日本の春は桜の季節 〜「サクラ」の名がつく海の生き物たち

日本人は桜が大好き。3月から4月にかけては、各地の開花情報や列島を南から北へ縦断してゆく桜前線が大きな話題となるほどです。そこで今回は、名前に「サクラ」を冠した海の生き物を紹介しましょう。

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桜にまつわるエトセトラ

有名なあの桜は人為的な「品種」

お花見で見る桜といえば、多くの方が染井吉野(そめいよしの)や早咲きの河津桜(かわづざくら)を連想するでしょう。でも、これらは野生種ではなく人が栽培して広めた「品種」です。

いずれも野生のサクラ同士の交雑による雑種を基に人の手で改良し、挿し木や接ぎ木で増やします。染井吉野(そめいよしの)が誕生したのは江戸末期。河津桜(かわづざくら)の原木は1955年頃に静岡県・河津町で発見され、1970年前後から各地で見られるようになりました。意外と最近のことなのですね。

古くから日本人に愛される野生の桜

奈良時代に編纂(へんさん)された日本最古の和歌集『万葉集』には、梅の120余首には及ばないものの桜を詠った首が40以上あります。桜が日本人に古くから好まれていた証でしょう。

でも、万葉の歌人が詠った桜は、染井吉野(そめいよしの)河津桜(かわづざくら)ではあり得ません。古くから日本に根付いていた、野生の桜だったことでしょう。

桜の野生種は、日本では現在10種ほどが確認されています。
例えば西日本で古くから身近だったヤマザクラ、本州から九州にかけて分布するエドヒガン、開花がやや遅いオオシマザクラなどが知られています。また、2018年には約100年ぶりに紀伊半島で新たな野生種が発見され、クマノザクラという和名が与えられました。

野生種は10種程度と少ないのですが、日本における桜の栽培品種は400を超えるそうです。そういえば、花びらひとつを見ても一重や八重があり、色も白に近いものから赤と見まごう濃いものまで、樹形も品種によって様々です。

日本最古の栽培品種は枝垂桜(しだれざくら)だそうで、平安時代には既に登場していたというから驚きです。また、この時代の『古今和歌集』では梅と桜の立場が逆転し、梅20首弱に対し桜は70首となったそうです。

「桜鯛」ってなんだ?

日本人が大好きな花と、日本人が大好きな魚をドッキングしたネーミングに「桜鯛」というものがあります。その正体はマダイ!
※下記で紹介している、スキューバダイバーにお馴染みの「サクラダイ」とは別ものなのでご注意。

コバルト色の斑点が目立つマダイ

コバルト色の斑点が目立つマダイ

透き通るようなマダイのお造り

透き通るようなマダイのお造り

食における「魚の王様」といえばマダイ。最大1mにもなる威風堂々とした姿、赤い体色も美しく、「めでたい(・・)」の語呂合わせで縁起物や祝い事には欠かせない魚です。特に1尾丸ごとの塩焼きは「尾頭付き」として喜ばれます。先史時代の遺跡からも骨が出土しており、古くから日本人が食していたことがわかっています。

さて、マダイの産卵期は春から初夏。その直前となる桜が咲く時期は身に脂がのって非常に美味とされていることから、この時期のマダイは特に「桜鯛」と呼ばれています。
もっとも産卵直前はあまりエサを食べないので、春先より冬のほうがおいしいという意見もあるようです。実際のところはわかりませんが、季節の移り変わりに風雅を見いだし、四季折々の食材を楽しむ日本人ならではの美しい呼び名ではないでしょうか。

ダイビングで会える「桜」たち

サクラコシオリエビ

エビというよりはカニに見えるが、実際はヤドカリの仲間。腹部はカニのように完全には折りたたまれておらず、大きな脚は4対(8本)しかない(5対目の脚は棒状で小さい)

エビというよりはカニに見えるが、実際はヤドカリの仲間。腹部はカニのように完全には折りたたまれておらず、大きな脚は4対(8本)しかない(5対目の脚は棒状で小さい)

大きさ1~2cm程度という小さな体に、濃い桜色がとても美しいですね。以前は和名がなく、ピンクスクワットロブスターと呼ばれていました。大型のツボ状カイメン(ワタトリカイメン、ミズガメカイメンなど)に暮らし、主な分布域はフィリピンやインドネシアなどの東南アジア。日本でも沖縄や八丈島、四国・柏島などで観察されています。

