無駄な特等席
今日は江ノ島花火。
まさに、今、目の前で花火が打ちあがっている。
おかしい。
なぜ、江ノ島のタワーが見える自宅の窓から、
仕事しながら独りぼっちで見ているのだろう。
さっき、家に帰って来る電車内は、
浮かれる浴衣姿の若者たちでごった返していた。
ものすごくハイテンションな若者を、
苦虫を噛み潰すような顔で見つめるのは、
たまたま通勤の帰りと当たってしまったおじさんたち。
もちろん、僕もおじさん寄りなわけだが、
僕の場合、単純にきれいな女性の浴衣姿と
露出度の激しい水着のような服にニンマリとした後に、
「うらやましい……」と軽く切なくなる。
昨年、引越しをするとき、あれこれマンションやアパートの
パンプレットを見ていると、
“江ノ島の花火が見られる!”というキャッチフレーズの入った、
このマンションのパンフが目に入った。
一緒に住居探しをしてくれた、女子の後輩ちゃん二人が
「兄さん、この部屋にすれば、
間違いなくモテまっせ(ニヤリ)」
「そして、江ノ島花火でキマリでっせ(ニンマリ)」
と口を揃えるので即決。
そして、困惑する不動産のお兄ちゃんと
呆れる友人のまこっちゃんをよそに、
後輩ちゃんたちと綿密なシミュレーション。
和尚(以下 和):後輩ちゃん、花火の日に、この部屋を使ってスムーズにベットに来てもらうにはどうしたら良いかね?
後輩ちゃんA(以下A):兄さん、いつもはどうしているの?
和:手を広げて、こっちおいでよ。みたいな、みたいな〜。
後輩ちゃんF(以下F):キモッ!
A:兄さん、最悪ですな。
F:ちょっと、自分のことモテキャラだと思っていません?
それやっていいのはジャニーズクラスだから。
兄さん、ただの和尚なんだから、
もっと用意周到にやらなきゃダメですってば。
和:ごめん。全面的に俺が悪かったよ……。
A:初めからやり直し。さあ、今日は花火の日です。
部屋に狙いの子が来ました。はい、どーする?
和:ってか、部屋に来てくれた時点でOKなんじゃないの?
F:そこでツメを誤るのが兄さんでしょーが。
A:兄さん、安パイ気質あるから、女の子にまったくそんな気がない可能性もあるし。
和:君らも「遊びに来たら泊めてくださいね〜」なんて言っているけど、襲ったら怒るわけ?
F:無理っ!
和:……。
A:そんな恐ろしいこと想像させないでください。
で、話を戻して花火の日。さあ、ど〜する?
和:「こっちに座るとよく花火見えるよ」ってベットの上に来てもらって、何となく見つめ合って、キスをして、抱き寄せて、そんでもって、
ベットの上でも打ち上げ花火や〜
(彦麻呂風)。
ド〜〜〜ン。た〜まや〜。
A:おいおいオッサン。
F:ド〜ンじゃないですよ、ド〜ンじゃ。
和:下半身は、すでに江ノ島タワーや〜
(やっぱり彦麻呂風)。
打ち上げるのは2尺玉や〜
(どうしたって彦麻呂風)
A:ちょ、新橋ギャグやめてください。
F:まずはリビングで花火を見て、そして、ちょっとお酒を飲ませないと。
A:そう、お酒。いきなり寝室行っちゃダメでしょ。
F:で、ちょっとホロ酔い加減になったところで、
リビングでキスだってば。
A:なんなら泥酔させちゃうってのもこの際(笑)
和:結局、酒かよ! いやだ! 酒の力、借りない。
次の江ノ島花火では、俺は計算なしで愛を持ってひとつになるのさ。
きっと見つめ合えばわかるはず。
A:その前に現実と見つめ合わないと。計算なしの無邪気キャラで押し通すつもりなら、江ノ島の花火、兄さん、ひとりで見ているに1000点。
F:もう、1000点上乗せ。
君たちピンポ〜ン。
大正解〜。2000点、獲得〜〜……。
しくしくしくしく。くそっ。花火がこんなに寂しいもんだとは。
来年のこの時間は、浴衣のはだけた素敵な女性が隣にいることを夢見て。
た〜まや〜
※しかし、花火がよく見える。
不動産屋さん、あなたいい仕事しましたよ。
パンフレットに偽りなし。
しかし、何たる無駄な特等席だろう……。