ダイバーのための水分補給のススメ

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脱水は体に多くの不調をもたらします。しかし、ダイビング中はトイレに行けないことから、水分補給を我慢してしまうダイバーは少なくありません。水分補給は、熱中症のみならず簡単で効果的な減圧症対策にもなります。DANヨーロッパのトレーニングを担当するGuy Thomas氏が、ダイバーにとってなぜ水分補給が重要か、また、ダイビング旅行に出かける際の注意点について解説します。

※本記事はDAN JAPANが発行する会報誌「Alert Diver」2019年7月号からの転載です。

CHAPTER01 ダイビングと脱水

脱水がダイビングの安全に及ぼす影響を考える

体内から放出された水分量よりも摂取した水分量が少ない場合、脱水状態となります。脱水は健康上のトラブルへと発展することがあるため、予防が必要です。一般的に、脱水状態になると(特に持続的、またはひどい脱水症状の場合)、頭痛やパフォーマンスの低下、苛立ち、錯乱、疲労、筋肉の痙攣、体温調節力の低下、意識レベルの低下、というような症状が体に発生します。生命をおびやかすショック症状に至ることもあります。また、長期的には腎臓結石の原因になることがあります。

以上のように、ダイバーであろうとなかろうと健康状態に影響を与えるため、脱水状態は絶対に回避するべきです。私たちダイバーにとって、脱水は減圧症(DCS)発症のリスク要因であるという、通常とは異なる心配もあります。これは、なぜでしょうか? 脱水状態では、血漿量及び組織への血流が減少し、血液の粘度が上がり、血流が悪くなります。血液は身体に栄養を運搬し、ガス交換の役割も果たすため、血液粘度が高くなると窒素の排出に悪影響を与え、減圧症を発症するリスクが高まります。

減圧症の発症リスクはどれくらい大きくなるか

原則として、ダイビングは脱水になるリスクを増加させます。しかし、DANヨーロッパで展開しているDSLプロジェクト(※1)のリサーチでは、多くのダイバーが事前に充分な水分を摂取せずにダイビングをしていることが判明しました(さらに、ダイビング後も充分な水分を摂っていませんでした)。

普段のダイビングをする際には、正しい水分補給はダイバーにとって重大な問題にはなりにくいです。これは無視して良い問題ではありませんが、ひとたび休暇を取りダイビング旅行に出かけるとなると、ダイビングの回数が増え、(通常は)天候が良いため、リスク要因が増加します。したがって、ダイビング休暇中の適切な水分補給は、重大な問題となります。
※1 DANヨーロッパDSL(Diving Safety Laboratories)プロジェクト=ダイバーから潜水プロフィールやダイビング前後の健康状態などに関する情報を収集し、ダイビング後の気泡形成や減圧症発症のメカニズムを解明することを目的とするプロジェクト

CHAPTER02 ダイビング旅行中に脱水になるリスク要因

ダイビング旅行中に減圧症リスクが高まる理由

ダイビング旅行中というだけで、脱水を誘発するリスクが増加するわけではありません。ダイビング旅行中のダイバーには、無意識のうちに通常よりも早く脱水状態となる、行動上、環境上のリスク要因があります。

まず、お気に入りのダイビングスポットに向かう際、ダイバーが飛行機に搭乗したときから脱水は始まっています。機内の空気は地上よりはるかに乾いていますが、肺の中に取り込まれた空気は加湿されます。この体の働きより、体は搭乗中に刻々と水分を失っていきます。

搭乗中は、1時間ごとに240mℓの水を飲むことが推奨されています。つまり、イギリスからエジプトに行くとすると、飛行時間は約5時間となるため、1.2ℓの水を摂取し、水分のバランスを保たなければなりません。また、イタリアからエジプトだと約3時間となり、約750mℓの水分が必要となるでしょう。しかし、フライト中は、ほとんどの人がそこまで多くの水分を摂りません。

