毒に感じます。
いや、田原さんのおっしゃることは正しく、妥協や迎合の世の中、ダイバーのあるべき姿を提言し、何より自ら行動で示し、説得力も十分。
ご本人も亡くなった方に対して「本当に気の毒だ」と言っているように、それでもあえて提言なさっていただきました。
これぞダイビングの先生の言葉であり、こうしたイントラと出会えれば幸せです。
しかし、トレーニングとリスクマネージメントが大事なことを理解できても、自分のスキルもままならず、経験も少ない状態では、ダイビング全体のリスクマネジメント、自分の身を守る方法を考えることはなかなかハードルが高いような気もします。
ですから、田原さんの提言は理想のあるべき姿として肝に銘じた上で、今回は、自分の身の丈にあったリスクマネージメントを具体的に考えてみようと思います。
まず、事故の詳細はわかりませんが、現地の空気から、このケースを我が身に引き寄せて考えてみましょう。
ニュース記事の最後に「パリヌーロ周辺の洞窟はアマチュアダイバーに人気の潜水スポット」とありますが、パリヌーロの街があるのは切り立った山の斜面。
美しい石灰岩や切り立った岸壁や洞窟が見どころの景勝地で、いたるところに洞窟があり、ボートで巡る観光も人気のようです。
今回有名になってしまった「血の洞窟」は数ある洞窟のひとつで、観光客には「青の洞窟」の方が、人気があるようです。
まさに、ケーブダイビングにはうってつけの場所のようですが、船が入れることでもわかるように、水面に浮くことができる(呼吸ができる)洞窟もたくさんあります。
おそらく、地元のダイバーも言っているように、洞窟を選べば安全でイージーなポイントも多くあるのでしょう。
これがテックダイバーご用達のケーブであったり、上級者が集まる海であれば身構えることもできますが、リゾート地の空気の中、参加者もとても気軽な気分だったのだと思われます。
例えるなら沖縄の「青の洞窟」に行くような空気の中で、なかなかリスクマネージメントまで考えは及びません。
初心者だったらなおさらで、ガイドの選択という考え方すらないかもしれません。
初心者のころ、同じような状況に遭遇したら、自分も含めて、今回亡くなった方たちと同じ結果になった人がほとんどでしょう。
彼らとの差は運。あるいは、早い段階で田原さんのような言葉に触れる機会があったかどうか。
そういう意味では、亡くなった方は本当に気の毒というほかありません。
まさにリスクマネージメントそのもののテックダイビングと違って、冒険ですらなくなったレジャーダイビングの難しさは、楽しい雰囲気の中、気を引き締めなければいけないことです。
明らかにレベルの高い海に潜る時は、潜る前から緊張感があるので、リスクマネージメントを考えやすい状況です。
こうした事故のニュースを読んでいる時もそうです。
しかし、実際は、休暇に仲間と大好きな海と遊ぶわけですから、ほとんどの場合が楽しい雰囲気の中、「うひゃひゃひゃ」と海へ飛び込むことになります。
あるいは、反対に「あわわわわ」と焦ったり、極度な緊張で潜ることもあるでしょう。
ですから、潜る前に一度立ち止まり、頭の中をクールにすることが大事。
浮かれすぎず、緊張し過ぎず、一旦ニュートラルな状態にするのです。
自分の場合、潜る前は大抵「うひゃひゃひゃ」という状態なので、潜る前に深呼吸をして、「よしっ」と小さく気を入れ、少しの緊張感を注入し頭の中を一度クールにします。
反対に、緊張しているときは、目をつぶって深呼吸して、緊張感を取り除きます。
いずれの場合もポイントは深呼吸。心の乱れは呼吸の乱れ。
心が乱れたら呼吸で気持ちを整えます。
この時、ゆっくり、ゆったりとした行動を心がけると一層心が落ち着き、頭の中も冷静でリスクも見えやすい状態になります。
焦っているとロクなことが起きませんし、焦りは水中で倍増します。
この潜る前のクールダウン。
見落とされがちですが、誰にでもできる最も効果的なリスクマネージメントではないでしょうか。
また、ダイビング直前だけでなく、ツアーへ行く前、ブリーフィング前にも一度だけクールダウンを行なっています。
ツアーに出かける前に、ツアーや1日の大まかな流れを頭の中でシミュレーションしたら、どんな海でどんなスタイルかを確認。
自分がどうやって潜っているのか具体的に思い浮かべてみます。
「あれ? フロートいるかな」とか「流れるんだろうか」など、不安や疑問があれば事前に取り除きます。
1度でもやっておけば、ずいぶん、気持ちが楽に旅立てますし、実際にリスクを取り除く結果になるでしょう。
そして、現地に行ってすべきはブリーフィングをキリッと聞くこと。
コースや決まり事をしっかりと聞き、自分がどうやって潜るのかをより具体的にイメージし、やはり不安があればその場で取り除いておきます。
そして、先述した、潜る直前のクールダウン。
つまり、ツアー前に1回、ブリーフィングの度に1回、潜る直前に1回、クールダウンして潜っています。
ただ、自分の場合はどれも“1回だけ”しか行ないません。
というのも、リスクのことばかり考えていてもおもしろくないですし、誤解を恐れずに言えば、リスクがあるからおもしろいとも言えるからです。
ですから、一度だけ深く真剣にシミュレーションしたら、あとはあまり深く考えません。
ツアー前に一回だけキリッとしたらあとはウキウキ。
ブリーフィングもキリッと確認したらあとはワクワク。
そして、潜る直前キリッと心を整えたらヒャッホーとエントリー。
基本的にダイビングは「うひゃひゃひゃひゃ」というテンションでいいと思うのですが、ほんのちょっとだけ「キリッ」とクールダウンを取り入れて、まずはリスクマネージメントの素地を習慣づけることが、簡単だけど意外とやっていない、身の丈に合ったリスクマネージメントの第一歩。
今回のケーブダイビングやドリフトダイビング、ナイトダイビングなど、経験したことのないダイビングスタイルで潜る時は、特にキリッと準備する必要があるのは言うまでもありません。
事故の詳細がわからないこともあり、やや具体性にかける心構えのような話になってしまいましたが、こうした事故のニュースに触れて考えることも、ごくたまに「キリッ」とクールダウンする貴重な時間なのかもしれません。
■「沖縄県ダイビング安全対策協議会」会長・村田幸雄氏より
「今回の事故はガイドとゲストダイバーの比率が気になります。
通常、ケーブダイビングでは1:2が限界です。
また、水底か中層にガイドラインの設置をしていなかったのだろうか、事前のフィンキックの確認をしたのだろかということが気になります。
とりあえず、水面に直接脱出することができる開かれた海、オープンウォーターでの潜りとはまったく異なるダイビング形式ということを忘れないこと。
ブラインド(視界のない)潜水のトレーニング等が必要だと思われます。
海底洞窟の多い宮古や恩納村でも起こり得る事故内容だと思いますので、よい教訓にしたいと思います」
ケーブの状況がはっきりしないので、あくまでケーブダイビングの一般論ですが、少なくとも、いつもと使うダイビングを行なう時は、人数比、装備、訓練の検討を忘れないようにしたいですね。