Hなタイプにレックのダイブ

呼吸とか、食欲とか、飲水とか、排便・排尿とか、睡眠とかに関する欲望は、人にとって生存のために欠くべからざる重要で本能的な欲望だろう。

一方、本能的な欲望の中で、性欲、というのは割とビミョーな存在。
もちろん、子孫を残す、という意味で、それは非常に重要。
みんなが等しくそれを持つことで、競争が起き、それに勝利した優秀な遺伝子が後に継がれるというのは納得のいくシステムだ。
が、本人的には目的を果たして、必要なだけの(時にはご希望以上の)遺伝子も残し、任務完了と思った後も、まだそれが有り続ける、というはいかがなものか。

当然のことながら、すでに、それは、無くても生存に何の支障もない遺物的な存在。
というより、むしろ平和な生活には邪魔な存在となる可能性までを秘めたやっかいな存在だ。

例えば、ヤバくて面倒なトラブルが続発し、神経はすり減り、嘘やごまかしを考えるために脳みそは発熱し、強引に時間を作るために睡眠時間は減り、無駄な出費はかさみ、その出費のための資金作りのためにさらに身を削り、なんていう数々の危険や苦労、障害が待ち受けていることを承知していながら、つい、あるジャンルの背徳的な活動にのめり込んでしまうのは、正しく、本来はもう必要のないハズの、その性欲ヤロウのせいだ!

と、私の、ある友人が言っていた。
私には、それ、うっすらとしか、なんとなくしか、おぼろげにしか、分からないが、とりあえずそんなことも、あるの、かも。

「でもね、どんな危険や苦労や障害が待ち受けていようとも、その背徳のおかげで気分は高沸して、生きる意欲が増しちゃって、人生ってなんて愉しんだろうというハッピーな気持ちになれるんだから、背徳って最高!」

というのは、やっぱり私のある友人の発言だが、これも、社会的に肯定されるか否かはともかくとして、とりあえず納得出来そうな話である。

なんていう短い前フリがあって、いざ、本題。

今まで何度も繰り返した発言をあえて再度繰り返すが、テックダイブは本当にやりたいダイバーのみが、リスクやらそれにかかわる出費やら費やされる時間やら周囲からのプレッシャーやらを知った上で、しかし、心の中のディープな部分から湧き上がる、あがらえない要求に動かされて、それなりの覚悟を決めて行う自主性の極端に高い活動であるべきだ。

それはある意味、私の友人の言うところの、性欲ヤロウの成せる背徳行為に近い性格を持っていると、私は思う。

ということで、テックダイブは、それを提供する側が安易に誘ったり、誘いに乗って気軽に手を染めるものではない。
ただし、テックダイブのリスクやら、それにまつわる様々な面倒を知った上で、すでにテックダイブに手を染め、しかも、さらにそれをより深く楽しんでいきたいと希望する、聞き分けのない、往生際の悪いダイバーに限って、私は一つの講習をおすすめすることにしている。
ただし、閉鎖恐怖症がなければ、だが。

それが沈船の内部を潜る(ペネトレーション)のためのレックダイブの講習だ。

レックダイビング(田原浩一)

沈船の内部を潜るレックダイブをスムーズかつ確実にこなすためには、テックダイバーに必要な様々な要素が求められる

レックダイブの講習にはテックダイブの様々な要素を、具体的で説得力のあるカタチで凝縮することができる。
もちろん、テックダイブの基本は、入門レベルのディープダイビング系の講習で伝えることができるが、それらの必然性を実感を持って納得していただき、さらに、付随する閉鎖環境ならではのスキルや考え方もまた、実感を持って納得していただき、ひいてはテックダイブそのもののはっきとりした輪郭を確認していただくには、レックダイブの講習が一番だと、私は思っている。

例えば、非常に象徴的なスキルとして、レックの内部で行うガスのシェア(いわゆるエア切れの手順)がある。

テックダイバーが使うWタンクには、致命的なウイークポイントがあり、そのウイークポイントを攻められると、ガス的にどれほど余裕のあるダイビングを計画しても、ガス切れを起こす可能性がある。
よって、Wタンクを使うあらゆる講習において、ガスのシェアはひつとの重要なスキルとして繰り返しトレーニングされる。

で、このガスのシェアだが、オープンウオーターのディープダイビング系の講習では、水平の移動+浮上という動きとセットになっている例が多い。
よって、ドナーのダイバーがエア切れダイバーにスムーズにセカンドステージを渡し、確実なコンタクトを取りながらスムーズに動き、浮上できれば「OK!」となりがち。

しかし、実はここでおしまいでは「OK!」じゃない。
分かってるインストラクターなら、ガスのシェアが始まったのを見届けた後、一度深度を大きく下げるように指示するはずだ。

すると何が起きるか?
深度が下がれば中性浮力を取るためにBCに、スクイーズを防ぐためにドライスーツに、給気を行う必要が出てくる。
しかし、ガス切れのダイバーは当然、BCの給気にパワーインフレーターを使うことが出来ない。
だって、ガス切れだもん。