また、フライト中に、コーヒーやコーラ、あるいはビールを飲む旅行者が多いですが、これらのような飲み物には、水と同様の水分補給効果はありません。さらに、アルコールやカフェインを含む飲み物には利尿作用があり、これらを飲むと体内細胞の水分が奪われます。すると、尿の生成量が増えて脱水症状を引き起こすため、最終的に、ダイバーは軽い脱水状態で目的地に到着することになります。

しかし、これはまだ、旅行の始まりに過ぎないのです。ダイバーが旅行中にしたいことは何でしょうか? 太陽を満喫し、海で遊び、なるべくたくさんのダイビングをし、夜にはお酒を飲んで楽しむことですよね。それでは、次に、このようにダイビング旅行を楽しむことにより、通常よりも早く脱水状態になる理由を考えてみましょう。

脱水を発生する要因

要因1、太陽(日光)

美しいサンゴ礁や、色鮮やかな魚が泳ぐ水温の高いダイビングスポットは、多くのダイバーにとって魅力的と感じられるでしょう。こういった地域では、暖かく、晴れた天候となり、しばしば湿度が高くなります。

このような状況では、汗をかきます。汗をかくと体内の水分が失われ、水分が補給されない限りは脱水を引き起こします。また、日焼けをした場合には、水分は加速的に失われていくことになります。日焼けをすると、皮膚が赤く熱くなり(時には痛みを感じることもあります)、体が反応して皮膚に水分を送り出します。日光と風がこの湿気を蒸発させ、さらに水分が失われます。屋外気温が高い場合には、ボート上などで肌に風を感じ、クールダウンすることを好むダイバーも多いかと思います。ところが、実際には風(自然の風や、ボートの移動により生み出される風)は汗と水分を蒸発させるため、脱水症状がさらに悪化してしまいます。

要因2、海水の塩分

海から上がってくると、水(海水)が乾燥し、塩の結晶が肌に残ります。このようにしてできた結晶をよく目にしますが、塩の結晶は水分を吸収し、保持することができます。つまり、これは結晶が肌から水分を奪い日光と風によって水分が蒸発し、さらに脱水のリスクを促進させているということを意味します。

要因3~5、ダイビングによる発汗・浸水利尿・圧縮空気の呼吸

ダイビングには、発汗・浸水利尿(尿生成量の増加)・圧縮空気の呼吸、という3つの特有の脱水症状を悪化させる原因があります。ダイビング中はウエットスーツやドライスーツにより体温を保ちますが、陸上での着用中に体温を下げることはできません。暖かい気候下で、Tシャツを着ているだけですでに汗をかいているのであれば、スーツの下でどれくらい汗をかくかを想像してみてください。

また、ダイビング中には周囲圧の上昇や、冷水温によって手足の血管が収縮するため、血液が手足から体幹(心臓、肺、大きな内部血管)に移動し体を温かく保とうとします。ところが、体はこの体幹の血液量増加を水分過剰と認識します。腎臓はこの水分過剰に反応し、通常よりも多くの尿を生成することにより、水分と塩分がさらに失われることになります。

このため、ダイバーが、ダイビング中やダイビング直後に排尿しなければいけないと感じる状態は、「浸水利尿」と称されます。多量に排尿するのは、十分水分を摂っているからだと思うかもしれませんが、実際には過剰な水分が失われているのです。

さらに、ダイビング中に水分を失うもうひとつの原因は呼吸している空気です。シリンダー内の空気は乾燥しており、肺の中の空気を加湿する必要があるため、前述の飛行機搭乗と同様に体内の水分がさらに失われます。また、低水温の水中では、肺の中の空気を温めるために、より一層肺に負荷がかかり、水分損失量はさらに増加します。

要因6、アルコール

旅行中、自由な時間を満喫中に、多少のお酒を飲み、楽しむことは珍しいことではありません。当然、飲酒してダイビングするのは厳禁ですが、飲酒による酔いだけではなく、アルコールは脱水症状を加速させます。ご存じのように、アルコール(カフェインを含むコーヒーや紅茶などの飲み物はもちろんのこと)には利尿作用があり、排尿量は増加します。その結果、頻繁に排尿することで脱水状態になります。

