ダイビングの免責同意書って意味あるの? ~裁判所の判断は“無効”~

すべての責任を主催者、プロダイバーの負わせることはできない

「『事故が起きても責任を追及しません』と記載された書面に署名をしてもらったのですが、この書面は有効でしょうか?」は、ダイビングインストラクター(プロガイド)から最もよくされる質問のひとつです。

セブ島の魚の群れ(撮影:越智隆治)

スポーツジムやアクティブな行動を伴う旅行などに参加する場合も、同様の内容の書面にサインをすることを求められたりします。

このように、相手方の責任を追及しないことを約束した(免責に同意した)書面を「免責同意書」と言います。

「危険の告知書」「確認書」などの名称を使用した書面の場合でも、「ダイビング中に発生した傷害や損害について、インストラクター、ガイド、ショップ、ダイビング指導団体は責任の一切を問わないことを承諾し、同意します」などの文言がある場合は、その部分は免責同意条項になります。

スポーツやレジャーなどでは、どうしても怪我などのリスクが伴う時がありますが、反面、非日常感や爽快感、達成感など、いつもの生活にはない感動を味わうことができます。

もし、僅かな怪我でも施設の管理者やインストラクターが責任を追及されるのであれば、スポーツやレジャーの指導者や責任者は萎縮して安全管理だけに終始して、本来の活動ができなくなり、ひいてはスポーツやレジャーの意義が没却されかねません。

そこで、そのスポーツやレジャーなどに付随する危険を承諾して参加をしているのだから、万が一、事故が発生しても責任は追及しないということを約束したものとして、免責同意書が活用されています。

ダイビングにおいても様々なトラブルがあります(Cカード講習のダイバーがウェットスーツを着用する際に足と腕を間違え、袖に足を無理やり通そうとして皮膚を擦りむいた事故?を見たことがあります)。

些細な怪我まですべてを主催者やインストラクターに負わせることができないことは、免責同意書がなくても、ある程度、当然ではないかと思います。

免責同意書に関する死亡事故の判例

免責同意書が裁判の争点になった判例があります。
インストラクター1名が受講生6名を引率した際の事故について争われたものです。

インストラクターは受講生らにシュノーケルで海岸から約40mの地点にあるフロート(水深約4.5m)まで泳ぐことを指示し、自分が先頭になって受講生の方を見ながら背泳ぎで泳ぎました。

受講生はバディ同士2列でインストラクターの後に続きましたが、徐々に間隔が開いてしまったため、海岸から約20m地点(水深約1.1m)で、全員がそろうまで待ちました。

受講生6名がそろうと、インストラクターは再びフロートに向かって泳ぎ始めましたが、今度はクロールで泳ぎ、時々受講生を振り返るようにしました。

海岸から約30m地点付近(水深約2.1m)で受講生が1名いないことに気づき、付近を捜しましたが見つからないため、残りの受講生にフロートまで泳いでいくように指示し、自分は再度付近を探しましたが、やはり見つからないため、自分もフロートに向かいました。

フロートに着いてもやはり1名足りないため、海岸の方に戻りながら探そうとしたところ、フロートから約5m海岸寄りの地点でマスクが見つかり、同じ頃、海岸から約30mの地点で、フィン、マスク、レギュレータ及びシュノーケルが外れ、海底に足をつけて体を斜めにした状態で沈んでいる受講生が発見されました。

なお、この講習は、受講生にとって初めての海洋実習でした。

セブ島のサンゴ(撮影:越智隆治)

“免責同意書は無効”という裁判所の判断

受講生が講習の申込の際に、「免責同意書」を提出していたため、インストラクターに対して責任追及ができるか問題になりました。

この点、裁判所は「人間の生命・身体のような極めて重大な法益に関し、一切の責任追及を予め放棄するという免責同意書は、少なくともその限度で公序良俗に反して無効」などとしました。

そして、初めての海洋実習において、インストラクターが受講生を5秒から7秒に1回程度しか振り返っていなかった点などに過失があると判断しました。

この判例について思うこと

些細なアクシデントまですべて、インストラクターが責任を負うということは妥当ではないと思いますが、「免責同意書があるから、何が起きても責任は負わない」というものでもありません。

そのような点から、この事例において、裁判所が免責同意書の効力を否定したことは理解ができます。

また、この判例では、インストラクターのダイバーの監視方法に問題があったとしていますが、この点も同意見です。

慣れないダイビング器材の操作やシュノーケルやレギュレータを使っての呼吸などに加え、海洋実習では波で揺れる水面、足が着かない不安感、うねりなどでプール講習に比べて格段のストレスがあります。

このような状況下では受講生はちょっとしたことでも焦ってしまい、適切な対応がとれないことが予想されます。

バディを決めておいても、受講生は自分のことで精一杯で、他人のことまで気を配ることは期待できません(この判例でも受講生はバディ相手がいなくなっていたことにフロートに着くまで気が付いていないようです)。

海面移動中に、インストラクターが受講生に「大丈夫か」と確認をしていたのかなども気になるところです。

ぜひ、インストラクターの皆さんは、自分が初めて海洋実習を受けた日の状況を思い出して、受講生の監視が十分と言えるか、考えてみていただければと思います。

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PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
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