サクラダイ

写っているのはほとんどがオス(暖色のボディに真珠色の模様、腹ビレに赤い斑紋あり)。メスからオスへと性転換することが知られ、中央の2尾(背ビレにメスの特徴である黒い斑紋が残る)はその途中と思われる(写真/堀口和重)

写っているのはほとんどがオス(暖色のボディに真珠色の模様、腹ビレに赤い斑紋あり)。メスからオスへと性転換することが知られ、中央の2尾(背ビレにメスの特徴である黒い斑紋が残る)はその途中と思われる(写真/堀口和重)

和名も姿も大変美しいハナダイの仲間で、伊豆半島の岩礁では普通に見られます。かつては日本の固有種とされ(現在は台湾や朝鮮半島などでも分布を確認)、オスの白い斑紋が桜の花びらに見えることから世界共通の生物名である学名(Sacuraサクラ margaritaceaマルガリタケア)にも「サクラ」という属名がつけられたそうです。

なお、サクラダイは雌雄で模様が異なることから、以前はメスを「オウゴンサクラダイ」と呼び、別種扱いしていました。

サクラと付くハナダイの仲間には、他にもイッテンサクラダイやボロサクラダイ、カスミサクラダイがいます。いずれも深場に生息しているようで、ダイビングで会うことはないでしょう。このうち、イッテンサクラダイはまさに桜色のようです。

サクラダンゴウオ

(写真/ブルーライン田後)

(写真/ブルーライン田後)

ダイビングや水族館で人気のダンゴウオの仲間のうち、主に日本海側のポイントで見られるのがサクラダンゴウオです。指先サイズの小さな体で、赤や緑、白や茶など個体によって色彩変異が激しいのも魅力のひとつ。和名の由来は、見られる時期が冬から春にかけて、ちょうど桜の開花シーズンだからとのことです。

サクラミノウミウシ

日本の沿岸で見られるウミウシの仲間で大きさは1~4cmほど、背中の突起はピンクがかった白色。冬から春先にかけて、センナリウミヒドラやオウギウミヒドラなどの枝上で見られます。和名がサクラミノウミウシなら、学名も Sakuraeolisサクラエオリス sakuraceaサクラケアと桜尽くし!

サクラテンジクダイ

シースルーのボディにピンクの斑点が散りばめられ、頭部から内臓は桜色にも見えます。昼間は暗い岩の亀裂やケーブに単独で潜み、伊豆半島や八丈島、沖縄などで観察されています。紅海を含むインド-西太平洋に広く分布。

サクラニセツノヒラムシ

平べったい体、その名もヒラムシの仲間にも桜の名をもつ種類がいます。背中の色は薄い桜色で、「頭」のあたりが紫色に染まることが本種の特徴だそうです。大きさ1~3cm、インド-西太平洋の熱帯域に分布しています。

食の世界でも人気の「海の桜」

サクラマス

河川を遡上する産卵期のサクラマス。体は赤味を帯び、暗緑色の模様が浮かんでいる

河川を遡上する産卵期のサクラマス。体は赤味を帯び、暗緑色の模様が浮かんでいる

「マス」とありますが、サケ科サケ属の仲間です。桜が咲く時期にたくさん漁獲されることから名前がついたそうです。

サクラマスは1年間ほど海で生活したあと、2~7月にかけて繁殖のため生まれ故郷の河川に戻ってきます。温暖な本州から遡上(そじょう)が始まり徐々に北上、それが桜前線とほぼ重なっているのでしょう。産卵は上流で行われ、本州では9月下旬から10月下旬、北海道では8月下旬~10月初旬が最盛期となります。

ところで、ヤマメをご存じですか。塩焼きにすると大変美味な川魚ですね。実はこれ、サクラマスと同じ種類なのです。
産卵を終えたサクラマスは死んでしまいますが、河川の上流では2~3月頃から新たな命を見かけるようになります。幼魚には成魚とは異なる独特の模様(パーマーク)があり、ヤマメと呼ばれます。

ヤマメの将来は2通り。
そのまま一生を河川で過ごすもの(河川残留型)と海へ降りて大きく成長するもの(降海型)、前者がヤマメで後者がサクラマスというわけです。ヤマメは20〜30cmほどですが、栄養豊富な海で育つサクラマスは50cm以上に成長します。