要因7~8、吐き気・下痢

飲み過ぎや船酔いなどで嘔吐すると、短時間で大量の水分と塩分を失い脱水を促進させます。旅行中の下痢(不衛生な食べ物を摂取したために起こる腸感染から発症)には、同様のマイナス効果があります。

要因9、投薬

薬(特に血圧の薬など)の中には利尿作用があるものが存在し、脱水症状を引き起こします。ダイビング旅行で毎日2ダイブ以上ダイビングをしたいと希望するダイバーが、脱水症状や減圧症のリスクが高くなるのはこれで理解してもらえると思います。ただ「ダイビング旅行中」というだけでは減圧症のリスクは増加しません。しかし、ダイビング旅行中、ダイバーは気づかないうちに、脱水のリスクが促進するのには上記9つの行動的、環境的な原因が挙げられます。

CHAPTER03 脱水の予防と対処

脱水状態に早く気づき対処する方法とは?

一般的に、脱水状態を確認する良い指標は、尿の色です。身体が正常な状態であれば、尿は透明、または薄い黄色となるはずです。尿の色は、特定の薬によって影響を受けることがありますが、脱水状態では通常濃い色の尿になります。また、尿がほとんど出ないということは、脱水状態にあるといってもいいかもしれませんが、尿が多量に出たからといって、水分補給が十分だという指標にはなりません。

多くの場合、脱水の症状は軽度であることが多く、水を飲むことで簡単に解決することができます(下図)。水に加え、経口補水液またはアイソトニック飲料(※2)を飲むと、失われた塩分や電解質を補給することもできるとされています。しかし、さらに重度の症状がはっきり見られる場合は、直ちに医学的な処置を受ける必要があります。

脱水状態の改善を試みるよりも、脱水を予防するほうが、はるかに良いでしょう。ダイバーは、予防するだけで減圧症の発症リスクを減らすことができます。

※2 アイソトニック飲料=スポーツドリンクの一種。糖分、電解質を含み、体液と同じ浸透圧で、ゆっくりと水分が体に吸収されます。発汗中は吸収が遅くなるため、運動前に飲むことが勧められています。 ※3 のどの渇きを感じるということは、すでに軽い脱水状態になっているということです。のどが渇いたときだけ水分補給をすれば良いというわけではありません。

以上、脱水、及び脱水が身体に与える影響について説明しました。結論としては、

①ダイビング後には毎回真水で体を洗い流し、
②ダイビング直前までスーツを脱いでおき、
③アルコールあるいはカフェインを含む飲料の摂取を避ける、もしくは控え、
④過度の日光浴、日焼けをしないようにする

ことが大事だということになります。

さて、もっとも簡単に脱水症を予防するには、多量の水分を摂ることです。ところが、大量の水を一気に飲むと血漿の量が急激に増加し、その結果尿量が増えるのみであり、体組織に水分はいきわたりません。このため、ダイビングの直前や後に1ℓの水をまとめて飲むのではなく、15~20分ごとにコップ1杯の水を飲むほうが良いでしょう。この方法では、組織に水分が補給され、結果として、気泡形成と減圧症発症につながるガス交換の抑制を防ぐことができます。

実際に必要な水分量は、多くの要因によって異なります。しかし、1日の通常水分量に加え、水を少なくとも2ℓ飲むことで十分な水分量を保つ助けとなります。また、果物や野菜などのような水分の多い食べ物を摂るのも良いかもしれません。最近では、ダイビング中に水中で飲むことができる飲料バッグも販売されています。

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「DIVERS HELPING DIVERS」

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緊急ホットライン、医療インフォメーションライン(医療相談)、潜水医学の研究、ダイバーへの教育、レジャーダイビング保険の分野で、活動しています。

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