減圧症解明に向けたフィールド研究始動!「獅子浜潜水リサーチ2020」レポート〜テーラーメイドなダイブプランを目指して〜
「減圧症」の解明を目指して
伊豆で潜水リサーチが始動!
2020年2月、静岡県の獅子浜ダイビングサービスにおいて、潜水に関するフィールドリサーチが実施されました。
東京医科歯科大学医学部附属病院高気圧治療部の小島泰史先生、久留米大学医学部環境医学講座の森松喜孝先生による共同研究となります。
事務局として参加したこのリサーチについて、また、現場で強い印象が残ったダイバーの危険回避の行動についてレポートします。
研究の目的は?
古くて新しい疾患概念である「減圧症」の解明を目指す
減圧症とはなにか?
……ダイバーとなるエントリーレベルで必修の減圧症は、ダイバーであれば必ず知っていることと思います。
環境圧の増加により体内に蓄積された生理的不活性ガス(窒素など)が、浮上(減圧)に伴って過飽和の状態となった結果、組織や血管内に気泡が形成されて障害が引き起こされるのが減圧症です。
体内に蓄積される不活性ガス量は、「潜水時間」と「潜水深度」に依存し、「長い潜水」と「深い潜水」で発症リスクが大きくなります。
また、「急激な減圧(急浮上)」も気泡形成に関係します。
不活性ガスは、骨や筋肉、血液など組織によって蓄積される速度が異なるため、その動態は極めて複雑です。
さらに、気泡形成は潜水プロフィールだけでは決まらず、加齢、潜水環境(冷水他)、潜水時の運動、脱水状態などにも影響されることが、研究者により指摘されています。
「減圧症」は、古くからその存在を知られていましたが、まだまだ、その病態には謎が多いです。
今回のリサーチでは、多くの有志プロダイバーの協力により、その謎を解き明かすために潜水前後のデータが収集されました。
安全なダイビングを目指し
総勢28名のプロダイバーが獅子浜に集結!
リサーチは、伊豆半島の西の入口に位置する獅子浜で実施されました。
各ダイバーが定められたダイビングプロフィールで30m、20m、10mに3回潜水し、潜水前後で計4回データを収集しました。
*バイタル検査(体温・血圧・脈拍・酸素飽和度)
*唾液
*尿
*呼吸機能検査
*呼気NO(一酸化窒素)濃度
*心エコー検査(超音波検査)
DANアメリカやDANヨーロッパでは、熱心な研究者により、盛んにフィールドリサーチが行われています。
その中でも、血中の気泡形成を心エコー(超音波検査)で捉え、どういった特性を持ったダイバーに気泡が多く発生するのか、という調査はリサーチの大きな柱となっています。
今回のリサーチでは、同様に気泡の形成状況についてデータ収集を行いました。
全てのダイバーが同じプロフィールで潜水しているにもかかわらず、気泡が形成される(バブラー)/されない(ノンバブラー)ダイバーが存在しました。
今後、この違いが何に起因するのか、という解明がされれば、より各ダイバーの個人差に配慮して、最適なダイブプラン(テイラーメイドのダイブプラン)を提供できるようになることが期待されます。
状況を的確に判断することの大切さ
全てのダイバーが持っているべき「判断力」
さて、今回のリサーチの現場の事務局として関与し、強く印象に残っている場面があります。
最も海況が悪かった3日目は、典型的な冬型で、前日から強風(西風)が予想されていました。
このため、現場の動画を事前に配信するなど、参加者予定者に情報提供し、潜水実施は各自の判断に委ねられました。
当日のリサーチ協力予定者はすべてがプロダイバーでしたが、27歳から58歳までの性別や体力、ダイビング歴も大きく異なる方たちです。
各自が海況、自身のスキル、体力などを考慮したうえで、
①事前に参加を辞退
②当日朝の海況で判断
③海況を判断したうえで参加
という3つのグループに分かれました。
どの選択肢も極めて適切であり、事故を未然に防ぐことを最優先事項として判断を下せること自体が、プロフェッショナルであると強く感じました。
さらに印象深かったのは、海況がさらに悪化した3本目、エントリー前にじっと波の状況を確認していた一組のバディが、直前に参加を辞退したことです。
私自身の経験からは、この判断は極めて難しいものです。
DAN JAPAN事務局長時代、会員からの事故報告を受けていましたが、「何とか潜れるのではないだろうか?」という希望的観測による事故の発生をしばしば目にしてきました。
多くの事案で小さな判断ミスが大きな事故に発展し、事故ダイバーは「あの時こうしていれば」と後悔します。
プロであれば、「ゲストが潜りたいと期待しているから」と考え、ゲストは「せっかく来たのだから」「他のダイバーが潜るのに1人だけ中止できない」と考えがちです。
これは、いわゆる「同調圧力」によるものですが、直前で最終的な参加自体をしたこのバディには、適切な判断力が備わっていたのでしょう。
自身の体力、筋力、対応力などの様々な条件を鑑みて、危険を回避するための判断が下されたのだと思います。
そして、この判断力は、プロフェッショナルだけにとどまらず、全てのダイバーが持っているべきものであると強く感じています。
さらに、辞退したバディは、他のダイバーに不測の事態が起こる可能性を考え、その後ドライスーツを着用したまま強風の中で陸上待機していました。
幸い事故なくリサーチを終えることができましたが、こういった行動もリサーチの成功を支えており、全員がチームで潜った(実際に潜っていなくても)のだと強く感じました。
その情熱、プロ意識、スキルの高さは、まさにプロフェッショナルであり、称賛に価するものでした。
今後の動向は?
高気圧学会での発表、論文化に期待が集まる
今回のリサーチで収集されたデータは、今後研究者が分析し、各種学会で発表を予定しているとのことです。
また、将来的には論文にまとめ、ダイバーへのフィードバックを考えているとのこと。
今回得られた成果が大きいものであることを、ダイバーとして大きな期待をしています。
さて、リサーチは1回ですべてが完結しません。
リサーチによって新たな知見が得られると同時に、新たな疑問点も生じるものです。
臨床的疑問点の解明のために、今後もリサーチは継続されていくことでしょう。
今後の具体的なリサーチ予定は未定です。
しかし、次のリサーチを実施する際には、また多くのダイバーの協力が必要となります。
ぜひ、機会があればご協力いただき、ダイビングの将来に貢献していただきたいと考えています。
末筆とはなりますが、リサーチにご協力いただきました有志プロダイバーの皆様、快く施設・サービス等をご提供いただきました獅子浜ダイビングサービスに心より感謝を申し上げます。
協力:獅子浜ダイビングサービス