ダイブコンピュータ依存の時代に改めて考える「減圧停止をしてはいけない理由」

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ダイブコンピューターが計算しているM値

先日このヤドカリ爺は、インストラクターやハイアマチュアのダイバーの勉強会に御呼ばれして、“意外と簡単な減圧理論”というお話をしました。

やどかり仙人コラム

もちろん決して減圧理論は簡単ではなく、ホルデーンが現在の減圧理論の基礎を築いて100年以上も経っておりますが、わからないことばかりのようであります。
減圧症の活きたお話は、このオーシャナの山見先生の連載をご覧になっていただきましょう。

ヤドカリ爺がお話ししたのは、現在のダイブコンピューターの計算原理になっている、人体がどれだけ不活性ガス、主に窒素を溶け込ませておけるかの最大値、マックスの値~M値という仮説であります。

ダイブコンピューターというと、魔法の計算機のように思われている向きもありますが、中学生程度の、数学というよりも算数程度でこのM値を計算しているにすぎないのですな。

一言でいえば、経験的に得た、たぶんこれぐらいまでは溶け込ませてもよいだろうという、窒素の最大量に達する仮想時間を計算しているだけであります。
その最大値M値を越してしまったときに、そのM値まで下げるために行なうのが、いわゆる減圧停止であります。
こんなことは、もちろんみなさん存知のとおりであります。

しかしながら、リクリエーションダイビングでは、減圧停止ダイビングはやってはいけないことになっております。
また減圧停止をした場合は、繰り返し潜水はできないことになっています。

減圧停止、繰り返し潜水をしてはいけない理由

長い前置きとなりましたが、会の主催者の超ヴェテランのインストラクターで、ダイブオペレータ―の方から質問が出ました。

「最近ダイブコンピューターでDECO警告が出ても、短時間の減圧停止をしてダイビングを続け、浮上して繰り返しダイビングをするダイバーが多くいる。
ダイブコンピューターは、DECOマークが消えることで、ダイビングの継続をOKにしてしまう誤解を与えているようだ。
減圧停止をしてはいけない理由、繰り返しダイビングをしてはいけない理由を、どう説明すればよいのだろうか?」

もともと、そのダイビングの最大深度にダイビングの全時間いることを前提に、つまりモノレベルダイビングを前提に作られたダイブテーブルを、ダイブコンピューターを使って深度を変えてダイビングする、マルチレベルダイビングに使えると拡大解釈したときから、減圧停止はしない、減圧停止したら繰り返しダイビングをしないというダイブテーブルの黄金ルールは、その足元が揺らいだのであります。 

コンピューターが許容範囲を教えてくれる、さらには許容範囲内であれば、というようにさらに解釈されるのは、当然の成り行きということになります。

かつてはコンピューターアシステッド(お手伝いしてもらう)ダイビングが望ましいとされ、現在ではコンピューター依存型ダイビングの時代になり、さらにはコンピューターの言いなりダイビングになったというのが、質問者のヴェテラン・インストラクターさんのご意見であります。

その背景の中で、コンピューターがOKするダイビングを、一言でダメと言えるかということなのですね。

以下はあくまでもヤドカリ爺の意見であります。

もともとリクリエーションダイビングであろうと、コマーシャルダイビングであろうと、減圧停止どころか、無減圧リミットぎりぎりのダイビングをしないというのは、ダイバーには生理的な個人差があって、リミットの中でも安全マージンを留保しておけというのが安全慣習だというのも、これまたみなさんご存じのとおりです。

当然そのリミットを越してDECO警告が出るのは避けなければいけないわけですが、DECOが消えればダイビング継続なんてダイバーもおります。
知ってか知らないでか、ダイブコンピューターをかなり自分のご都合で使っているともいえます。

でも待てよ、であります。

減圧停止ダイビングをしない最大の理由は、減圧症のリスクはともかく、いつでも水面に浮上できる状況にダイバーがいるということではなかったのかしらん。

スクーバダイバーの常に最大のリスクは、エア切れです。

使い尽くすこともあれば、機械的な故障もあるし、残圧のモニターを忘れて、気が付いたらシリンダーが空ということだってあります。
その時に減圧停止が必要な状況であっては、事態は深刻です。

そうなんですな。
“いつでも水面に浮上する権利を確保しておく”
当たり前ですが、これこそ黄金ルールであるように思えます。

しっかりした残圧計があり、パートナーから空気を貰えるオクトパスレギュレーターもあり、ダイブコンピューターがあり、リミット時間を教えてくれます。
それでもいつでもダイビングを中止できる安全マージンは重要です。

セブ島のジンベエザメとダイバーのシルエット(撮影:越智隆治)

“いつでもどこでも水面に出られる”ことが大事

減圧停止してDECO警告が消えたダイバー、繰り返しダイビングをしてよいのか。

ダイブコンピューターによっては、減圧停止ダイビング後の繰り返しダイビングを計算しないものもありますが。
理屈の上では、反復ダイビングを許してしまう可能性もあります。

これも、もともとリクリエーションダイビングでは、減圧停止ダイビングをした場合には少なくとも12時間、あるいは24時間以内の繰り返しダイビングはできないことになっていました。

理由は簡単です。

いくら窒素の溶け込み量が許容範囲まで下がっても、繰り返しダイビングが安全だという、安全を保証するデータがないというものです。
無減圧リミットの繰り返しダイビングでも、わずかな実験例しかないといわれておりますから、ましてや減圧停止した繰り返しダイビングが安全であるかどうかは、たぶん今もって未知の分野であるに違いありません。

あえて言えば、ダイブコンピューターがOKと計算しても、それを裏付ける保証はないわけです。
計算の名人はOKといいますが、経験的にはOKと言えないという状況はなにも変わっていないといったほうがよいのでしょう。

もちろんダイブコンピューターが計算してくれる無減圧リミットとか水面休息時間には、それなりの根拠があるし、ダイブコンピューターを使ったマルチレベルダイビングがほぼ100%の時代に、DECO警告の絶対出でないダイビングをしろといっても、そりゃご無理です、というダイバーもおられるでしょう。

しかし、せめて、いつでもどこでも水面に出られるという考え方は、頭のどこかに持っていていただきたいと、ヤドカリ爺は思うのであります。  

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PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
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