海中からダイバーがLINEやSNSライブ配信できる未来は近い!? KDDI総合研究所の挑戦

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「海中でのコミュケーション手段はハンドシグナル、スレート、音。この3つに加えてもし、スマホでメッセージの送受信ができたとしたら?それが実現できる日も遠くないかもしれない」。そう語るのは、スマホを使った陸上と海中の通信で世界初の実験を成功させた「株式会社KDDI総合研究所」の西谷明彦氏。ダイビングのアップデートを目指すオーシャナ編集部も気になるその内容を伺うべく、東京・虎ノ門にある研究所に突撃取材を敢行した。

実験の指揮を取るのは、自らもダイバーである西谷明彦氏

海が好きで、船舶操縦士の免許も持つ西谷氏は、すでに300本弱を潜っているダイバーでもある。印象に残っているダイビングスポットは、3年前に行ったアイスランドのアメリカプレートとユーラシアプレートの境目、つまり地球の境目が観られるところだという。水温は3度で、透明度も非常に高く、その光景は非常に興味深かったそうだ。そんな海にまつわる、ダイビングや釣りといったレジャー産業に使える通信ツールの研究開発をKDDI総合研究所では行っている。

西谷氏が実際に撮影したアメリカプレートとユーラシアプレートの境目(写真提供 KDDI総合研究所)

西谷氏が実際に撮影したアメリカプレートとユーラシアプレートの境目(写真提供 KDDI総合研究所)

世界で初めて成功した“海中でスマホを使う”実験内容とは

KDDI総合研究所が行った世界初の実験について、早速、西谷氏にお話を伺っていく。

「私たちが行う実験で第一に考えたのは、一般の方がレジャーで使えるような通信技術を開発することです。消費者の目線に立ったとき、まずやはり気になるのは『海中でも陸上と同じように通信できるのか』『海中でスマホ使えるのか』『海中からSNS送れるのか』などといったことでした。そのニーズに応えるために、世界でも前例がない本実験の実施に踏み出しました」。

すでに専門家のあいだでは、大規模な設備を使った商業向けの検証は進んでいたが、一般向けではなかったのだという。一般消費者目線、つまりダイバー目線で考えられるのは西谷氏ならではかもしれない。

「まず行ったのは音波を使った実験でした。音波は例えば商業的な海底ケーブルのメンテナンス用ロボットを制御するために使われていますが、長距離通信はできてもその情報量は極めて小さいです。一方で、市販の比較的安価なカメラでも、横浜の海中で濁った状況でも動いているサヨリの動画を撮影することができました」。

うっすらとサヨリの姿が確認できる(写真提供 KDDI総合研究所)

うっすらとサヨリの姿が確認できる(写真提供 KDDI総合研究所)

「次に行ったのが、音波のかわりに、青色LEDの“光”を活かす実験です。音波より情報を伝達するスピードと容量が格段に大きくなります。青色LED光通信の基本的な仕組みは、目に見えないスピードで点滅する青い光を放つ2つの青色LED光無線通信装置(以下、通信装置)を光の届く範囲内で向き合わせ、信号を伝達し合うというものです。陸上側はパソコンと接続した通信装置の発光部を海中に沈めます。水中側はダイバーがスマートフォンと接続した通信装置を持って潜降し、陸上側の通信装置に向けて青い光を照射するというものです」。

「青色LED光無線通信技術を用いた海中のスマートフォンとの通信実験」と名付けられた本実験で、実際に使用したのは下図の装置。丸い筒が青い光を放つ通信装置で、その下にあるものが防水ケースに入れたスマートフォンだ。

実験に用いられた装置(写真提供 KDDI総合研究所)

実験に用いられた装置(写真提供 KDDI総合研究所)

これらの装置を、水面と海中で下図のように向き合わせて、実験は行われた。

(写真提供 KDDI総合研究所)

(写真提供 KDDI総合研究所)

この“光”には「水中でもあまり減衰しない」という特徴があり、特に青い光は、海中でも比較的吸収されにくく遠くまで届くという利点がある。さらにこの青色LED光通信の情報を伝達するスピードと容量は現行の携帯電話システムである4G LTEと遜色がないというから水中でも陸上と同じようにLINEや映像の送受信ができるというわけだ。

海中での実験は海水との戦い。いかされたのは、培ってきたノウハウ

実験は、静岡県沼津市の内浦湾で行われた。場所は、港から船で5分ほどの海上にある、内部の床がくり抜かれ、直接海とつながっている構造の特別な施設だ。

施設外観(写真提供 KDDI総合研究所)

施設外観(写真提供 KDDI総合研究所)

施設内部は直接海に繋がっている(写真提供 KDDI総合研究所)

施設内部は直接海に繋がっている(写真提供 KDDI総合研究所)

実験にあたり、最も気を使ったのがスマートフォンや通信装置の“防水処理”だという。防水性を高めようとすると配線方法や内部の排熱方法の問題が発生したり、防水ケースの隙間に髪の毛一本でも挟まっていると、海中に入れたとき浸水してしまったり。実は、実際に何度か浸水させたこともあったそうだ。

防水ケースに入れたスマートフォン(写真提供 KDDI総合研究所)

防水ケースに入れたスマートフォン(写真提供 KDDI総合研究所)

