安全底止と減圧停止どこが違う?

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ダイビング暦45年。やどかり仙人のあっぷあっぷ相談室。

くそ暑い夏が過ぎたと思ったら、もうジングルベルの季節。
でも、そこそこ海水温もあり、透明度も増して、
海の中に限れば、ベストシーズンのようです。
さて、今回のヤドカリ仙人へのご相談です。

Q.
最近、安全停止を10分にしたほうがよいといった意見があるようです。
でも、10分も停止をするのでは、もはや減圧停止ではありませんか?
また、そもそも安全停止と減圧停止はどこが違うのでしょうか?

 

たしかに10分も水面近くに停止するのは、
決してスクーバダイバーには優しいことじゃございませんね。

あらかじめお断りしておきますが、わたしめヤドカリ爺は、
潜水医学の専門家じゃございません。
あちこちと資料を調べて、ぶつぶつとお答えしております。
ともあれ、ごく簡単に安全停止という言葉を定義しておきましょう。

“安全停止とは、減圧停止不要ダイビングで、
安全マージンを得るために行なうエキストラの停止”

ちょっと脇道にそれますが、最近、
英語圏では減圧不要ダイビングは”ノーストップ・ダイブ”、
減圧不要限界は”ノーストップ・タイム”と書かれることが多いようですな。

ところで、日本では使われている減圧不要限界はひどい翻訳語でありますな。
こんな用語平気で使っているから、勉強嫌いも増えるんじゃなかろうか。
対して、英語圏のものは、ストップするかしないかで大変分かり易いし、
減圧不要と減圧停止ダイビングの本来の意味も分かり易いので、
もっと使って欲しい用語ですな。

■安全停止はいつ、誰が始めた?
最初の安全停止の実験は、ずいぶん昔のこと、
1975年に南カリフォルニア大学のビルマニスという先生が行なった
アメリカ海軍のダイブテーブルの30mノーストップ・リミットの検証実験といわれております。

結果、3mで2分のエキストラのストップをすると、
サイレントバブルの数が劇的に減った実験とされております。
5分停止するとほとんど消えたとされております。

これまた余談ですが、
この1975年というのは、スクーバダイバーのダイビングの基礎となっている、
アメリカ海軍の反復ダイブテーブルができて、ほぼ10年。
またスペンサー博士がノーストップ・タイムを守っても、
病気になってはいないものの、体内には気泡ができている、
いわゆるサイレント・バブルを発見してから7-8年後のことです。

必ずしも病気にならない気泡、サイレントバブルが存在することが明らかになって、
それまでの気泡の存在=減圧症の考え方が大きく変わったときであります。
減圧症のグレーゾーンがとてつもなく広まってしまったわけであります。

その後、しばらく時間が経って、1990年ごろ、
盛んにスローアセント、ゆっくり浮上が学者さんの方から提唱されることになります。
その背景はリクリエーションダイビング人口が、アメリカだけでも、
300万人を超えるといわれるほど爆発的に急増して、
深くて比較的短時間のダイビングが圧倒的に増えたことがあります。

■ゆっくり浮上と安全停止
ゆっくり浮上が提唱された背景は、スクーバダイバーの減圧症、
特にリクリエーションダイバーの減圧症が目立ってⅡ型の減圧症が多くなったことです。

もともとアメリカ海軍などのダイブテーブルなどは、
ヘルメットダイバーが長時間水中で作業することを前提に作られています。
ここで想定されていたのは、関節などの痛みを中心としたⅠ型の減圧でありました。
しかし、リクリエーションダイビングが盛んになると、
圧倒的に神経、脊髄系の減圧症、Ⅱ型の減圧症が多くなります。

DANによると、リクリエーションダイビングでは70%近くが、
このⅡ型の減圧症だとされています。

これを潜水理論的に言うと、
リクリエーションダイビングのように深くて比較的短時間のダイビングをすると、
特に窒素の吸収の早い組織には、すぐに限界まで窒素がたまります。
また、浮上のスピードが速いと、つまり周囲の圧力(水圧)の下がり方が急激だと、
この早い組織に限界まで溶け込んだ窒素の圧力が相対的に大きくなりすぎて、
この組織の窒素が気泡化しやすいという理屈であります。

その結果、リクリエーションダイビングの減圧症は、
早い組織の減圧症が多いということになります。

そこでリクリエーションダイビングの指導団体は、
SAFE(Slow Ascent From Every Dive=すべてのダイブでゆっくり浮上)
を提唱し始めます。

しかしながら、それまで一般的であった18m/分の浮上の倍の
2分をかけて浮上すると9m/分(現在のアメリカ海軍の浮上スピード9m/分)。
これだけでもリクリエーションダイバーにとって、
大変面倒な浮上スピードのコントロールが要求されます。

