ボニン・アイランドの魅力を探る! 「小笠原」ならではの海洋生物10選
世界中のエコツーリストやスキューバダイバーが「一度は行きたい」と憧れる小笠原の島々。その魅力は枚挙にいとまがありませんが、ここでは海に暮らす生き物にターゲットを絞って紹介します。中でも特に人気が高い(または“小笠原と言えば”的な)10種の生物が登場するので、チェックしてみてくださいね。
小笠原諸島の基礎知識
東京からはるか南の海上にある島々
小笠原諸島は、東京から南下すること約1000km、太平洋のまっただ中に位置しています。広大なエリアに大小30あまりの島々がありますが、民間人が暮らす有人島はたった2島(父島と母島)。スキューバダイビングやホエールウオッチングで訪れるのも、その2島周辺(父島列島、母島列島)と、北部に点在する無人島群(ケータ列島)で、これらを総称して小笠原群島といいます。
一般にイメージされる「小笠原」は上記の小笠原群島ですが、小笠原諸島には他にも有名な島々があります。例えば、現在も活発な火山活動が続く西之島、日本最東端の南鳥島、日本最南端の沖ノ鳥島。また、先の大戦で悲劇的な戦地となったことで知られる硫黄島も小笠原諸島に属しています。
“ボニン・ブルー”のボニンとは?
小笠原諸島は長いあいだ無人島でした。安土桃山時代末期の1593(文禄2)年、小笠原貞頼によって発見されたと伝えられていますが、その後も定住する者は現れませんでした。そのため無人島(ぶにんじま)と呼ばれていたそうで、この名は英語圏の呼び名であるボニン・アイランド(Bonin Island)として現代まで残っています。
また、深く濃い小笠原特有の青い海の色は、ボニン・ブルーと呼ばれています。
小笠原の海で独自に進化中?
「10選」の前に、興味深い2種を紹介します。
どちらも南日本などで普通に見られる海洋生物ですが、この色彩パターンは小笠原独特のもの。ここまで異なる模様がこの海でだけ固定されているなら、もしかしてもしかすると遠い将来、独自の種として独立するかも? な~んてね。
小笠原ならでは海の生き物10選
絶滅危惧種なのに小笠原では普通?
➀シロワニ
成長すると3~4mになる大型のサメ「シロワニ」。世界中の温帯から熱帯海域にかけて広く分布していますが、年間を通してコンスタントに会えるのは小笠原くらいでしょう。
見られるポイントは、冬(1~3月頃)ならば父島・二見港のすぐ沖合です。やや深場の海底に眠る沈船の周辺に、何匹ものシロワニが居着いています(写真)。父島の北に位置する弟島の「鹿浜」もシロワニが集まるポイントで、この2カ所を往来する個体も観察されています。腹部の大きなメスもしばしば見られ、妊娠していると思われます。
一方、夏は父島から北へ約50kmに位置するケータ列島のダイビングシーズン(冬は海が荒れるので行かれません)。「後島」や「マグロ穴」などのポイントでシロワニと会うチャンスがあります。
なお、シロワニはやや深場の洞窟やオーバーハングにいることが多いため、ある程度のダイビングスキルが必要です。また、おとなしいからと必要以上に接近したり、近寄ってきたからと手で触れたりする行為は厳禁です。
冬の風物詩、ホエールウオッチング
②ザトウクジラ
冬になると、ザトウクジラが小笠原にやってきます。
体長10m以上となる大型のヒゲクジラの仲間で、長く優雅な胸ビレが特徴。季節回遊をする習性があり、北太平洋の場合、夏はアリューシャン列島近海などエサ(オキアミやニシンなど)の豊富な高緯度海域で過ごし、冬になると繁殖のため温かい低緯度海域(小笠原諸島をはじめ沖縄や奄美大島、ハワイ諸島など)にやってくるのです。例年、12月くらいから姿を現します。
ザトウクジラは海上に巨体を躍らせるブリーチングといった派手なパフォーマンス、尾ビレや胸ビレで海面を叩くなどユニークな行動で知られています。これを見るならホエールウオッチングツアーに参加するのが一番。時期的には2~4月が最盛期。父島・母島からの半日ツアーが手頃です。
ダイビングポイントへの移動中にザトウクジラを見かけることも珍しくありません。長いあいだ捕鯨対象となっていないザトウクジラは、近年順調に個体数を増やしているようです。
なお、小笠原近海では世界最大のハクジラの仲間、マッコウクジラも生息しています。ウオッチングツアーもありますが、島から数十㎞も沖合に出る必要があるうえ遭遇率も低く、あまり一般的ではないようです。
ドルフィンスイムの主役
