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小笠原の沈没船を解明せよ! 〜海中に静かに眠る無数の戦跡〜閲覧無制限

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世界自然遺産・小笠原諸島
あまり知られていないその歴史とは?

「小笠原」

その名前を聞いて、みなさんは何を想像するだろうか?

豊かな自然、多くの固有種、”ボニンブルー”と称される海、品川ナンバー……(笑)

東京、竹芝桟橋から、大型客船「おがさわら丸」に揺られること、24時間。

この大型客船が飛行場がないこの島を訪れる唯一の手段。外界から遮断されていることで、多くの固有種が育まれ、2011年には世界自然遺産に認定された有名な諸島だ。

浅瀬で水中だと崩壊してみえるレックもドローンで撮影をするとはっきりと船の形を残していることがわかる。 撮影:Masato Aoki

今では、その自然を目当てに多くの観光客がこの島を訪れるようになったのは、みなさんご存じの通りだろう。

しかし、そんな小笠原だが、あまり知られていない過去がある。

それは、今から遡ること70年以上前の1944年。

戦時中であったこの年、軍備化され「父島要塞」と呼ばれた司令部のあった小笠原を、マリアナ諸島を攻略し、北上してきたアメリカ軍が襲った。

アメリカ軍から無力化の対象となっていたこの島は、艦砲射撃や航空機による空襲を受け壊滅状態となり、被害は陸上だけに留まらず、たとえば「おがさわら丸」の入港する「二見湾」だけでも、湾内に停泊していた約十隻にのぼる艦船が標的となった。

その結果、この小笠原はおそらく日本でもっとも多くの「沈没船」の眠るエリアとなったのである。

この「沈没船」のことを、ダイビングの世界では「レック(Wreck)」と呼んでいる。

レックは艦船だけではなく、航空機なども該当するのだが、それらを潜ることはレックダイビングと呼ばれ、世界的にみるとダイビングの人気のジャンルとして確立されている。

小笠原が空襲を受け七十余年。
要塞化されていた島内には、地下壕や重火器などが今も残っており、それらは観光資源として利用されているが、レックについて調べてみると情報がほとんどない

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小笠原の島内に未だ残る戦争の爪痕。 撮影:フィッシュアイ笠井信利

2018年に発表された日本観光研究学会機関誌の論文からの引用となるが、ダイビングショップに対して行ったアンケートにおいて、小笠原に沈船があることを「知っている」と答えたショップは1%程度にしか満たなかったというデータがある。

この1%という数値はいかに認知がされていないかという現れだろう。

そのような中で、小笠原にあるダイビングサービスフィッシュアイ・オーナー、笠井信利さんは以前より小笠原の沈船群の解明を願っていた人物であり、個人でも調査をされていた事から連絡を取り、今回の小笠原の沈船群の撮影を目的とする取材で協力を仰ぐことにした。

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浅瀬に眠るレックに船を寄せる。空襲と70余年という年月で浅瀬ものはほとんど形が崩れてしまっている。 撮影:戸村裕行

笠井さんと話をしていく上で、いくつかのミッションが組み込まれた。

小笠原のレックを解明せよ!

小笠原ミッション①
多くのダイバーと協力せよ!

まず、小笠原の沈船群を調査するに当たり、多くの方に知ってもらうために取材をしながら一緒に潜りたい一般ダイバーを募る形態とした。
そこで手を挙げてくださったのが、名古屋のダイビングショップevisさん。

テクニカルダイビングなどにも力を入れているショップさんであり、もともと小笠原でレックダイビングをした経験もある事から、今回、多くのゲストを引き連れ参加していただけることになった

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今回のミッションに参加したダイバーたち。レックダイビングというと深いなどハードルの高いイメージがあるが、今回は、テクニカルダイバーと、ファンダイバーのチームに分かれて潜った。

小笠原ミッション②
船の船名を解明せよ!

さらには、船の「同定」(その船の船名などを特定すること)をしていくこと。

小笠原に眠る艦船はいくつか種類があるが、その中でももともと、民間の会社が運用していた船、たとえば貨物船や貨客船といった商船、または漁船などが軍部に強制的に「徴傭(ちょうよう)」された、いわゆる「徴傭船」と呼ばれる船の名前が現在まで解明されていなかったのだ。
※徴傭(ちょうよう)……戦時などの非常時に、国家が国民を強制的に動員して、一定の仕事に就かせること、また、物品を強制的に取り立てること

現地では、その船の状態から浅いところに沈んでいる船だから「浅沈」。
横向きに沈んでいる船だから「横沈」。
バラバラの船だから「バラ沈」。
などといった、通称の名前で呼ばれている状態なのである。

そのような中で、私がこの企画を立ち上げてから、幸運に恵まれることになる。

小笠原ミッション③
情報を照らし合わせよ!

