ダイビング中の事故と刑事訴訟(刑事処分)について

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ダイビング事故と刑事処分

ダイビング中に事故が発生した場合でも、必ずしも民事訴訟になるわけではありません。
死亡事故や重度後遺障害が残るなど、発生した結果が重篤で、また、ガイドやインストラクター側の過失が明らかで、その程度も大きいなどの場合、ガイドやインストラクターが刑事処分を受ける可能性があります。

ガイドやインストラクターがダイビング事故を起こした場合の刑事処分としては、刑法221条1項の「業務上過失致死傷罪」が適用されることになります。
この法定刑は5年以下の懲役若しくは禁錮又は100万円以下の罰金になります。

もし、刑事処分を受ける可能性がある場合には、処分が決定する前に示談を成立させるようにして欲しいと依頼されることがよくあります。
示談が成立していることによって不起訴処分になったり、起訴された場合でも刑の程度に影響が生じてくる可能性があるからです。

ダイビング事故は、海中という特殊性があり、また、検察官もダイビング自体を理解していない場合も多いため、事故から起訴までの期間は比較的長く、2年程度はかかることが多いのではないかと思いますが、その間に、担当検察官より「示談は成立しそうか。」などと聞かれることもしばしばあります。

過失の程度が大きかったり、被害者感情が厳しかったりなどして、厳しい刑が予想される場合には、できるだけ刑事処分の前に示談を成立させるようにしています。

もっとも、示談締結ができないまま、刑事裁判が始まってしまったからといって、処分が重くなるわけではありません。
金額の合意などができないために示談締結に至らないのであれば、それはやむを得ないものと考えられるからです(この場合、弁護人が示談締結に至らない理由などを報告書にして裁判所に提出したりします)。

ただし、保険に入っておらず、賠償金を支払う能力がないために示談ができない場合には別です。
ガイドが賠償保険に加入していなかったことを量刑の考慮要素にして、実刑となった判決もあります。

なお、刑事手続きになった場合でも、正式な裁判が開かれるのではなく、書面での手続になる略式命令が大半ではないかと思います(略式命令の場合は100万以下の罰金となります)。

セブ島のハナダイとソフトコーラル(撮影:越智隆治)

講習中のエア切れ事故

アドバンス講習中の事故で、厳しい刑事処分が予想されたものを担当したことがあります。

アドバンス講習と言っても、事故者以外の2名の受講生のダイビング経験はそれぞれ4本で、事故者も4本程度だったようです。

アドバンス講習の一環として、ディープダイビング講習が行われました。
30メートル地点で所定の講習が行われ、その後、受講生とインストラクターは一緒に浮上したのですが、浮上途中でインストラクターは事故者を見失いました。

インストラクターは、当然、事故者も一緒に浮上しているだろうと考えていたのですが、事故者は海面で意識不明の状態で発見されました。
なお、受講生のうち1名は浮上中にエア切れになっていてインストラクターからエアをもらいながら浮上し、もう1名の受講生も浮上時の残圧は5程度になっていました。

インストラクターは「残圧管理も講習の一環」と考え、30メートル地点での受講生の残圧は確認していませんでした。

この事案の処理について

この事案については、事故状況などを伺った時点で、できるだけ早急に示談を成立させる必要があるだろうと思いました。
浮上中に事故者を見失っているだけでなく、他の受講生の状況から、事故者はエア切れになっていた可能性が高いと考えられました。

インストラクターの過失は明らかで、事故者のダイビング経験や事故状況から、過失相殺ができる事案ではないと判断しました。

事故者のご遺族にも代理人弁護士がついたことから、できるだけ早く示談をさせて頂きたいと考えている旨の連絡などを差し上げました。
しかし、その後遺族側の代理人弁護士は辞任され、ご遺族の方に直接、お手紙を差し上げるようになったのですが、「気持ちの整理がつかない」というお話があり、なかなか示談の申し出もしにくくなってしまいました。

何もできないまま時が経っていきました。
ご遺族の心情を考えると、非常に申し訳なく思いましたが、その間に刑事処分も終わってしまいました。

ご焼香に伺えたのは事故から6年以上経過してからでした。
不法行為の時効は3年で、賠償請求権も消滅時効にかかりますから放っておくこともできたのかもしれませんが、とてもそのようなことはできませんでした。

もっとも、この事案は、ご遺族から「(亡くなった)子供は紛争を好まなかった」という話があり、紛争になることなく解決しました。
お金では解決ができない人の命の重みをつくづく感じました。

どうしてこんな事故が起きたのだろうと今でも事故を悔やみます。
インストラクターの方やガイドの方は「命を預かっている」ということを今一度思い出してほしいと思います。 

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PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
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