オクトパスは右側につけるべきか、左側につけるべきか(前編)
長いモノやでっかいモノには喜んで巻かれるし、強いモノとお金持ちにはオートマチックにひれ伏すし、キレイなおネーさんには無条件で下僕に変身するのが私のライフスタイルだ。
ということで、長の付く肩書きが眩しい寺編集長の「連載続けるベシ」という指令に、私が逆らえる訳はない。
結果、この連載、続けさせていただくことになりました。
しかも、さすがは長が輝く編集長、私を放し飼いにすると下ネタに終始する恐れがあることを見事に見越して、寺編集長が提示したお題に対して原稿を書きなさい、という、ありがたい条件のおまけ付き。
もちろん、この条件にも逆らえるワケなどなく、結果、喜んで編集長にいただいたお題に沿って、原稿を書かせていただく私がここに居ます。
で、今回、提示されたお題は「オクトパスは右側にセットするべきか、左側にセットするべきか?」である。
極めてシンプルなお題。
しかし、このお題に答え、その答えのバックグランドを正しく説明するには、多種多様な理屈を駆使する必要がある。
水面だけをなぞって水底から目をそらすダイビングは、テックダイバーの望むところではない。
必然的に、内容は粘着質となり、同時に、きっと、またしても私の原稿は長文になる。
書く方も読む方々も確実にメンドクセーことになるだろうし、原稿料の一文字単価は今回も激しく暴落するに違いない。
が、長が輝く寺編集長の指令に逆らえるワケはないので、文字単価に関しての邪念は全て払って、本題に関して必要と思うコトを思うがままに書き重ねさせていただきます。
ダイビングの器材構成の大前提
と言うことで、まず、話の前提。
ダイビングの最も基本的なスキルや器材、および器材構成は、テックだのレクだのとは関係なく、ひとつの原則に則っているべきである、と私は考える。
それは「あるダイビングを行う際は、そこに起こりうるトラブルやアクシデントに対しての確実な対応をまず用意するべし。その上で、なるべく効率的、かつ、快適な活動が可能であるよう精進すべし」という原則だ。
なお、ここには、以下の但し書きが添えられる。
(ああ、すでにメンドクセー話になってきた!)
1)器材は壊れるモノと思うべし。
2)人はミスを犯すものと思うべし。
3)突然の想定外の自然現象及び、複数のアクシデント、トラブルが同時に起こり、進行する状況までは「確実な対応」の対象には含めない。これに関しては、いつかどこかで詳しく説明します。多分。
4)結果的に、効率的、快適な活動が不可能となった場合も、生還という最後の一線にはとことんこだわる。
以上。
なお、これらは私の考えで、異論のある方も多々いらっしゃるかと思うが、そんなこんなにいちいち気を遣うと文字単価のデフレがさらに激しく加速するので、申し訳ないが、今回も、スクーバ都市伝説作戦を行使させていただきます。
ということで、「器材や器材構成、そして必要となる基本スキルは、すべからく、この原則に沿うベシ」と、とりあえず私はここに独断して、以降の話を進めます。
ダイビング中の呼吸を妨げる様々な要因
で、今回のお題のオクトパスだが、まずオクトパスの存在ありきで、右だ、左だ、と話を進めるのは正しくない気がする。
オクトパスの存在は、トラブルやアクシデントに対する対策とか、器材をひとつでも多く売ろうという商魂とか、そーゆー諸々の事情のひとつの結果に過ぎないからだ。
ダイビングに関するあれこれは、末端の結果でなく、その結果が導かれたいわく因縁にこそ注目すべき価値がある、と、私は考える。
従って、今回も、まず注目していただきたいのは、オクトパス登場の背景だ。
言うまでもなく、ダイビングは、水中で心地よく呼吸出来てナンボの活動。
よって、呼吸不能、あるいは呼吸が不調、不快な状態となったら、それは問答無用で一大事だ。
一大事に対しては、それに対する備えが不可欠。
ダイビングをロシアンルーレット一族から独立させるための、それは最低限の条件だ。
ではここで、呼吸不能・呼吸不快のバリエーションとその原因を考えてみよう。
メンドクセー話になるので、おおらかな生活がお好きな方は飛ばして下さい。
呼吸不能・不快・不全のバリエーションとその原因を根元側から注目すると以下のようなバリエーションが考えられる:
1)タンク界隈の問題/ガス切れ、バルブOリングの欠損、コック開度不足、バルブシールのはがし忘れ等。
2)ファーストステージの問題/ファーストステージ本体の故障・ヨークの緩みや破損等。
3)中圧ホース~セカンドステージの問題/中圧ホース類と他の部分との接続部の緩みやOリング欠損、中圧ホースの破裂や激しいリーク等。
4)セカンドステージの問題/マウスピースの外れや欠損、EXバブルの巻き込みや遺物の挟み込み、デマンドレバーやダイヤフラム等の構成パーツの異常、激しいフリーフロー、ガス流量不足、口元を蹴られる等による口元からのセカンドステージの逃走
上記は今まで見たり、聞いたり、体験したりして実際に起きたことを確認しているトラブル達。
他にもトラブルのバリエーションがあるかもしれないが、今回に関しては、話の進行上、これだけの例があれば十分なので、これ以上の粘着は控えマス。