サクラマスに限らず、サケの仲間は重要な水産有用種。ほかにもギンザケやキングサーモンと呼ばれるマスノスケ、最近ではサーモントラウトという名で養殖ニジマスも多く出回っていますね。この中でサクラマスは身に脂肪分が多く、最も美味と言われています。特に遡上時期のものが最高だそうです。

しかし、サクラマスの資源量は年々減少しているとのこと。河川上流で産卵するため人為的な堰堤やダムといった障害物の影響を受けやすく、漁業および遊漁の対象として人気が高いことなどが原因として挙げられています。そこで、親魚が遡上しやすいよう河川内での通路確保や産卵場所の保全、禁漁区や禁漁期間の設定、漁具・漁法の制限、捕獲数の制限など様々な対策がとられています。

降海型の若い個体。海に出る準備が整った、銀毛(ぎんけ)(スモルト)と呼ばれる状態。撮影地:北海道・羅臼町(写真/堀口和重)

降海型の若い個体。海に出る準備が整った、銀毛ぎんけ(スモルト)と呼ばれる状態。撮影地:北海道・羅臼町(写真/堀口和重)

パーマークのあるヤマメ。サクラマスの幼魚と降海せず河川に残留するタイプの両方を指す

パーマークのあるヤマメ。サクラマスの幼魚と降海せず河川に残留するタイプの両方を指す

サクラエビ

駿河湾産サクラエビの釜揚げ

駿河湾産サクラエビの釜揚げ

貴重なサクラエビの生態写真(写真/堀口和重)

貴重なサクラエビの生態写真(写真/堀口和重)

成長しても4cm前後という小さなエビですが、その身は美しい桜色で見た目も可憐、甘みがあって美味。かき揚げや素揚げのほか、最近はふっくらした釜揚げや生食も人気です。

サクラエビの生息域は東京湾や相模湾、千葉県沖、台湾など局所的に確認されており、産地としては特に駿河湾が有名です。昼は水深200~350mの深場にいるため、夜になって20~60m付近まで上がってくる習性を利用して漁獲します。

近年は漁獲量が減っており、静岡県の資料によると、2009年には1500t弱あった年間漁獲量は2019~2020年には100t代と激減。その後、やや回復して2023年は500t。
現在、持続可能な漁業を目指して資源を管理。産卵期(6~10月)を避けて春と秋の2回操業とするほか、先取り競争回避のため水揚げを配分するプール制を採用しています。

そのほか「サクラ」とつく海洋生物

サクラガイ
サクラガイ
ビーチコーミングで人気の桜貝。サクラガイやカバザクラガイ、モモノハナガイなど複数種が混じっている。しばしば小さな穴が開いた貝殻がある。ツメタガイという巻貝による食害の跡で、の画像にも2枚ほど混じっている

日本の砂浜にはピンク色の貝殻、いわゆる桜貝がよく落ちています。鎌倉の由比ヶ浜は桜貝が多く見つかることで知られ、『最後からに二番目の恋』というTVドラマでも、桜貝を拾い集めるシーンが登場していました。
なお、人の目に触れるのが「殻」ばかりなのは、サクラガイの仲間は生時、砂泥の中に潜り込んでいるからです。

桜の名がつく海洋生物は他にもいます。
例えば、魚類ならサクライレズミハゼ(2007年に新種記載されたハゼの仲間)やサクラエビス(イットウダイの仲間でインド-太平洋の熱帯域に分布)、サクラアジ(2013年に新種記載されたアジの仲間)。
無脊椎動物では2003年に新種記載されたリュウグウサクラヒトデがいます。水深67~210m地点から数個体しか見つかっていない珍種で、日本では2008年に久米島沖で初めて採集されました。

「サクラ」と名が付く海洋生物、いかがでしたでしょうか。広大な海からは今後も新しい種がたくさん発見されるでしょう。桜の名を冠する種類も、これからまだまだ増えそうで楽しみです。

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PROFILE
東京水産大学(現東京海洋大学)在学中、「水産生物研究会」でスキンダイビングにはまり、卒論のサンプルであるヤドカリ採集のためスキューバダイビングも始める。『マリンダイビング』『マリンフォト』編集部に約9年所属した後フリーライターとなり、現在も細々と仕事継続中。最近はダイビングより弓に夢中。すみません。
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