マリンハウスシーサー・稲井社長に聞く、ダイビング業界の未来vol.2
マリンハウスシーサー・稲井代表とともに、ダイビング業界の課題と未来について紐解く本シリーズ。
第一編「マリンハウスシーサー・稲井代表に聞く、ダイビング業界の未来vol.1」では主に、沖縄の水上安全条例が改正に至った背景を語っていただいた。
第二編となる今回のメインテーマとなるのは、条例改正のカギとなる一般財団法人沖縄県マリンレジャーセイフティービューロー、そしてSDO認証制度について。
マリンアクティビティ業界の仕掛け人、そして消費者である顧客にとってもためになる内容とともに、稲井社長が本音を明かす。
一般財団法人沖縄県マリンレジャーセイフティービューロー(以下、OMSB)との関係値
http://omsb.jp/
・SDO認証制度は、消費者保護を目的に「安全対策へのトレーニング参加」「税、労務等の法の遵守」「保険への加入」「反社勢力に属していない」等を証明する制度。
https://sdo.okinawa/
シュノーケリングインストラクター認定制度(Sカード)の機能について
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今回の水上安全条例の改正、条例の普及啓発に関してはOMSBが大きく関わっているとお聞きしました。
この団体は警察本部の外郭団体ということで、ほぼ警察の管理下における団体ってことですよね。
HPにてシュノーケリングインストラクターと認定制度、Sカードというのものが記載されていたんですが、逆にこれが機能していたらこのような業界の問題は生まれていなかったのでは、と感じましたが。
稲井さん
OMSBによって制度や資格を作ったものの、なかなか普及するに至りませんでした。面倒な届出は、事業者としてはなるべく避けて通りたい気持ちでしょう。
そしてこの制度が機能しなかった一番の原因は、仕組み自体は素晴らしかったものの、保険会社が対応してくれなかったということ。保険をつけないと、万が一の時、事故の大きな負担がかかってしまうんです。色々なところに掛け合いましたが、どこも受け入れてくれませんでした。
こういった部分は、やはり大手であるPADIさんが上手に取り組んでいます。彼らはシュノーケリングコースを作り、きちんと保険をつけているのです。なので今後、PADIさんの協力を得て動いていけるような仕組みを進めています。
消費者がマリンアクティビティを選択する時の指針となるSDO認証制度
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OMSBの中には消費者保護を目的としたSDO認証制度が設けられていますね。先ほどからお伝えいただいた反社会勢力に属している・いないなどを証明する項目も含まれていますが、いつ頃できた制度なのでしょうか。
稲井さん
おそらく、13〜4年前に経済産業省で作ったものが原型になります。その頃は反社勢力もそこまで大きな問題になっていませんでしたが、経験不足から起こる事故トラブルが本当に多かったんです。
前から業界内で問題だったのが、インストラクターとしての力量の基準。
プールの中での講習はできるが、「海の中でガイドをする」「いろんなレベルのお客様を案内する」など、どんどん変わる海という環境で仕事をやるということは、厳しいルールが必要だ、と。
それらの原型から月日が流れて、ようやく3年ほど前に今のSDO認証制度が生まれました。
ショップだけを認証するとフリーでやっている人たちが阻害されてしまうため、個人でもちゃんと認証するべきだということになりました。
ショップもインストラクターも認証する仕組みです。
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このSDO認証がお客様にとってもショップやインストラクターを選ぶ指針となるわけですね。
稲井さん
そうです。これまではお客様が基準として選びやすくなるよう、老舗ショップのほとんどは資格認証を取ってカードを出す。そんなことがずっと繰り返されていますが、これでは新人のショップに誰も行かなくなってしまいます。
また、そういった資格のほとんどがすごくゆるい条件で、一定の金額を出せば取得できるような仕組みになっています。
本来は、インストラクターが資格の申請や更新をするのに、毎年レスキューとかCPRの講習を受けたという記録を提出して、初めてインストラクターやショップの資格更新をすべきだと思います。
実際に僕らが補助金をもらって沖縄各地でCPR、レスキュートレーニング講習を行ってみると、10年ぶり、25年ぶりに講習を受ける人がほとんどでした。もしそのような人がトラブルに立ち会った時、レスキューできないことを考えると本当に怖いです。
5年くらい前に家族5人で体験ダイビングをやったら、お母さんがパニックになって亡くなってしまったという事件がありました。
でもその時、マリンスタッフは1人もレスキューして上に上げなかったんです。水上にあげても、マリンスタッフは誰も心拍蘇生などの処置をせず、AEDも酸素キットも積んでない。
そんな人がインストラクターやガイドをやっていていいはずがありません。
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信頼を置ける基準となり得るSDO認証ですが、もっと認知を広めていくためにはどのようなことが必要となるのでしょうか。
稲井さん
まずは旅行会社や沖縄県の理解と協力。旅行会社が積極的に「このマークがあるお店で潜りましょう、その方がより安全で安心です」と打ち出せば、自然と認知は広まっていくはず。
ただハードルとなるのは、やはりお金です。SDO認証基準を満たすような安心や安全の確保には、お金と手間がかかってしまう。私の会社のボートにはすべてAEDや酸素キットといった全ての道具を積んであります。昔は酸素キットが50万円ほどしました。海外と比べて日本ではすごくコストがかかるものなんです。アメリカでは驚くほど安いのですが。
インストラクター講習の実情と必要性
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OMSBはSDO制度に賛同している一般ダイビングショップや、MBF(マリンレジャービジネスフェデレーション)とレスキュー団体で構成されているとのことですが、この制度に関わる講習も実際に行っているということですか。
稲井さん
もちろん。むしろ、制度が生まれる前から行っています。ただ、助成金をもらってやっているにも関わらず、それでもなかなか参加してくれない人が多いです。
そして参加してくれた人のほとんどがレスキューをすることも、酸素キットを使うことも、インストラクター合格後、初めてだと言います。
正直、「こんなに現実はひどいんだ」と驚きました。
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罰則規定がないからトレーニングに参加しない事業者が出てくる懸念も含め、基本的にもう少し行政の協力が欲しいと感じますが…
稲井さん
う〜んやっぱり、1番問題なのは日本の行政の仕組みなんじゃないかな、と。行政はもちろん、日本の場合は大企業もそうですが、2〜3年で担当者が変わってしまいますよね。
私自身色々な方々との交流があり、法律的なアドバイスも得てずっとやってきて、色々な機関の人たちと関係性を作ってきました。大きな機関との関係構築や、担当者に現状を把握してもらうには、少なくとも2〜3年はかかります。
なのに「時間をかけてやっと関係性が育ってきた」と思ったら、また担当者が変わってしまう。そうやって頻繁に担当者が変わってしまってはスペシャリストが育たず、そうなるとまた1から説明しての繰り返しです。
いろいろな分野を担当してオールマイティーに仕事をこなすことはもちろんプラスになる面もありますが、今後日本の政府機関は意識的に専門分野の人を育てていくことも大切なのではないでしょうか。
ー稲井さん、ありがとうございました。
OMSBやSDO認証制度といった言葉を、ダイビングをやっている人でも初めて耳にしたという人もいるのではないだろうか。
最終章となる次回は、オーシャナとしても興味深いサンゴ保全の取り組みについて解説していただく。