スキューバダイビングの最大水深39mの謎~誰が決めたの?根拠は?深過ぎない?~

この記事は約6分で読めます。

宮古島の地形と洞窟とダイバー(撮影:越智隆治)

具体的な根拠が見つからない!?
”最大水深39m”という決まり

リクリエーションダイビングの定義は、基本的に「頭上が閉鎖されていないダイビング環境での、空気を使用する最大深度39mまでの無減圧ダイビング」ということになっています。
大多数のリクリエーションダイバーが指導団体のテキストやカリキュラムでそう習ったことでしょう。

しかもリクリエーションダイビングの指導団体の深度制限は共通しています。
まるで共通の認識があって申し合せや合意があって、各団体がこの深度を守っているように見えます。
少なくともある時期まではこのヤドカリ爺もそう信じていたのであります。

このヤドカリ爺がインストラクターになったのが1970年でしたが、このころにはリクリエーションダイビングの定義などはなかったように記憶しております。
それでも、いつのことからか最大深度39mのダイビングと頭にインプットされておりました。

もちろん39mなんぞという大深度がリクリエーションダイビングの制限深度というのは、深過ぎないか?
という素朴な疑問は常に頭の片隅にはあったのですが、世界基準と信じておりました。

ところがであります。
いつから、どこの指導団体がこの39mの深度制限を提唱し、またそれをルールとして決めたのかといった、具体的な資料が見つからないのであります。

言ってみればこの39mの根拠を、具体的に説明はしたものがないのですな。

もちろん、39mに理屈をつければ、それ以上深ければ、窒素酔いのリスク、酸素酔いのリスク、ダイビング可能時間の圧倒的な短さ、エア切れのときの水面への脱出などの条件があって、面倒さばかりで実質楽しいダイビングとはいかないことは、このヤドカリ爺の老化脳細胞でも容易に想像はつくのでありますが、あくまでもそれは後付けの理屈であります。

この39mといった深度は、常識的に考えれば、リクリエーションダイビングを安全に楽しめる深度を大きく越えています。

ヤドカリ爺も、その後インストラクタートレーナーのお仕事などもしましたが、トレーナーのマニュアルにも、少なくとも各指導団体が協議をして、いつどこで、この39mを最大深度にしたのか、その経緯や根拠を読んだことがありません。
なぜ39mなのかがよく分からんのであります。

しかしながら、この条件の中でも最大深度39mというのが、なかなか曲者であります。
では、誰がいつこのような定義を作ったのでありましょうや。

今なお使われている
50年前のアメリカ海軍のルール

アメリカでリクリエーションダイビングの指導団体が、次々にスタートするのが1960年代。
NAUIが1960年、PADIは1966年で、その他の団体も前後して誕生します。
この1960年代というのは、BCDもバックアップ用のセカンドステージもない時代であります。

ちょうどそのころ、1965年にアメリカ海軍が、いわゆるU.S.NAVYテーブルを発表します。
今ならビギナーダイバーだって使い方を知っているダイブテーブルでありますが、このころ初めてリクリエーションダイバーにも使えるダイブテーブルが発表されたのです。

最大深度39mの謎の答えは簡単でありました。

その当時に入手できるダイブテーブルの最大深度が39mだった、ということにすぎないようです。
最近の入手した資料でも、各指導団体が協議などしたことなどなかったようです。

つまり、この39mがリクリエーションダイバーの合理的な安全限度ではないのです。

では、そのダイブテーブルとリクリエーションダイビングの深度制限の関係はというと、アメリカ海軍自体が、このダイブテーブルでの空気による無減圧ダイビングを39mに制限するルールを作ったのです。

理由は、屈強な海軍ダイバーといえども、この深度まで潜降すると、可能な作業時間が10分に限られてしまい、ほとんどダイビングをする意味がない。
このような大深度を無減圧ダイビングでやることは事実上意味がないとしたのです。
現実には無減圧ダイビングができるぎりぎりの深度だったということです。

そこで、無減圧ダイビングの最大深度を39mに制限し、最大深度を39m=130フィートにして、 オリジナルのNAVYテーブルをさらにアレンジして、私たちリクリエーションダイバーもよく知っている、繰り返しのダイブテーブルを作ります。

そして、当時としてはこのアメリカ海軍の繰り返しダイブテーブルだけがリクリエーションのスクーバダイバーに入手できるダイブテーブルでした。

ところが、なぜか、発足したばかりのリクリエーションダイビングの指導団体は、海軍の活動最大深度をそのまま、リクリエーションダイビングの最大深度として、それぞれに採択してしまうのです。
海軍のダイバーとリクリエーションダイバーが同じ最大深度になってしまったのです。

今からすれば、なんでだろう、まるでレベルが違うだろうと思いますが、当時のスクーバダイビングはマッチョ志向で、リクリエーションダイビングと海軍のダイビングとを区別する必要性をリクリエーションダイビングの指導団体すら考えてなかったとしか考えられません。

あるいは、海軍のトレーニングレベルを踏襲することが、全体的な風潮だったのかも知れません。
そして、この海軍ダイバー用の制限条件が、今なおリクリエーションダイビングの定義になっているのです。

ダイビングのルールというと、えらく科学的な背景があって決められたもののように見えます。
しかし、ダイビングには、誰が言い出したのか、あるいは、その根拠がはっきり説明できないものがたくさんあります。

例えば、今ではほとんどマストの手順になっている安全停止も、その理屈は分かるものの、誰かが提唱した、あるいはリクリエーションダイビングの団体が協議して採択された、共通のダイビング手順ではないのです。

大切なことはダイバー自身が
水深の意味を考えること

見方を変えると、この39mという最大深度は、アメリカ海軍が決めて、指導団体がそれを踏襲したものだったとしても、大切なのはリクリエーションダイバー自身がこの39mという深度の意味を、どう理解しているか、どう理解するかが大事なのかもしれません。

この最大深度が考えられたころには、ダイブテーブルの時代でした。

最大深度にそのダイビングの全時間いたことにして、無減圧時間を決めるほかなかった時代です。
潜降し39mに達して、そこで10分になれば、あとは水面に戻るだけ。
この10分を越せば否応なく減圧停止をしなくてはならないというのが、ダイブテーブルのルールです。
こんな非効率なダイビングをしたくはないのは、今も昔も変わりません。

現在のダイブコンピューターを使ったマルチレベルダイビングでは、浮上するに従って可能なダイビング時間がどんどんと生まれてきます。
一見、大きな自由を手に入れたように見えますが、見方を変えれば減圧症のリスクが高まったともいえそうです。

別段このヤドカリ爺は、リクリエーションダイビングの限界深度がまるで意味のないものと言いたいわけではありません。

一見、真理とか定義とかいうものも、確固とした背景があるものばかりではないと言いたいのであります。
大切なことは、39mの深度制限まで潜ってよいのではなく、ダイバー自身が自分のダイビングのリスクを含めた深度の意味を考えることです。

最近ですが、普段から100mもの深さのダイビングをなさるダイバーとお話ししましたら、「シングルタンクで20mより深いダイビングなんて、リスクを考えれば怖い……」と申しておりました。
けだし明言であります。

\メルマガ会員募集中/

週に2回、今読んで欲しいオーシャナの記事をピックアップしてお届けします♪
メールアドレスを入力して簡単登録はこちらから↓↓

PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
FOLLOW