耳抜きなんてとんでもない!?

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耳のお話★前編

昔は鼻血・鼻水当たり前!?

いつも喝ばかり、入れられて戦々恐々としているヤドカリ爺でありますが、たまにはテラ編集長も働かせてやれとばかりに、耳抜きに関するアンケートをとってもらったわけであります。
というのも、私めヤドカリ爺はだいぶ長い間ダイビングを楽しませてもらいましたが、決してダイビング向きの耳鼻科系ではなかったようだからです。

私がダイビングを始めた頃には、BCDなんて便利なものはございません(私はBCDはリクリエーションダイビング史上、最大の器材発明、いや器材革命と思っておりますが、その話は別の機会といたしましょう)。
スーツの浮力ロスをカバーする術などありませんから、予想した活動深度に合わせて、ウエイトは圧倒的に軽めにして、深度10mまでは息は吐きっぱなし、ヘッドファーストでキックを使って、一気呵成に急速潜降であります。

当然、のんびりと耳抜きなどしている余裕などありませんので、少々抜けが悪かろうがノンストップ潜降であります。
水面でBCDの空気を抜いてフィートファーストでゆっくり潜降などというのは、はるかの後の80年代のお話でございます。
まずダイビングのうまい下手はここで決まることが多かったのであります。

しかもマスクはシングルスカート。
ニコッと水中で笑うだけで水が入ってくるといった代物ですから、バンドはきつきつに締め上げるのが常。
少々鼻から息を吐いたからといって、マスクスクイズはクリアーできず、浮上後は顔にくっきりマスク跡、鼻血、鼻水は当たり前、果ては目の出血などというのもよくありました。

そんな日々でありますから、当然ダイビング仲間の会話は怒鳴るがごとき大声、どちらのご家庭のテレビも大音量というのも、よくある話でございました。

このサイトと仲のよいMIXIコミュ「ことなら何でもAtoZ」で話題になっていた、ダイビング後の耳の違和感、耳抜けの悪さなどというのは、まるで当たり前、いわばダイバーの勲章というか、スポーツ病というべきものだったので、それなりに皆さん、理屈も対処法も知っていたのですな。

とまあ古い話はこれくらいにして、耳抜きアの話に移りましょう。
まずは耳抜きの理屈から。

耳の構造からして、耳抜きはダイバー最大の試練

というと大げさに聞こえますが、わずか200mの東京都庁の展望台に上っても、下っても、敏感なお方は耳抜きをなさいます。

いくらエレベーターが早いからといっても、その間の気圧変化はわずか数%であります。
それほどに敏感であります。
ちなみに高所ダイビングで知られている富士の本栖湖でさえ、大気圧の減は10%程度であります。

鼓膜のことを、英語ではear drum embrane=“耳の太鼓”の膜と申すようですが、まさに言い得て妙でありまして、大気と体内の部分(中耳)とを太鼓の皮のごとく隔てております。

空気のわずかなそよぎ、音波をキャッチして内耳の神経器官に伝えて音を聞くわけでありますが、そのためにはその鼓膜の内外の空気の圧力がバランスすることが条件であります。

大事なことはこの微妙な圧力バランスであります。

わずか200mの展望台を上がるときでも、耳の中の空気圧は相対的に大きくなってリバースブロックを起し、下りはスクイズを起していることになります。

今話題のスカイツリーとやらとなると、もしやエレベーターに乗る前に、耳抜きのブリーフィングがマストなんてことになりませんかね。

耳抜きなんて耳鼻科のお医者さんからすればとんでもない

皆さん、潜降の最初の1mに数秒もかけませんが、ダイビングにおける1mでの外圧は110%。
本栖湖から瞬時に小田原の海岸まで駆け下った計算になるのです。
多分2-3mの潜降で富士山の頂上対海抜面との圧力比が生じた勘定です。

昔の耳鼻科のお医者さんには、「まさか海になど潜ったんじゃありませんね?」と、よく叱られたものです。

理屈の上ではかくほど左様に、耳にとっては過酷な環境変化であります。
難しい言葉では環境への順応とか適応というようですが、人体にとっては大問題なのであります。

ありがたいことに、鼓膜はある程度の伸展性があるようなので、少しはたわんで外圧に対処してくれますが、耐えきれないと破けることになります。

ではどの程度で破けるかというのは、専門のお医者さんにお聞きしないと分かりませんが、ヘッドファーストで足が沈んだか沈まないぐらいで、鼓膜が破けた実例を目にしておりますから、かなり個人差もあるのでしょう。

鼓膜が破けると、中耳に水が浸入し、平衡感覚などをつかさどる内耳を刺激して、強烈なめまい(ヴァーティゴ)と平衡感覚のロスが起きます。

まれには溺れにつながることがあるとされております。
(余談でありますが、そんなときには両手で自分を抱きしめろとか、近くにあるものにつかまれなんて、イラスト入りで書いてありましたが近頃はあまり見かけませんな)

鼓膜の外側と内側のバランスがとれればいいわけなんですが、中耳に空気を送り込む管=耳管が細かったり、あるいは炎症を起してるような場合は、これがうまくいきません。
このような状態を、お医者さんは耳管狭窄症といわれるようで、耳抜きはこの耳管狭窄症を瞬時におこしているようなものであります。

それじゃ耳管が広く開きっ放しならよかろうと思うのですが、それだと鼻の方から水分が入ったりして、これまた面倒なので、適当に閉じたり、空気だけを通したりとうという器官なのだそうであります。

そこに無理して空気を押し込もうというのですから、耳鼻科のお医者さんが目をむくのも無理がないというところです。

理屈の上では浅いところほど圧力変化は大きいわけで、その意味では水面近くはできるだけゆっくりと潜降するのがよいということで、ダイビングは行きも帰りも水面近くはゆっくりゆっくりが鉄則なのであります。

■後編へ続く。

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PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
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