もし、ドライスーツを使っていて、その給気源が自身のタンクだったら、ドライスーツへの給気も不可能だ。
だってガス切れだもん。

呼吸源こそ、バディからいただいているが、それはあくまで呼吸のためのもの。
BCやドライスーツの給気に関して、基本、バディはノータッチだ。

ということで、何の対応も出来ないままに深度が下がっていけば、ガス切れダイバーは浮力不足で水中落下状態に突入し、ドライを使っていれば、超スクイーズで身動きが取れなくなる。
特にファブリックドライ使用者は、結構早い時点から、お布団の真空パックに閉じ込めらたお布団の気分を味わうことができる。
当然、泳いで深度を回復するとも不可能となる。

こうなると中圧ホースの先にでっかい重りをぶら下げたガスを供給する側のダイバーも平気ではいられない。
大騒ぎの始まりだ。

ということで、分かってるインストラクターであれば、受講生に、実践のダイビングではこうした状況が起こりうることと、その対応を理解、マスターしていただく、というテーマを持ちながら講習を進めているはずだ。

さて、そこでレックダイブだ。
レックダイブの講習では、こうした事態が必然的に起こる状況を作り易い。
デッキを何層か持つ沈船を使って、デッキの間を行き来するルートを設定すれば、数メートルの深度変化は当たり前だからだ。

で、そこに視界不良でラインにタッチしていないと進むべきルートが分からないという状況を加えてみると、バディとのタッチコンタクトをキープしながら、ラインへのタッチもキープしながら、ホースがからまないよう気をつけながら、浮力のコントロールも続けながら、そしてEXに向けてなるべくロスなく進み続けなくちゃ、という、状態が出来上がる。

視界低下したレックダイビング(田原浩一)

レックダイブでは、帰り道の視界低下は当たり前。スペースも限られる場合が多い。よって、トラブル対応の難易度は高いが、講習では、例えば、すぐ脇に外部に出られる亀裂のあるエリアとか、少し深度を変えれば視界やスペースが開けるエリアを選ぶことで、緊急時の対応可能な状況での難易度の高いトレーニングの展開が可能だ。一般に、レックではケイブより、こうした状況が探しやすい

一般にレック内部は水の動きがほとんどないので沈殿物が豊富。狭いレック内でガスのシェアが必要になると、ある程度の巻き上げは必至、その過程で混乱が起きればビジビリティの極端な低下もお約束。
上記の状況は実践でも充分にありうることなのだ。

で、この状況にめげることなく、落ち着いてEXにこぎつけるには、ガスのシェア自体の技術の完成度を高めるのはもちろん、それに付随して必要となる装備やスキルの充実、作業を同時進行できることの重要性の認識及びその認識を具現化出来るスキルレベルの達成がマストとなる。
一方で、急激な浮力変化(深度変化)を避け、かつ、ラインに触れたままでスムーズに進むことが可能なようにラインを張る事、さらに、トラブル状態の帰り道を想定した、予め障害物を避けたライン配置の重要性等、ラインワークに関するあれこれの大切さも身をもって知っていただける。
加えて、こうした事態への対応を考えればこそガスマネージメントのルールがあり、そのガスマネージメントを有効とするためには進入時のペースやルートの記憶等への留意も怠れないという辺りにも思いを巡らせていただくことが出来るだろう。

視界不良のレックダイビング(田原浩一)

レック内で視界不良というと光のないイメージがあるかもしれないが、実際は濁りがある程度ひどくなった時点でライトの光がハレーションを起こし、まるでミルクティの中を潜っているような状況になる。従って、レック内での視界不良は決して珍しいことではない

ということで、レックダイビングの講習を有効に活用すれば、テックダイブにおける、リスク認識、スキル、ルール、気配り、目配り、先読み等を含めた様々な重要なポイントを身をもって確認していただくことが出来るのだ。

もちろん、分かっているインストラクターは、意図的にこうした状況を作るだけでなく、いざという時は、その状況から速やかに退去可能なエリアの選択や手順の確立という点での準備も怠らないはずだから、結果、レックダイブの講習の受講によって、ダイバーは過剰なリスクを犯すことなく、テックダイブそのもの、テックダイバーに必要なの様々な要素を実感として確認していただくことが出来る、と私は考えている。

ということで、エッチ系の衝動を抑えきれないでテックダイブをスタートした方々に限って、私は、例外的に、早い時点でのレックダイビングの講習をお勧めしている。
エッチの衝動は、コントロール次第で、トラブルや失敗の原因にもなれば、人生を楽しく生きるためのエッセンス、エネルギーへと転化する事も可能、なのだ。か!?

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PROFILE
テクニカルダイビング指導団体TDIとサイドマウントの指導団体RAZOR のインストラクター・インストラクタートレーナー。
フルケイブ、レックペネトレーション、トライミックスダイブはいずれもキャリア800ダイブ以上。
-100m以上の3桁ディープダイブも100ダイブ以上、リブリーザーダイブでは1000時間以上のキャリアを持つ等、テクニカルダイビングの各ジャンルでの豊富な活動経験の持ち主。また、公的機関やメーカー、放送業界等からの依頼による特殊環境化での潜水作業にも従事。話題のTV ドラマ『DCU』にもリブリーザー監修として撮影に参加している。

■著書
おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
続・おタハラ部長のお上手ダイバー養成新書
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