この課題にいかされたのは、数十年に渡り研究所内で蓄積され受け継がれてきた、海中通信技術のノウハウだという。もともと同社は、海底ケーブルの補修用ロボットの研究開発を綿々と続けてきたという経緯があるからだ。また驚くべきことに西谷氏は、世界中から32チームが参加した水深4,000mでの深海底探査の技術を競う世界大会(2015~2019年)にも日本発のチームの一員として加わった経験を持っている。

数々の分野のエキスパート集団の中に、西谷氏は主に通信技術・ソフトウェア部分の担当者として参戦した。深海の未知に挑む「Team KUROSHIO」と名付けられたこの日本発のチームは、その高い技術が世界に認められ、2位という功績をおさめた。

本実験でも、技術面はもちろん、最適な実験場所の選定にまで、そのノウハウを活かしたのだ。「誰もがすぐできる技術や実験ではない」、そう胸を張って教えてくれた。

果たして何mまで通信が途絶えなかったのか…。

「実験は、海中でも喋れる特殊なマスクを付けた3名のプロのダイバーに協力していただきました。ダイバーは海面を見上げながら、陸側の通信装置と、手にした通信装置の青い光がズレないように注意して少しずつ潜っていきます。現状では受光部と発光部の角度がずれると通信は途切れてしまうんです」。

角度がずれないように潜降していく(写真提供 KDDI総合研究所)

角度がずれないように潜降していく(写真提供 KDDI総合研究所)

「結果、ダイバーは水深5mまでLINEのメッセージを受信することができました。水中の透明度が高ければ、光がより遠くまで届き、もう少し深いところまで潜れたと思います。今回の実験では、スマホの防水ケースの仕様上、文章の入力ができなかったので、LINEメッセージを送ったのは陸上側からのみでしたが、そのかわりに海中からは高精細な映像をリアルタイムに陸上へ送ることに成功しました」。

これらは世界初のことだという。

LINEメッセージ受信に成功(写真提供 KDDI総合研究所)

LINEメッセージ受信に成功(写真提供 KDDI総合研究所)

映像にはイセエビが2匹写っていて盛り上がったという小話も。4Kレベルの動画や音も送れるそうだ。

※YouTube内のPCに映っている映像は、4Kではありません

10年後には、ダイビング中にも気軽にビデオ通話やSNS配信ができるかも⁉

私たちがダイビングで実際に利用できるのは、まだまだ先の話かと思いきや、なんと3年後を目指し通信装置の試験的な設置やサービスの実証実験を始められないかと考えているという。そうなると、ダイビング中にどんなことができるようになるのか聞かずにはいられない。

「たとえばダイビングでは、自分が観ている美しい光景を気軽にSNSでのLIVE配信や、水中のダイバー同士でメッセージのやりとりやビデオ通話ができるようになります。また、ナイトダイビング時には、青色LEDの光にプランクトンが集まり、それを魚が食べに来ることも考えられるので、新しいダイビングスポットの誕生もあり得るかもしれません。陸上から遠隔で水中ドローンを自由に飛ばすこともできるようになります。楽しみの側面だけでなく、ダイビングの安全性もかなり向上するでしょう。水中にいるダイバー同士はもちろん、陸上と海中で通信することにより、もしトラブルが発生したときには、現在地や状況をすぐに周囲に知らせることができるようになるからです」。

いままでできなかったことができるようになる夢のような話が、予想以上に近い未来に実現されるとあって、期待が膨らむ。

海中に“新たな生活圏を作り出すこと”を目指して

「今回の実験では、通信距離が5mでしたが、一般的なレクリエーショナルダイビングで潜る水深をカバーする20mに通信距離を伸ばすことが今の目標です。理想は、カフェに行ったら自動で無線LANがつながるようなイメージ。課題は多くありますが、海中での高速通信を実現し、最終的には水深200m以上の深海も含めた新たな生活圏をつくることを夢見ています」。

月や火星での生活する話は聞いたことがあるが、遠いようで身近な水中での生活は考えもしなかった。この水中通信における研究開発は、マリンアクティビティにとどまらず、深海で生活を実現する可能性を秘めている。私たちの常識が覆されるのも、そんなに遠い話ではないのだ。

実験の映像とともに、西谷氏は目指す未来を語ってくれた。(取材時の様子)

実験の映像とともに、西谷氏は目指す未来を語ってくれた。(取材時の様子)

今後も関係各社とも協働しながら、技術開発を推進していくという。また、青色LED光通信は海中に無線LANスポットを構築することが必須なため、環境に配慮しながらいけすやブイ、ボートの船底、ドローンなど、広範囲に設置していく予定とのこと。海の高速通信は、技術開発だけで構築していけるものではなく、海洋レジャーや漁業関係のみなさんとコミュニケーションを取りながら、協力体制を作り上げていくことが大切だと考えているという。

オーシャナでも、昨年の5月にサンゴの産卵のライブ配信を行った。そのときは、船上から端末ケーブルを用いて水中カメラと水中ドローンに繋ぎ撮影し、大掛かりな生配信を行ったが、将来的にはスマホ一つで海から動画の生配信をできる日も遠くはないのかもしれない。人と海が新しい関わり方をできる未来を想像すると、とてもワクワクする。今後の実験もぜひ追っていきたい。

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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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