【世界初】スズキがマイクロプラスチック回収装置を搭載した船外機の生産を開始

四輪車、二輪車、マリン製品を中心に製造販売する、日本が世界に誇る「スズキ株式会社」。同社は美しい地球と豊かな社会を次世代へ引き継いでいくために、輸送機器メーカーとしてムダのない効率的な事業活動を徹底し、地球環境の保全に努めている。その一環として、近年深刻な海洋問題とされる海洋プラスチック問題に寄与すべく、マリン製品のひとつである「船外機」と呼ばれるボートなどに設置されるエンジン(推進機構)に、世界で初となるマイクロプラスチック回収装置を搭載。長い年月をかけて開発・検証を行っていた本船外機が、2022年7月より、ついに生産を開始した。

昨年4月に、オーシャナでは本船外機の仕組みや開発のきっかけなどを取材したが、今回は開発から生産開始に至るまで、そして今後の展望について、マリン営業部 米州・大洋州・企画グループマネージャーの池田健介氏にお話を伺った。

生産開始までの課題は、フィルター選びとメンテナンス性

同社のエンジンには「水冷エンジン」と呼ばれる、海水をくみ上げてエンジンを冷やし、使用後は海に戻すことを繰り返す仕組みとなっているものが採用されている。今回のマイクロプラスチック回収装置は、エンジン冷却後に海に戻す海水をフィルターで濾して、マイクロプラスチックを回収するというものだ。

マイクロプラスチック回収装置の模式図

マイクロプラスチック回収装置の模式図

オレンジ色の部分がマイクロプラスチック回収装置

オレンジ色の部分がマイクロプラスチック回収装置

業務用であれレジャー用であれ、船の使用目的に関係なく走行するだけでマイクロプラスチックが回収できるという本船外機は、同社でも他社でも今まで開発されたことのない、世界初のもの。そのため、世界各国の海におけるマイクロプラスチックの量や材質の違い、くみ上げた海水からどの程度の大きさのものが取れるかといったデータがまったくなく、開発段階では最適なフィルター選びに課題があったそうだ。実際、日本、フィリピン、インドネシア、中国、タイ、アメリカ、オーストラリア、イタリア、フランス、オランダ、イギリス、ドイツ、ポルトガル、南アフリカなど、水質の異なる全14カ国でモニタリング調査を行ったという。

編集部

課題であった、“最適なフィルター選び”。世界各地の海でのモニタリング調査はいかがだったのでしょうか。

池田氏

モニタリング調査を行いながら、マイクロプラスチックのサイズの傾向を観察し、フィルターの網目のサイズの改良を重ねました。その中でも、本船外機は、“日常と同じように船を走行させるだけで、マイクロプラスチックが回収できる”というところがキーポイントになります。しかしながら、マイクロプラスチックが回収できることはもちろんですが、やはりエンジンとしての性能が落ちてはいけません。そのため性能確認のテストには多くの時間を費やし、最終的にはフィルターの網目を0.4mm×0.4mmにすることが最適であるという結論に辿り着きました。

編集部

エンジン性能を落とすことなくマイクロプラスチックの回収に成功したのですね!改良段階で新たな課題などはあったのでしょうか。

池田氏

この装置は定期的にフィルターのチェックや掃除を行っていただく前提ですので、メンテナンスが容易でなくてはなりません。そこで、交換しやすいフィルターのキャップ形状や装置の位置など、何通りも試作をして決定しました。また、ボートの速度や乗り方によって変化する水圧に対しても、充分なシール性(密閉性)を確保する構造も克服した課題の一つでした。

また、コストダウンも課題の一つでした。海洋環境改善に役立つとはいえ、フィルター部分の構造が複雑だと、どうしても販売価格が上がってしまい、お客さまがご購入するときの負担は大きくなってしまいます。

