久米島のサンセットダイブでヒレナガヤッコの放精放卵シーンを激写するまで

ヒレナガヤッコの放精放卵(撮影:越智隆治)

久米島、ダイブエスティバンでお世話になって取材を続けている。

今回の取材のメインテーマは「繁殖行動」ということは、前のヘッドラインで書いた。
初めて行った久米島で課せられた難しい水中撮影テーマとは|オーシャナ

その撮影のメインとなる撮影を行なう2日目のサンセットダイブで、ハナゴイやヘラルドコガネヤッコ、ヒレナガヤッコなどの繁殖行動を撮影したが、「できれば卵が写っている写真を1カットくらい撮影したい」と自ら、テーマのハードルを高くしてしまい、川本さんに無理を言って、取材3日目もサンセットダイブに船を出してもらうことになった。

昨日まで持っていた天気も崩れ、3日目は、雨。
しかも風も出てきて、風向き次第では、もしかしたらサンセットダイブは無理かもしれないと言われた。
それでも、これはどうしても撮りたい、いやそのチャンスが欲しい。コンディションが悪くて不戦敗は一番後味が悪い(別に負けたわけじゃないけど)。どうせ撮れないにしても、当たって砕けたい。

キャンセルの可能性はあるが、とにかく準備はしておくことにした。
長く潜らせてもらうためにその日の3本目のダイビングをスキップし、2本目が終わった午後1時からサンセット出発の午後5時30まで、ウエットスーツを脱ぐこともなく、天気が持つ事を願っていた。

その風がおさまり、ウーマガイへと向かった。
天が味方してくれた。

魚たちの繁殖行動は、種類によっては、潮の流れに大きく左右される。
潮が悪ければ、もしかしたらあまり頻繁に行なっていない種もあるかもしれない。
そんな中、昨日の様子から、卵が写り込む写真を撮影する被写体をどれに絞るかをボート上でも色々考えていた。

どれか一つに絞らないとダメだ。
あちこちに目移りしていたら、集中力が持続しない。
ハナゴイか、ヒレナガヤッコか、はたまたヘラルドコガネヤッコか…。

昨日の様子から、一番撮れる可能性が高そうなのは、リーフの棚上の水深5~10m以浅で繁殖行動を行なうヘラルドコガネヤッコだ。
それに、繁殖行動を行なう他の魚たちとも離れているし、集中はできる。

ただ、個人的には一番難しいハナゴイを狙いたい。
と、この後に及んでまだ自分自身でハードルを上げていた。

オスは婚姻色を出して、ドロップオフの中層でフラッタリングという繁殖行動を行い、メスを誘惑しようと懸命だ。
川本さん曰く、このフラッタリングの様子は、「ハナダイのオスが、バタバタしてる」という擬音で表現される。上手く想像がつくだろうか?

ちなみに僕には、身体を子刻みにふるわせて、ホバリングする姿は、ちょっと古いけど、お笑いタレントの小島よしおが、早回しで「いえ〜」とやってるように見える。

あちこちでハナダイのオスが婚姻色出して、早回しの「いえ〜」ってやりながらメスを誘惑してる。
そう考えるとハナダイの顔が全部小島よしおに見えて来た。…というのは嘘だけど。

そして、同じくそのドロップオフの際では、ヒレナガヤッコのオスもフラッタリングを行なっている。

川本さん曰く、ヒレナガヤッコのフラッタリングは「ヒレナガヤッコがテレテレしてる」と表現しているように、ハナゴイ程激しくはない。

彼等は、普段あまり広げない全身のヒレを全回にして、メスを誘惑する。
それに誘惑されたメスが、後ろからついてきて、オスがタイミングを見計らって、メスの後ろに回り込み、ナズリングという産卵を誘発させる行動を取る。

ヒレナガヤッコの放精放卵(撮影:越智隆治)

このナズリングは、川本さん曰く、「お腹にチュチュチュってしてる」という擬音で表現される。
こっちに関しては、自分はあまり特別思いつくイメージがないので、そのままチュチュチュってしてるってことにする。

ヘラルドコガネヤッコは、船に戻る途中でも狙える。
ということで、今回も昨日同様に、ハナゴイとヒレナガヤッコ両方の繁殖行動を一度にチェックできるドロップオフで粘ることにした。

しかし、いざ潜ってみると昨日ほど、バタバタしてる早回しの小島よしおが、もとい、ハナゴイが見当たらない。
どうやら潮が昨日ほど流れていないからか、あるいは、ハナゴイは3時半とか4時とかにも潮の条件さえ揃えば、精放卵を行なう事もあるそうで、もしかしたら、ピークが過ぎてしまった可能性もあるのだとか。

ということで、メインのターゲットは、その時点で、たまにフラッタリングしてメスを誘惑しているヒレナガヤッコに絞られた。
しかし、フラッタリングしたからといって、そのまますぐに産卵にまでは行かない事も多い。