③ミナミハンドウイルカ
小笠原周辺に生息するイルカ・クジラの仲間は20種以上いるそうですが、最もポピュラーなのは本種でしょう。
年間を通して島の周囲に居着いていますし、もともと好奇心旺盛な性格。人気の観光プログラムであるドルフィンスイムではイルカを保護するための自主ルール(群れにアプローチできる船の数や入水回数の制限など)があり、あまり人を怖れないようになったのでしょう。
ミナミハンドウイルカとは、スキューバダイビング中にもしばしば出会います。特に南島(父島の南西にある無人島)付近のポイントは確率が高いようです。
また、小笠原ではスマートなハシナガイルカもよく見られますが、神経質なのか警戒心が強いのか水中で一緒に泳ぐのは難しいようです。その代わり、ボートがつくり出す波に乗って遊ぶ様子や見事なジャンプを披露するなど、船上から彼らのパフォーマンスを楽しめます。
小笠原は日本最大の繁殖地
④アオウミガメ
世界中の温帯から熱帯域にかけて生息するアオウミガメ。小笠原では年間を通してよく見られ、産卵シーズンになると島のあちらこちらの浜で上陸するメスが現れます。小笠原は国内ではもちろん、北太平洋でも有数の繁殖地なのです。
小笠原周辺海域では、2~5月が交尾シーズン。太く長い尾をもつ、成熟したオスや交尾をするペアが見られるかもしれません。
6月に入ると産卵のためメスが上陸してきます。父島ではメインストリート近くの大村海岸や北部の宮之浜など、観光客が訪れるようなビーチでも産卵が行われています。最盛期は7~8月。子ガメが孵化するのは7~10月頃です。
実は小笠原では、明治の時代から世界に先駆けてアオウミガメの調査、保護が行われています。戦争などで一時中断もありましたが、その活動は現在も父島の「小笠原海洋センター」に引き継がれています。
興味深いことに、小笠原では伝統文化としてのウミガメ漁を継続しており、島ではウミガメ料理を食べることもできます。増やしながら利用もする、SDGs(持続可能な開発目標)の成功例といえるでしょう。
日本固有種の黒いチョウチョウウオ
⑤ユウゼン
ごく稀に沖縄などでも見られますが、主な分布域は小笠原諸島と八丈島という日本固有種。シックかつ優雅な模様から、日本の伝統的技法「友禅染め」から名付けられました。大きさは約10cm。
通常は1~数尾で行動していますが、春先から初夏にかけて大きな群れをつくることがあります。父島では3月頃が多いそうで、その時期に産卵するスズメダイの仲間の卵を食べているのではないか、といわれています。
小笠原諸島固有のキンチャクダイ
⑥ミズタマヤッコ
初めて発見されたのは南鳥島で、その後に父島でも生息が確認されました。潮通しのいい深場に生息していることが多いため、スキューバダイビングでも実際に見るのはなかなか困難です。和名の由来はオス(左上)の尾ビレにある水玉模様ですが、メス(下右)はちりめん模様となっています。
日本では小笠原の海が初記録
⑦ニラミハナダイ
中・西部太平洋の熱帯域に広く分布するハナダイの仲間。1992(平成4)年、父島・境浦で採集された標本を基に日本でも生息することが確認されました。オス(左上)とメス(下右)で模様が異なり、大きさは6cmほど。40m以深の潮通しのいい環境を好むようです。
大きさ1mに達する大型イセエビ
⑧アカイセエビ
父島周辺のイセエビの仲間は長い間カノコイセエビと考えられていました。ところが2005(平成17)年、カノコイセエビとは別の種類と判明し、標準和名アカイセエビとして新種記載されました。小笠原ではイセエビの仲間の中で最も多く漁獲され、「エビ団地」などのダイビングポイントで普通に見られます(写真/Deep Blue)
小笠原で発見された大型ブダイ
⑨オビシメ
1993(平成5)年、小笠原で採集された標本を基に新種記載されました。大きさは60cmほど。生息水深は20m程度と手頃ですが、個体数は少ないようでなかなか出会えません。その後八丈島でも生息が確認されています。写真はオスで、メスは全身黄色です(写真/Deep Blue)
小笠原の夏の風物詩
⑩イソマグロ
イソマグロは、大きな個体では1mを軽く超えるという大型魚。インド-太平洋に広く分布し、世界各地のポイントで見られます。特に小笠原には、5~9月にかけてイソマグロの群れが居着く「マグロ穴」と呼ばれるポイントが何カ所もあります。