上記に記した例の中で、1)と2)、場合によっては3)もだが、これらは水中での自己対応が難しいか、とりあえず不可能だと考えるのが無難なトラブルだ。
そんな時のために控えてるのがバディ。
だから、ここはありがたくバディのお世話になりましょう。
あるいは、呼吸に窮しているバディがいたら、お世話をしてあげましょう。
呼吸不能を防ぐ対応策
さて、ここで登場する対応は2つ。
一つは今や存在感が希薄なバディブリージング。
これは正常な呼吸が出来ている側の使用しているセカンドステージをバディで共用するスタイルで、ひとつのセカンドステージを使ってバディが交互に呼吸する。
ただし、その結果として、バディの一方は常にセカンドステージを咥えていない、つまり吸気のできない状況に置かれることになる。
よって、バディ双方のレベルや状況によっては、バディぐるみで危険な状況に陥る可能性があるワケだ。
これを解消する方法として考えられるのが、バックアップのセカンドステージ。
これはオクトパス登場のひとつのバックグランドと言えそうだ。
ただし、このバディブリージングには、メリットもある。
まず、バディで相互に使うこととなる呼吸源のセカンドステージに注目。
これは、それまでエアを与える側のダイバーが実際に呼吸に使っていたモノだ。
つまり、良好な作動が確認されている優良器材である。
例えばみなさんお馴染みのオクトパスは普段使われていない。
出番が来るまで待機しているタイプのセカンドステージだ。
こうした器材には、快調かどうか、実際に使ってみないと分からないという博打的な要素が、大きくはないとしても潜在している。
例え事前チェックがされていたとしても、使わず放置されていた時間帯がある以上、異常ナシの保証付きとは言い切れない。
さらに、ダイビングスタート時に水中での作動チェックをしていないようなら、オクトパスが必要な時に常に確実に作動するという判断は、神を善意のみの存在と信じる危うい楽観主義者の思い込みに過ぎなくなる。
そして、万一、エア切れダイバーが、バディから渡されて、やっと手に入れたオクトパスを吸ってみて、ホットしたのも束の間、それで安らかな呼吸ができなかったとしたら、これは呼吸不能、不快のダメ押し。
その先がどうなるかを知るのは、神でなく、悪魔のみぞ知る、の世界となりがちだ。
よって、使用中のセカンドステージをエア切れダイバーに渡すという方法は、経過と結果を神の世界にとどめるための有効な方法だ。
さらに、オクトパスブリージングのもうひとつのメリットは、エア切れのサインに対して、瞬時に対応が可能という点。
エアを与える側は、口に咥えているセカンドステージの中圧ホースの付け根部分を掴んでエア切れダイバーに差し出すだけだから、一般的に使われているタイプのオクトパスのように、探すとか、リカバリーしてから渡す、とか、ホールダーから外して渡す、といった手間暇がかかない。
トレーニングと違い、実際のエア切れで苦しいダイバーは呼吸再開のためのセカンドステージを心の底から渇望している。
そんな時、セカンドステージを渡すのに時間がかかれば、エア切れダイバーは(かなりの人格者であったとしても)おいしそうな排気が立ち昇っているバディのセカンドステージを奪い取っでもとにかく息を吸いたいと思うに違いない。
助け合いのステージが闘争の場に変わる瞬間だ。
よって、必要な時に瞬時に正常作動が確認されているセカンドステージを手渡せるということは、エア切れダイバーのみならず、エアを与える側のダイバーにとっても、自己保身のための重要なポイントなのだ。
この点において、バディブリージングは、オクトパスを渡すオクトパスブリージングよりもはるかに理にかなった方法だ。
ただし、そこには最初に触れたように、バディの一方は常にセカンドステージを咥えていない、つまり吸気のできない状況に置かれる、というデメリット、リスクがもれなく付いてくる。
このリスクが解消できないと、せっかくのバディブリージングのメリットも色褪せてしまいがちだ…。
そこで登場するのが、バックアップのセカンドステージだ。
バックアップのセカンドステージのメリット
エアを与える側のダイバーが自身のためのバックアップのセカンドステージを持っていれば、メインのセカンドステージをエア切れダイバーに与えた後、自身のバックアップのセカンドステージに呼吸源を切り替えることで、とりあえずの平和をゲットできる。
つまり、オクトパスを、各ダイバーそれぞれのバックアップのセカンドステージと考えれば、バディブリージングのメリットを生かしたスタートから、そのデメリットを解消する、いわゆるオクトパスブリージングへと、美味しいとこ取りのエア切れ手順の連鎖を目論むことができるわけ。
めでたし、めでだし。
これは、本人のためのバックアップとしての、オクトパス登場のバックグランドのひとつだ。
オクトパスが自分のためのバックアップの器材であると思えば、そして自分が本当に可愛ければ、自分のためのバックアップ器材の使用前チェックをおろそかにすることもないでしょう。
そこで、オクトパスは右か、左か