戦時徴傭船の沈没時の状況や引き上げ記録を調査されていた日本航路学会 日本船⻑協会 各会員 種市雅彦⽒が、この企画を知るところになり、小笠原海域の沈没船の新しい資料などを提供してくださったのだ

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普段、笠井さんが参考にしているという書籍。ここに種市さんからの貴重な資料が加わることになった。 撮影:フィッシュアイ笠井信利

前述の通り、小笠原の沈船群に関しては情報が少なく、多くの文献から一つ一つ情報を照らし合わせていくような地道な作業が必要となり、すでに情報が整っている状態での資料というのは大変貴重であり、同定の一助となる。

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笠井さんは、昔に潜った時の記憶や資料などを頼りに船の特徴などを解説してくれた。 撮影:戸村裕行

今回出逢った
兄島・滝ノ浦湾及び父島・二見湾内の沈船群

では、参考までに今回潜った艦船を挙げてみよう。

深沈 ー水深45mー

深沈の船首。先端に聳えるのは旗竿ではなく、船首材の先端と思われる。小笠原では水深の深い部類に入る。 撮影:戸村裕行

船尾は船尾楼が残っており、手前の円柱はデリックポストの基部と思われる。船尾には当時のビール瓶なども散乱していた。 撮影:戸村裕行

船倉内には多数の砲弾や航空爆弾、金網などが搭載されていたものが今も無数に散らばっている。 撮影:戸村裕行

中沈 ー水深30mー

俯瞰して見てみると船体は崩壊し、砂地の上にはマストなどが散乱している。 撮影:戸村裕行

横沈 ー水深21mー

横倒しなところから付いた名前が「横沈」。 撮影:戸村裕行

バラ沈 ー水深15mー

バラバラだから「バラ沈」。比較的浅い水深にありチェックダイブなどの際にも潜ることがあるそうだ。 撮影:戸村裕行

ボイラーなどは他の船もそうだが比較的形状が残りやすい部分だ。人との対比でその大きさがわかる。 撮影:戸村裕行

エビ丸 ー水深33mー

しっかりと船首の残る「エビ丸」。 撮影:戸村裕行

濱江丸 ー水深5mー

小笠原を代表する沈船「濱江丸」。浅瀬にあることからスノーケルのポイントとしても訪れることができる。 撮影:戸村裕行

以前は船体はすべて水上に出ていたそうだが、風化した現在は船の一部が顔を出しているだけとなっている。 撮影:戸村裕行

大美丸 ー水深35mー

「大美丸」と言われているこの船は横向きに鎮座しており全長は53mある。 撮影:戸村裕行

第二號日吉丸 ー水深21mー

小笠原の中では多く積荷の残っている船の一つ。横向きに鎮座しており全長は約66m。 撮影:戸村裕行

地面に突き刺さった状態ものもは「航空用魚雷」と思われるもの。 撮影:戸村裕行

この写真は航空エンジン。本来は木枠などで保護されていたものと思われる。 撮影:戸村裕行

第一号型輸送艦2号 ー水深3mー

水深が浅くスノーケルで見ることができる。濱江丸のような民間の徴傭船ではなく「軍艦」である。 撮影:戸村裕行

未だ残る機関部の写真。中央から右に伸びているのはスクリューとを繋ぐシャフト。 撮影:戸村裕行

未だ残るスクリュー。同型の輸送艦は20隻ほど建造され、余談だがパラオでは1号を見ることができる。 撮影:戸村裕行

第一号型輸送艦4号 ー水深7mー

小笠原に2隻眠る第一号型輸送艦のうちの4号。艦首がはっきりと残っている状態。 撮影:戸村裕行

未だ残る積荷はおそらくセメント袋などであろう。 撮影:戸村裕行

艦の中央の外壁などはほぼ崩れてしまっており、機関部などは剥き出しの状態になってしまっている。 撮影:戸村裕行

零式艦上戦闘機 ー水深37mー

零戦五二乙型のプロペラ。三枚とも曲がっていることから、回転している状態で墜落したと思われる。 撮影:戸村裕行

左主翼と栄と呼ばれる発動機。残念ながら機体の原型は留めていないが少し離れた場所に反対側の主翼もある。 撮影:戸村裕行

これだけを見ても、この小笠原にいかに沈船があるいうのがご理解いただけるだろう

また、いくつかの船は経年劣化による腐食や、厳しい自然環境による破損によって、それが以前、船だったことすらわからないような状態になってしまっていたものもあり、それらを同定する事は困難を極めた。

残念ながら、「○○という船だろう」という推測にしか留められない艦船も多い中で、笠井さんがまとめて下さった論文があるので気になる方はぜひご覧になっていただきたい。

まだ多くの沈没船が眠る小笠原……

今回、多くの小笠原に眠る”レック”を潜らせていただいたが、それでもすべてを潜り切ることができなかった。
現在まで、日本国内において、これほど多くのレックを潜ることができる場所は他にない。

戦争という悲しい過去にはなるが、この小笠原に眠るレックをみなさんも自ら潜ることにより、この島が辿ってきた歴史に触れるダイビングをしてみてはいかがだろうか?

追記:

この小笠原のレックの調査は、継続して2020年11月にも行われる予定です。
(※新型コロナウイルスの影響により予定が変更になる場合もあります)

スキルによって潜れるレックは変わりますが、多くはアドバンスレベルからダイビング可能ですので、参加してみたい方は戸村までご連絡ください。

また、今回の小笠原の沈没船の調査結果は含まれておりませんが、
世界の海に眠る日本のレックに興味のある方はぜひこちらをご覧ください。

Profile
戸村 裕行


1982年生まれ、埼玉県出身。
世界の海中を巡り、大型海洋生物からマクロ生物まで、さまざまな海中景観を撮影し続けている水中写真家。生物の躍動感や色彩を意識したその作品は、ウェブやダイビング誌、カメラ誌などで発表され、オリンパス株式会社の製品カタログなどにも採用されている。

また、ライフワークとして、太平洋戦争(大東亜戦争)を起因とする海底に眠る日本の艦船や航空機などの撮影を世界各地で続け、軍事専門誌「丸」にて5年にわたり連載、その成果として靖國神社・遊就館などで写真展を開催するなど活動は多岐にわたる。また、”歴史に触れるダイビング”をテーマに、レックダイビングの普及に勤めている。講師、講演多数。

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