ダイビング事故現場にいあわせたコースディレクターの目撃談~救急車を呼ぶタイミングとは~

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先日、とある伊豆のダイビングイベントで起こった救急車騒ぎ。
その当事者であるAさんのお話をご紹介します。

Aさんはダイビングショップのオーナーで、インストラクターを認定するコースディレクターという立場。
個人的に存じ上げていますが、社会的なダイビング活動にも従事している熟練ダイバーです。

ダイビング事故現場にいあわせたコースディレクターの目撃談

(以下、Aさんのお話をまとめました)

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メーカーの方と雑談していると、現地サービスのスタッフが何やら慌ててやってきました。
見れば、顔面蒼白で地面に座りこんでいるダイバーがおり、スタッフの要請を受け救護に入りました。
話しかけても反応が薄く、震えがひどい状態です。

ひとまず回復体位にして、ドライを脱がせる指示をし、気道を確保しながら、毛布でくるみました。
だんだんと呼吸が落ちてきたので、酸素を渡して吸引を促したのですが、しばらくしても、意識が混沌としているため、救急車の手配をしようとしました。
まさに、その時のこと。

要救助者の引率ショップのインストラクターが近づいてきて、寝かしている要救助者を起こし、「救急車の手配をしたみたいだけど、○○さん大丈夫だよね。救急車要らないよね?」と同意を求め、「本人がいらないと言っているので、救急車の要請をやめて下さい」と言ってきました。

ただ明らかに意識は低下し、脈拍も弱くノンリブザーマスクも膨らまず、サチュレーション(注:1)をパルスオキシメーターで計測したところ90%以下の数字も出たため、再度救急車を要請しました。

引率インストラクターに状況確認のために話を聞こうとしても、「別に普通です」としか答えず、横から割って入ってきては、「○○さん大丈夫だよね?」と言うばかり。
救護活動が迷惑だと言わんばかりの様子でした。

船頭さんが寄ってきて、「1人でいきなり浮上してきて、梯子も登れない状態だったのに大丈夫じゃねーよ!」と、そのインストラクターに怒鳴っていました。

そうこうするうちに救急車が到着し、救急隊に引き渡しましたが、その後も救急車はなかなか出ず、インストラクターともめていました。
なんでも、「寒いから、陽の当たる場所で休ませていたら勝手に救護され、救急車を呼ばれてしまった。本人も大丈夫だと言っているのに迷惑だ」と。

結局、自分はボート出船の時間になり、その後、救急車は出発できたようですが……。

以前、寺山さんが目撃した保身するインストラクターのケースと似ていると感じました。
救護した僕は何か余計なお世話をしたみたいな気持ちなり、ボートから帰ってきて、サービスのオーナーに余計な事をしたようでと謝罪に行きました。

「救護する時、その場でやらずに移動して、人のいない場所でやるべきだったな」と、必要のない余計な事をして大袈裟にしたと責められ、救護した後に非常に落ち込む気持ちになりました。
救護する側ももっと状況判断をし、対応しなければ、かえって周りに迷惑をかけてしまう情けない状況を作る事を知りました。

具合の悪いダイバーさんが何も問題なければいいのですが……。

今年に入り救護したのはこれで3件目です。
他の2件は心配停止からの蘇生でしたので文句は出ませんでした。

インストラクターとして事故にしたくない、事を大きくしたくないのは理解もできます。
ただ目の前に苦しそうにしている人をほうり出してはおけないのです。

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ダイビング事故現場にいあわせたコースディレクターの目撃談

さて、Aさんは救急車を呼ぶべきだったのでしょうか?
それとも呼ばない方がよかったのでしょうか?

件のインストラクターの判断とその根拠、そして、その後の医者の診断を聞いてみないことには、なかなか判断の難しいところです。

ここから少し話を脱線させて、「救急車を呼ぶかどうかの判断」にフォーカスして進めていきます。

救急車で搬送するかどうかは基本的には本人の意思が尊重されますが、これまた難しい判断です。
搬送の規定にも、「正常な判断能力がなく、拒否された場合」「常識的判断で、本人の意思を無視し病院へ搬送した場合」とあるように、“正常な判断能力”や“常識的判断”というのも解釈が難しく、逆に、明確に決めることなどできるものではないと言えるでしょう。

今回のケースでも、ダイバーが拒否した場合、それが正常な判断能力のもとだったのかはわかりません。
ましてや、「大丈夫だよね?」という聞き方をされれば、事を大きくしたくないという心理が判断を鈍らせる可能性もあるでしょう。

そもそも救急車を呼ぶこと自体も、最近ではたびたびマスコミで話題に上がります。

ひとつの事故にフォーカスすれば、どんなにささいなことでも念には念をいれた方がいいに決まっていますが、それが救急車の乱用を招き、助かる命が助からなくなったり、救急コストの増大が地方財政を圧迫するなど弊害を引き起こすといった内容です。

地域医療をテーマにしたとある講演の中で、講演者の中野智紀医師は、救急車要請のポイントとして、以下3つのポイントを挙げています。

●入院が必要なほどの症状であること
●命に関わる症状であること(意識がない、けいれん、麻痺、激しい(ハンマーで叩かれたような)頭痛・胸痛・腹痛、息が苦しいなど)
●自分だけでは移動できないとき

こうした判断はなかなか素人には難しいので、救急車を呼ぶかどうか迷った時の窓口として「救急相談センター」が24時間の電話窓口を設置しているので、ぜひご利用ください。

救急相談センター
TEL: #7119

さて、以上のような点を踏まえて先述の話に戻ります。
件のインストラクターからは話を聞いていないので、その方の行動が保身であったのかどうかはここでは触れません。
ただ、Aさんの行動に限って言えば、正しい行動であったと思います。

そもそも、Aさんは経験豊富なダイビングのプロ。
CPRを教える立場で、イントラを育てる立場。
そういう立場のダイバーが、客観的な根拠を示しつつ、判断した上でとったひとつの正しい行動だったのだと思います。
逆に何度もその判断でダイバーを救っているAさんの判断に躊躇が生まれないことを願うばかりです。

注1)サチュレーションとは。
酸素飽和度のこと。血液中に溶け込んでいる酸素の量であり、%で示される。
健康であれば99%近くの値になるが、呼吸器官に異常があると、体内に取り入れる酸素が減ってしまうため、サチュレーションは低下する。

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PROFILE
法政大学アクアダイビング時にダイビングインストラクター資格を取得。
卒業後は、ダイビング誌の編集者として世界の海を行脚。
潜ったダイビングポイントは500を超え、夢は誰よりもいろんな海を潜ること。
ダイビング入門誌副編集長を経て、「ocean+α」を立ち上げ初代編集長に。

現在、フリーランスとして、ダイバーがより安全に楽しく潜るため、新しい選択肢を提供するため、
そして、ダイビング業界で働く人が幸せになれる環境を作るために、深海に潜伏して活動中。

〇詳細プロフィール/コンタクト
https://divingman.co.jp/profile/
〇NPOプロジェクトセーフダイブ
http://safedive.or.jp/
〇問い合わせ・連絡先
teraniku@gmail.com

■著書:「スキルアップ寺子屋」、「スキルアップ寺子屋NEO」
■DVD:「絶対☆ダイビングスキル10」、「奥義☆ダイビングスキル20」
■安全ダイビング提言集
http://safedive.or.jp/journal
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