話題のダイビング本「リキッドエリアの幸福」と著者・中田誠さん
今年、出版されたダイビング関連の中で最も注目すべき本が、
「リキッドエリアの幸福」(中田誠著/成山堂)。
■詳細は→こちら
「誰にでもできる安全ダイビングの手ほどき」とした入門書だが、
この本をひと言で表すなら「熱き本」。マグマのような熱量が根底に流れている。
そのマグマの源泉は何か。
著者の中田さんは、自身がダイビング事故に遭い、その時の対応に憤りを感じたことが、
ダイビング事故の追究、そして業界の追及へのきっかけとなる。
その後、実に18年(!)もの間、私財を投じ、独自に取材、調査、研究、そして出版を続けている。
■中田さんの著書
先日、中田さんにお会いしたとき、そのモチベーションはどこから来るのかたずねると、
「それこそ家一軒買えるほどお金を使いましたが、
自分がやめたら誰もしなくなる。終わってしまうからです」とおっしゃっていた。
中田さんが問題視するのは、「業界が本当のリスクを開示しない」こと。
本の中でも、「ダイビングビジネス品質の改善をしようという気概を持つ業者がごく少数」
で手抜き業者が横行しているとし、メディアに対しても
「ダイビングビジネスにある問題を勉強せず、何か聞くときにもダイビング業界や
そこに取り込まれている人が関係した所に聞くことで、
用意されているか調整されていた回答を聞くだけ、という取材の仕組みになっている」と手厳しい。
癒着の上で、安全より営利が優先されているというご指摘。
東電問題のミニチュア版といったところだろう。
時に闘うこともあったのだろうが、
基本的に、ダイビング業界には無視されてきたように思う。
ご本人も「私と付き合うと嫌われますよ」と自嘲気味におっしゃっていたが、
奇人、変人扱いする人さえいた。実際、僕の耳にもそんな噂はよく入ってきた。
図星をつかれるのは誰だって痛い。見たくないし、遠ざけたい。
そんな状況の中での18年間。
本の中に、メディアがなぜこんなに体たらくなのかという理由を述べている部分がある。
「ダイビングビジネスの深いところを手間暇かけて勉強しても、
それで名を上げて出世できるわけでもないし、
また儲かるわけでもないからなのかもしれません」
この部分が、まさに中田さんの18年の嘆きであり、
逆説的な自負であり、そしてマグマの源泉ではなかろうか。
※
富士山の美しさに目を奪われても、根底に流れるマグマは目に見えない。
「リキッドエリアの幸福」も、一見するとダイビングの入門書。
ダイビングの魅力が多く語られ、美しい海中や華やかなモデル、女性に特化した章まである。
しかし、その根底に流れるのは、強烈な批判精神で、著者自身は否定するかもしれないが、
ダイビング入門書の仮面をかぶった業界批判本というのが僕の率直な感想だ。
まさに最初のページ「はじめに」の中に、
「この本は”いつものような”ダイビング紹介本と違って……」
という皮肉めいた一節がまさに本質を表している。
「安全にダイビングを楽しむ」という思いは一緒なのに、
相容れない何かがあるとすれば、ロジックとは別の、
こうした皮肉や逃げ道のない批判も要因のひとつなのかもしれない。
また、ロジックとしても、平行線をたどる運命かもしれない。
中田さんは徹底的な消費者目線。言い換えれば徹底した安全目線。
安全を追究した結果の象徴として、中田さんは
体験ダイビングや講習はマンツーマンであるべきだと提唱する。
ダイビング事業者は、もちろん経済的論理を加味した上で落としどころを探るしかないが、
今すぐにマンツーマンが必須となれば、現状のビジネスモデルはきっと成り立たない。
徐々に変化していく道筋はないかと中田さんに話を向けると、
「ダイビング業界は劇的に変わる必要があります」と。
中田さんのおっしゃることは革命。もはや落としどころはないのかもしれない。
だからこその魅力であり、おそらくダイビング業界随一の事故や訴訟のデータベースと知識、
そして革命的視点を持つ中田さんの声に耳を傾けるのは、
とても有意義なことであることは間違いない。そうでなければもったいない。
また、あえてダイビング業界に立つなら、
中田さんの潜水事故訴訟のエキスパートとしての地位を知っておいたほうがいい。
これだけの事故関連の著書と立場がある方。
業界が無視しても、その発言は効きますよ、いろいろ。
いずれにせよ、「リキッドエリアの幸福」。
話題に尽きない内容です。ぜひ読んでみてください。
中田さんの著書と「スキルアップ寺子屋」。いつも並んで売られている(笑)