ヒレナガヤッコの放精放卵(撮影:越智隆治)

とにかく待つ。ひたすら待つ。
ヒレナガヤッコのフラッタリングはまったく小島よしおっぽくはない。
ただ、ヒレを全開し、中層と数匹のメスが待つドロップオフの壁際を行ったり来たりする。
まあ確かに、身体を子刻みには振るわせている。

そのフラッタリングに対して、たまにメスが誘惑されかけるのだけど、なかなか産卵までたどり着かない。

たまに、ナガニザの集団産卵を撮影しながらも、常に意識は、この水深13m付近でテレテレしているヒレナガヤッコにロックオンされていた。

そして、待つこと70分程、何度ものテレテレテレを繰り返した後、あ、いや、フラッタリングを繰り返した後、やっとナズリングからの放精放卵が始まった。

暗くなった海で、ライトをオスのヒレナガヤッコに当てて、意識を集中させて、右の目でフォーカスを合わせる。
左の目で、ときおり、メスの位置を確認する。

チャンスは、ナズリングしている状態から放精放卵してオスとメスが離ればなれになる、ほんの一瞬しかない。
そのコンマ何秒の一瞬がいつ来るのかわからない。離れたと思ったときでは、もう遅いのだ。
昨日見た、ナズリングから放精放卵までのタイミングを感覚的に思い起こす。

このシャッターチャンスを狙うのは、新聞社時代にJリーグの担当をしていて、600mmのレンズを付けたカメラでゴールを決めるシュートシーンを、ボールを入れて切り取って撮影する感覚にも似ている。

シュートシーンにボールを入れて撮影するその瞬間も、コンマ何秒の世界だった。
そして、当時は、そのコンマ何秒の間の世界を切り取る事が、プロとして当然のように要求されていたわけだ。
ボールの入った決定的瞬間であるシュートシーンが撮れなかったお前が悪い、と。

このオスがフラッタリングを行なっていたメスは、3匹くらい。
この3匹全部と放精放卵したとしても、チャンスは数回しかない。

この時、僕は何度も水中で「ちくしょー!」とか「あ〜!」という悲鳴をあげていたに違いない。
いや、あげていた。

ファインダーからだけでは、ボール、否、卵が写っているのかどうかの確認は難しかった。
潜り終わり、船に戻っても、モニターの確認はしなかった。敗北の2文字が頭によぎる。

100分近い長いダイビングにつきあわせてしまった川本さんや、エルティバンのスタッフに面目も無い。
そう打ちひしがれてショップに戻った。

が、しかし、戻ってから、マックに取り込んで画像を確認してみると「あれっ?これ、卵写ってる?」。

何と、毎回タイミングを逸していたように思えていた写真には、全てなんらかの形で卵や精子が写っていたのだ。

この写真が、その決定的瞬間を捉えた写真。

ヒレナガヤッコの放精放卵(撮影:越智隆治)

卵の部分を拡大するとこうなります。

ヒレナガヤッコの放精放卵(撮影:越智隆治)

この出てきた卵に、オスの精子がふりかけられている写真がこれ。

ヒレナガヤッコの放精放卵(撮影:越智隆治)

そして、オスとメスが離れる瞬間、メスが卵まみれになり、そのお腹には産卵管が飛び出して写っている写真がこれ。

ヒレナガヤッコの放精放卵(撮影:越智隆治)

全てコンマ何秒の出来事で、肉眼ではほとんど確認はできない世界。

久米島では、この繁殖行動が活発になるのは、水温25度が境。
5月中盤頃から後半くらいから見られるようになり、夏場は卵の用意ができてれば、潮の状況など、環境が整っていれば、ほぼ毎日観察が可能だ。

もちろん、エスティバンのように、どう潮が動くかによってどこでどの種が繁殖行動をするかを把握していて、的確なガイドをしてくれなければ、この写真を撮影することも叶わなかったわけだ。

もし、こんなシーンを見てみたい、あるいはもっと凄い写真を撮影してみたいという方は、是非エスティバンでサンセットダイブをリクエストしてみては。

自分は次回こそは、ハナゴイの卵の写り込んだ写真を狙いたいと、すでに密かに次のターゲットを決めている。

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PROFILE
慶応大学文学部人間関係学科卒業。
産経新聞写真報道局(同紙潜水取材班に所属)を経てフリーのフォトグラファー&ライターに。
以降、南の島や暖かい海などを中心に、自然環境をテーマに取材を続けている。
与那国島の海底遺跡、バハマ・ビミニ島の海に沈むアトランティス・ロード、核実験でビキニ環礁に沈められた戦艦長門、南オーストラリア でのホオジロザメ取材などの水中取材経験もある。
ダイビング経験本数5500本以上。
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