そんなところから生まれたのが安全停止です。
難しい浮上スピードのコントロールをするより、
圧力変化が大きくなる深度でエキストラのストップをして、
浮上スピードをトータルで遅らせるという考え方です。
もちろん、ここで言うダイビングは、ノーストップ・タイムのリミット内での、のダイビングです。

限界以上に溜め込んだ窒素をストップして、
その間に排出させようとする減圧停止とは、
もともとの考え方が違っておりました。
少なくとも建前は、あくまでも”したほうがより安全”という、という考え方であります。

乱暴な言い方をすれば、基本的には、
安全停止は浮上を遅らせるテクニックであります。

■ゆっくり浮上はできない相談
最近のダイブコンピューターは、
大体が9m/分、あるいは10m/分といった浮上スピードを指示します。
中には深度によって浮上スピードを変えるように指示するものもあります。
ピーター・ベネットという潜水医学の権威は、
さらに遅い浮上をしたほうがよいと申されておるようであります。

理屈の上では圧力変化の大きなところは遅く、
圧力変化の小さな、深いところでは少々浮上が早くても良いということになりますが、
浮上スピードというからには、一応一定のスピードで浮上するわけであります。

10m/分というのは、1m浮上に6秒かけるわけで、
一度やってみればわかりますが、とても難しい芸当です。
そんな難しいことをするよりも、適当なところでストップしようというのが安全停止です。
正しくは”ゆっくり浮上停止”とでもいうべきだったのでしょう。

■なぜ5mで3-5分?
安全停止は、建前上は、減圧停止とは違うのだとされています。
理由は、本来しないでよい停止だということになっております。

しかしながら、24m/30分のRDPのノーストップ・リミットぎりぎりのダイビングをして、
5m/3分の安全停止をすると、
減圧症と関係があるとされる早い組織の窒素の圧力が下がります。
5分という停止時間は、
同じ24mダイビングでリミットを5分ぐらい越してしまったときの
減圧停止時間と同じです。

そうなんです。安全停止は深いダイビングをしたときには、
減圧停止の効果もあるのです。

では、なぜわずか3-5分かというと、窒素の吸収/排出の早い組織では、
最初の1分間が最も排出が早く、だんだんと排出スピードが遅くなるので、
あまり長く頑張っても効率が良くないってことであります。

これが理屈でありますが、もちろん空気がある限り、停止していれば、
その効率はともかく、安全マージンというか、安全保険にはなるわけであります。

とはいうものの、水面下5mにふらふらぷかぷかと退屈な時間をすごすのは、
かなり辛い仕事であります。

■今やリクリエーションダイビングは、減圧ダイビング
リクリエーションダイビングは、
ノーストップ・リミットの範囲内のダイビングが鉄則でありますが、
今や現実的にほぼすべてのダイビングがスロー浮上で、しかも安全停止をしております。
事実上の減圧停止ダイビングをしているのであります。
安全停止と言いながら、決してエキストラではなく、
マストのダイビングルール化しております。

さらに最近では、かなり深いところでもう1回安全停止する、
つまりディープストップが提唱されておりますな。

それどころじゃございません。
安全停止は5mで10分したほうがよいなんてご意見の先生もおられるとか聞いております。
その上に6mから水面まで、1mにつき1分かけろという、
シックスアップなんて、テクニックを提唱されているグループもあると聞いております。

こうなりますと、リクリエーションダイビングが無減圧ダイビングなどというルールは、
もはやどこかに吹っ飛んでしまったといっても、
言い過ぎではなかろうと思うのであります。

しかしながら、スクーバダイビングというのは、もともとはできるだけシンプルな器材で、
できるだけ簡単なテクニックで行なうダイビングであります。

また減圧停止はスクーバダイバーには技術的に難しく、
空気の供給の面でも難しいことから、
ノーストップダイビングの範囲内に、ダイビングを限定することで、
リクリエーションは発展してきております。

しかし、将来10分の安全停止がリクリエーションダイビングの
基本的な安全テクニックになるかもしれません。
ただその場合は、現在の安全停止5分が、
単純に10分に延長されたというだけにはいきそうもありません。
いくら体に良いからといって、腰に減圧停止用のタンクをくくりつけての長い安全停止、
果ては減圧用の酸素ボトルまでが必須の器材なんてことになると、
これは本末転倒に思えるのであります。

そんな小難しいダイビングは、ようやれんわいというのが、ヤドカリ爺の本音であります。

 

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PROFILE
1964年にダイビングを始め、インストラクター制度の導入に務めるなど、PADIナンバー“伝説の2桁”を誇るダイビング界の生き字引。
インストラクターをやめ、マスコミを定年退職した今は、ギターとB級グルメが楽しみの日々。
つねづね自由に住居を脱ぎかえるヤドカリの地味・自由さにあこがれる。
ダイコンよりテーブル、マンタよりホンダワラの中のメバルが好き。
本名の唐沢嘉昭で、ダイビングマニュアルをはじめ、ダイビング関連の訳書多数。
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