その中でもケータ列島の嫁島「マグロ穴」は別格で、ときに100尾を超える大群が見られるというから素晴らしい。水深は15mほどでビギナーでも心配ありませんが、ダイバーの行動や吐き出すエアでイソマグロを驚かせないよう注意が必要です。
小笠原の島々は、有史以来ただの一度も大陸と地続きになったことがありません。誕生したときからずっと島であり、地理学では海洋島(大洋島)に分類されます。
一方、海洋島と対を成すのは大陸島。こちらは地殻変動によって大陸と地続きになった過去があります。沖縄をはじめ日本の島々のほとんどが大陸島です。
海洋島には、固有種や亜種が多いという特徴があります。
というのも、多くの海洋島は海底火山の噴火によって生じた火山島なので、しばらくのあいだ生き物の気配はありません。やがて海流や風に乗って流されてきた生物や種子、あるいは空を自力移動できる鳥類などがたどり着き、徐々に生命の息吹が感じられるようになります。とはいえ大陸とは隔絶されたまま。彼らは大陸にいた元の種とは別に、独自の進化を遂げて新たな生物相を生みだします。
海洋島で最も有名なのは、ダーウインの進化論で知られるガラパゴス諸島でしょう。南米・エクアドルから西へ約1000kmの太平洋上に位置し、ほとんどが固有種という特異な生物相をもつ島々です。
小笠原諸島も植物の約40%、陸棲鳥類のほとんど、陸産貝類(カタツムリなど)の約70%が固有種という大変ユニークな生物相。まさに「東洋のガラパゴス」と呼ぶにふさわしい島なのです。
こうしたユニークかつ豊かな自然により、1972(昭和47)年に小笠原のほとんどが国立公園に指定され、2011(平成23)年には屋久島・白神山地・知床に続き、日本で4番目の世界自然遺産として登録されました。
小笠原に行こう!
船中1泊の船旅が楽しい
小笠原への足は「おがさわら丸」ただ一隻。東京の竹芝桟橋を11時に出港、約24時間後に小笠原諸島の玄関である父島・二見港到着となります。お世辞にもアクセスが良いとは言えませんが、この船旅が実に楽しい。午後はゆったりと東京湾クルージング、晴れていれば伊豆諸島付近でサンセットウオッチング、夜はデッキで360度海に囲まれた満天の星空でスターウオッチングを楽しめます。
ただ、週に1便程度しかないため、旅行日程はかなり制限されてしまいます。詳しくは「小笠原海運」の時刻表を参照ください。
また、母島へは父島から「ははじま丸」に乗り換えて約2時間の行程。父島・母島ともに宿泊施設は多くないので、受け入れには限りがあります。事前に必ず予約していくようにしましょう。
生態系の保護と持続可能な観光
海で隔絶された小笠原ですが、近年は外部からの移入種のため固有の種や独自の生態系の危機に瀕しています。
たとえば、陸産貝類のマイマイ(カタツムリの仲間)の急激な減少。世界自然遺産に登録された理由の一つは、小笠原産マイマイ類の多様性の高さと絶滅率の低さでした。ところが、外来種であるプラナリアやクマネズミなどにより激減しているのです。また、野生化したペット、特に野良猫による鳥類や小動物の捕食なども問題となっています。
いずれも人や物資の移動、すなわち私たちの活動とともに移入してきたと考えられています。観光客も同様で、「小笠原に何も持ち込まない、何も持ち出さない」という意識が大切です。
たとえば旅行準備のとき、衣類やポーチ、自前のマリンスポーツの器材などに虫や草の種などが付着していないか確認する、「おがさわら丸」乗船前に靴底やリュックの泥などをはらう、そんな小さな心掛けでも、貴重な小笠原の生態系を守ることに繋がるかもしれません。
スキューバダイビングの注意点
小笠原のダイビングポイントは、父島および母島周辺、その北に位置するケータ列島がメインとなります。基本的にボートによるドリフトダイビングとなるので、中性浮力など基本的スキルを身につけてからのほうが安全です。現地サービスによっては、「タンク本数50本以上」など制限を設けていることもあります。
また、夏場はウエットスーツで問題ありません。ただし、亜熱帯の海とはいえ冬場の水温はかなり下がりますし、ボート上は風が冷たい。ウエットスーツならフードベストは必須で、ドライスーツもおすすめです。
今回紹介した以外にも、「小笠原ならではの生物」は水陸ともにたくさんいます。現地ではエコツーリズムのプログラムもいろいろありますので、ネイチャーウオッチングに興味のある方はぜひ一度訪れてみてはどうでしょうか。
写真協力/Deep Blue(田中美一)