なお、オクトパスを持ち主のためのバックアップのセカンドステージと考えた場合、これは必然的に右出し仕様となる。
一般的な形状のセカンドステージは右出しで咥えた状態を基本としてデザインされており、左出しで使うと、天地が逆さまの状態で咥えることになるからだ。
天地が逆さだと、エギゾーストティがマスクの鼻の部分を干渉して咥えにくいし、何より、エギゾーストバルブが高い位置(セカンドステージを咥えて正面を向いた場合に水深の浅い側)となるため、セカンドステージ内に溜まった水分(水や唾液)のクリアがスムーズでなくなってしまう。
クリアするためには、顔自体の天地を逆にしてエギゾーストバルブの位置を深い側とする必要があり、特に動きに制約のあるエアシェアのような緊急時に、これは全くお勧めできないスタイルだ。
緊急時、それなりに慌てて息が弾んでいる状態で咥えたセカンドステージでレギュレータークリアが不成功だと、危機的な状況はすぐお隣。
スムーズな呼吸できないだけで十分に危険だが、万一水分が気道に紛れ込むと気道が閉塞して正常な呼吸が不能になる。
バディのサポートどころじゃぁなくなりマス。
ということで、天地関係なく快適に使えることを目的としてデザインされた特殊な形状や、スイベルによって中圧ホースの位置に関係なく正しい天地をキープできるタイプのセカンドステージでない限り、持ち主本人が使う可能性を優先したセカンドステージは、原則、右出し仕様が基本となる。
ただし、右出し仕様でセットしたから、それで万全、ではない。
オクトパスリカバリーの穴
実際の現場におけるこうしたセカンドステージのやり取は、バディが互に接近した状態、場合によってはからみ合うような状態で、かつ乱れた姿勢で行わることになりがちだ。
よって、優雅に腕を回してオクトパスリカバリーをしたり、互の体がからみ合うエリアにセットされたオクトパスホールダーからスマートにオクトパスを外して口元に運ぶというような動きは、時として、お餅のお絵かきになる。
何かにつけてだが、一部で行われている“形式のみを追ったおママゴトような講習”は、実践で全く役にたたない可能性があることを、全てのダイバーは知っておくべきだ。
話は少し脱線するが、講習でのエア切れ手順のトレーニングが「あなたのバディからエア切れのサインが出ましたよ、はい、そこでOKのサインを出して(この後に、ご丁寧にエア切れダイバーに待てのサインを出す、という講習も見たことがある!)、オクトパスをリカバリーして、セカンドステージを正しく持ち替えて、そして、そのオクトパスをエア切れダイバーに渡しましょう、はい、よく出来ました」みたいであったとしたら、それは宝塚のミュージカルにおける戦いのシーンの再現みたいなモノだ。
ある手順に対して、そこに必要な要素を知る、という意味での有効性はあるかもしれないから、トレーニングのスタートが宝塚ミュージカルであるのは問題ないとしても、ミュージカルに終始するようだと、その手順は、実戦では使えない可能性が高いと思った方がいい。本当の切羽詰ったエア切れダイバーに、ミュージカルの台本は通用しない。
オクトパスをどう身につけておくか
話を元に戻すと…。
自身のバックパップの呼吸源としてオクトパスを考えた場合、それはあくまで、実際の戦闘の最中であっても、すぐに咥えて呼吸が再開できるように準備しておくことが賢い選択だ。
となると、さて、どんな方法があるだろう?
バンジーコードでネックレスを作り、予備のセカンドステージにそのネックレスをセットして首にかけ、セカンドステージが顎のあたりにぶら下がるようセットするというスタイルは賢い選択の一例だ。
このスタイルなら、探したり、ホールダーから外したりという前戯の必要はなく、いきなり本番突入が可能。
顎下で待機するセカンドステージを手にとって咥えて呼吸すればOK。
最小・最短の動きでバックアップのセカンドステージによる呼吸が再開できる。
同時に、ダイビング中、このネックレスオクトパスは、それを使って呼吸してみることも簡単だから、定期的な正常作動の確認もイージー。
さらに、顎の下界隈にオクトパスがあれば、ぶつけたり、引っかかったりという心配もないし、フリーフローしてもすぐに気づくことができる。
一般のダイバーにとっては見慣れないスタイルからもしれないが、色々な意味でこれはなかなか優れたスタイルと言えるだろう。
なお、この仕様のセカンドステージ用の中圧ホースの長さは、ファーストステージから口元までの距離+セカンドステージをくわえた状態での顔の動きをカバーできるだけの余裕があればOKなので、一般のホースよりかなり短くなる。長すぎると、収まりが悪くなるので、ホース長のアレンジは必要だが、このショートホース化によって、ホースがどこかに引っかかるというトラブルの可能性も極端に小さくすることができるはずでめでたい。
さて、次はもうひとつの対応方法。
いわゆるオクトパスブリージングについてお話しよう。
※編集部注
田原さんの原稿があまりに長すぎるので、このコラムは前編と後編に分けます。
田原さんには二本分の原稿料を差し上げますので、原稿料の一文字単価も少し上がって、めでたしめでたしです。