爆弾と戦車を背負って潜るダイバー

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〜我潜る。故に我あり。〜

ダイバーが最もイラッとさせられる表現のひとつに、「酸素ボンベを背負って…」という、
何回、訂正を要求しても性懲りもなく使われ続ける、
ダイビングに無理解なメディアの用語法がある。

この短い表現にはふたつの「誤り」がある。

まず、ふつうダイバーが吸っているのは「空気」で、酸素ではない。
また背負っているのは「タンク」であって「ボンベ」ではない。
「ふつう」と書いたのは、「加速減圧」という特殊な目的のために
本当に純酸素を持って水中に入るテクニカル・ダイバーもいるからだし、
「タンク」ではなく「ボンベ」という呼称をむしろ昔から使い続けてきた
海洋研究開発機構JAMSTECのような組織(俺たちは職業人であって、
遊びで潜っているのではないのだからという自負心のあらわれのようにパパもんは感じる)
も日本には存在するからだ。

なぜボンベという言い方があるのか。

ボンベとはもともとドイツ語のBombeに由来する外来語なのだが、
ふつうの意味ではそれは「爆弾」である。
大きな独和辞典には派生的な意味として、たとえばガスボンベGasbombeという場合に
高圧ガス容器のことを指すとの記載もあることはある。

しかし、パパもんがドイツ語のサイトをいろいろ調べてみる限り、
ドイツ語で「ガスボンベ」あるいは「酸素ボンベ」と入力してヒットするのは
かなりの高確率で、ガスや酸素を材料に用いてそれを爆発させる仕掛けの爆弾の方である。

ドイツのダイビング業界では、日本人ダイバーが「タンク」と呼んでいるものは
Luftflasche、
直訳すると「空気の瓶」と呼ばれている。
知り合いのドイツ人にも確認してみたが、爆弾と形が似ているから
「ボンベ」という俗称があるだけで、専門家はFlasche、「瓶」の方を使うらしい。
ドイツ版のWikiにも当たってみた。「ボンベ」の説明は以下のとおり。

「ボンベとは爆発物で満たされた容器であり、破壊ないしは殺人を目的として、
着火装置、センサー、あるいは遠隔操作などで爆発させることができるものである。」

前段部分は、中に充填されているのが酸素やプロパンガスなどの場合、
日本語のボンベにも定義としては確かにあてはまる。
したがって「酸素ボンベ」や「ガスボンベ」と言う表現はアリかも……
とパパもんも思わないわけではない。

実際、酸素プロバイダーのインストラクター資格も持つパパもんは、
日本語では「酸素ボンベ」という言葉は使うが「酸素タンク」と呼ぶことはない。
中に入っているのが空気や液体の場合にだけ、「タンク」という言葉を使うという、
ある種の使い分けをしている。(もっともガソリンのような爆発物の場合でも
「タンク」と言っちゃうから不徹底で、ちっとも偉そうなことは言えないのだけどね。)


黒光りして、確かに「爆弾」のように見えなくもないパパもん所有の「酸素ボンベ」。
爆発したら恐いので自宅ではなく研究室で保管している。(研究室なら爆発してもいいのか?)

しかし本家、ドイツでも、いくら形が似ているからとはいえ、
あれを「爆弾」と呼ぶことは不謹慎だとの理由からなのだろう、
「ボンベ」は今ではほとんど使われなくなった表現なのだ。
その意味で高圧ガス容器を「ボンベ=爆弾」と平気で呼んでいるのは
実は日本くらいなのかもしれない。

英語世界でもtankという言い方ではなく
シリンダーcylinderという表現が使われることが多いが、
そこにも実は同じような心理的抑制が働いているのかも知れない。
というのもご存じの通り、tankには「戦車」という意味もあるからである。
しかしその用語法の成立事情は、
もともと爆弾を意味していた「ボンベ」が転用されたケースと真逆である。

戦車は「秘密兵器」としてイギリスで開発されたものであり、
それを偽装するために、自分たちが開発しているのは武器ではなく、
ロシア向けの「水タンク(tank supply)」であるとの秘匿言語が用いられていたらしい。
タンク=戦車の由来はその秘匿言語が正式な呼称になったことによる。

いずれにせよ、「爆弾三勇士」じゃあるまいし、
爆弾や戦車を背負って海に入ることだけは、パパもんとしては勘弁して欲しい。

 

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