編集部

確かに、なるべく通常の船外機と近い価格で購入できると嬉しいですね。どのようにコストダウンに成功したのでしょうか。

池田氏

マイクロプラスチック回収装置には、冷却水が流れるホースが2つあり、右側はフィルターの付いたメインフロー用で、左側は右側のフィルターがいっぱいになったときに冷却水が流れるオーバーフロー用となっています。フィルターがいっぱいになった時だけオーバーフロー用のホースに水を流すため、プレッシャーバルブという水圧の変化により作動する弁を使っていたのですが、実はそれが高額でして…。そうなったら、プレッシャーバルブがなくても自動的にオーバーフロー用のホースに流れる仕組みにしよう、ということで内部構造には独自の技術を活かしてかなりの工夫を施しました。結果として、部品点数も当初の半分くらいに減らすことができたので、本当に苦労した甲斐がありました。

改良前後の写真(左が改良前のホース、中央と右が改良後のホース)

改良前後の写真(左が改良前のホース、中央と右が改良後のホース)

現在、好評販売中!購入者からコメントも

編集部

7月より、日本をはじめ、世界各国で本船外機を販売中ですね。

池田氏

はい、早速世界各国から注文がきており、9月ごろには本船外機を取り付けた船が走行し始める見込みです。現在、マイクロプラスチチック回収装置は弊社が販売する中型船外機5機種に標準装備されていますが、もちろんマイクロプラスチック回収装置を補修部品(アクセサリー)として、購入することも可能です。

オレンジ色の部分がマイクロプラスチック回収装置

オレンジ色の部分がマイクロプラスチック回収装置

回収装置を搭載した船外機

回収装置を搭載した船外機

編集部

世界各国で走行し始めるのが楽しみですね!

池田氏

早速ご購入いただいたお客様からはありがたいコメントもいただきました。「回収状況が楽しみです」と言ってくださる千葉県の漁師さんや、「漁業者も海をきれいにすることを真剣に考えないといけないと思いました」と本船外機の購入をきっかけに考えてくださる北海道の漁師さんもいます。他には「自社船に本船外機のついたエンジンを使っていることで、海洋環境への貢献をアピールして他社との差別化を図りたい」とおっしゃるレジャー関係者さんもいて、付加価値として捉えていただいているのも嬉しいです。

海をきれいにするために。これからの展望は

池田氏

回収したマイクロプラスチックをデータ分析して、何かしらの形で海に流れるプラスチック量を削減することに貢献していきたいです。たとえばマイクロプラスチック量の多い海を割り出したり、エリアによってどの種類のプラスチックが多いのか調査したり。相当なマイクロプラスチックの回収量と時間が必要ですし、分析方法もまだ検討段階ですが、挑戦していく価値はあると思っています。

また、現時点では、マイクロプラスチック回収装置を取り付けられる機種が限定的ですが、今後できるだけ早く、他の機種にも展開したいと考えています。

編集部

本船外機の生産開始がゴールではなく、むしろ回収量をどれだけ増やしていけるか、これからが本番ですね!

池田氏

そうですね。本船外機の開発は、海洋プラスチック問題への解決に取り組む決意を表明すべく取り組んでいる「スズキ・クリーンオーシャンプロジェクト」の一環でもあります。 “スズキの事業を通じて、一人でも多くの人が海洋プラスチック問題の気づきを得てほしい”、という想いの下、海や河川、湖をきれいにするため、今後も挑戦を続けていきたいと思っています。

日頃からダイビングでボートを使用するダイビング事業者やレジャーダイバーにとっても、ボートの船外機は身近な存在。いつの日か、船にマイクロプラスチック回収装置が搭載され、マイクロプラスチックが回収される光景が当たり前の日が来るかもしれない。

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PROFILE
0歳~22歳まで水泳に没頭し、日本選手権入賞や国際大会出場。新卒で電子部品メーカー(広報室)に入社。同時にダイビングも始める。次第に海やダイビングに対しての想いが強くなりすぎたため、2021年にオーシャナに転職。ライターとして、全国各地の海へ取材に行く傍ら、フリーダイビングにゼロから挑戦。1年で日本代表となり世界選手権に出場。現在はスキンダイビングインストラクターとしてマリンアクティビティツアーやスキンダイビングレッスンを開催。
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