ナイトロックスのウソ・ホント

ダイビング歴45年・やどかり仙人のアップアップ相談室

全国行脚の金策と器材集めに東奔西走(古すぎる四字述語だ)しているらしい。
音信不通かと思えば、突然の質問状。今月の質問は……。

Q.
海外で潜ると、よくナイトロックスを使っているダイバーさんを見かけます。
友人にも「ナイトロックスを使えば長く潜れるし体にもいい」と強くススメられるのですが、
やっぱりナイトロックスの講習は受けておいたほうがいいのでしょうか?
今のところ、空気で十分楽しめているので、どうしたものかと考え中です

A.
正しく使えば、いいことばかりのナイトロックスであります。
すぐに使う予定はなくとも、
ぜひナイトロックスのプログラムは受講しておいた方がよいと思うのであります。

あえて正しく使えばという冒頭に前フリをしたのは、
「正しく使わなければ、かえってリスクがある」という論争が
ナイトロックスには、長い間続いたからです。

ナイトロックスなどというガスは、
もともと地球上に存在しない人為的なガスですから、
それなりに使う目的と条件を理解しておいた方がよいと思うんですよ。
そしてなによりも、コンピューターまかせになりがちのダイビングの基本知識、
減圧をもう一度復習するよい機会になることは間違いありません。

あらかじめ誤解のないように申し上げますが、
わたくしヤドカリ爺は基本的に、ナイトロックス推進論者であります。
その意味では、今年に入って沖縄で、
ナイトロックスのデリバリーがスタートするニュースに喜んでおります。

いずれリクリエーションダイビングは将来、いつになるかはわかりませぬが、
状況に応じていろいろなミックスガスを使う、
さらにはリブリーザーへと進化すると考えております。
その最初のステップがナイトロックスだと信じております。

でもねー、困ったことにこのよい点を、
ご都合主義に捻じ曲げて、使う人がいるんですね。
例えば、その典型がナイトロックスを使えば深く潜れるといった使い方です。
こういうのをひいきの引き倒しといいます。

では、ナイトロックスの神話。

どれもダイビングサービスのコマーシャルに実際にあったコメントです。
どれも半分本当で、半分嘘なんです。

【窒素が少ないことの利点について】

■窒素が少ない分、深く潜れる、大幅にノーストップタイムが延長できる?
空気と同じ時間、同じ深度にいても、窒素が少ない分だけ、
浅いところにいるということになります。その分ノーストップリミットが延長されます。

例えば、空気ダイバーが30mにいるときには、
ナイトロックス32ダイバーはその5mほど上方にいる計算になります。
当然ナイトロックス32ダイバーには、その深度のノーストップタイムが適用されるわけです。

しかし30mといった深いところでは、あまり延長されません。
この場合、アメリカ海軍のダイブテーブルでは、5分ほど延長されるだけです。
しかし、それより浅い18mダイブでは
4mほど浅いところいることになり40分も延長できます。
すばらしいですね。このメリットは浅いほど大きいわけです。
そうです、ナイトロックスは浅いところほど使用効率がよいのです。

■窒素吸収が少ないから、水面休息が短くてすむ?
ナイトロックスの利点を生かして、
空気なら18mで60分だったノーストップタイムを40分延長したとします。

実際には約14-15mで100分のダイビングをしたことになります。
すると空気の18mダイブのノーストップリミット、
ナイトロックス32の14mダイブを比べてみると、
ナイトロックスダイブのほうが、反復グループは大きいことがわかります。

つまり、ナイトロックスを使ってノーストップタイムを延長すると、
水面休息時間は長くなってしまうのです。
理由は深くて短いダイビングを、浅くて長いダイビングと交換したからです。
浅くなるほど、吸収と排出の遅い組織の方に蓄積されるからです。

■飛行機搭の待機時間が短くなる?
飛行機待機時間は長い水面休息時間です。
18時間といった待機推奨時間は、あくまでも経験的、実験的に決められたもので、
これだけ待つと、減圧症が少なかったという実験結果をもとにDANが推奨しています。

もともとこれだけ待つのであれば、ナイトロックスである直接の理由はないのです。
もちろん窒素の蓄積が少ないということは、よいことなんですが、
待機時間が短縮できるなんて、コマーシャルは誤解を招きそうです。
当然ナイトロックスを使ったからダイビング後の高所移動の問題の、
決定的な解決策にもならないでしょう。

とまー、否定的な理屈の説明をしちまったのですが、
窒素が少ないナイトロックスを生かすには、延長されたノーストップタイムを
ひたすら使わずに安全マージンとして使うことであります。
つまり余裕分としてリザーブすることにつきます。

特に連日の反復ダイブが当たり前のリクリエーションダイビングでは、
その典型、外国でのボートツアーでナイトロックスが使われるのは、
少しでも、この安全マージンを溜め込んでおくことで、
解決策というよりもトータルな面での改善策につながると思うのです。

今日のところはこのへんで。

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PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
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