裁判官はダイビングを知らない。プロダイバーの抱える法的リスクとガイドラインの必要性

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セブ島、ボルホーンの魚の群れ(撮影:越智隆治)

自己責任の原則と
プロが負担する安全配慮義務

スポーツは一定の程度で危険が伴うもので、当該スポーツに参加する人はその危険を承諾して参加するのですから、スポーツ本来の危険(内在する危険)が現実化して、損害が発生したとしても、その損害はスポーツをすると決めた本人が責任を負うことが基本であるという「自己責任の原則」があります。

しかしその一方、スポーツのインストラクターなど指導的立場の者は、当該スポーツに参加する者が安全にプレイすることができるよう、環境整備などをしなければならない、ということも言われています。

特に講習契約やツアーの引率契約など、指導者的な立場と指導される立場の間に契約関係がある場合(あるいは対価の支払いがある場合)、指導的立場の者に要求される環境を整備する義務は、より強いものになります。
この環境を整備する義務を「安全配慮義務」といいます。

ダイビングにおいても、インストラクターやガイドの方は、講習を実施したり、ツアーの引率をするだけでなく、ゲストの生命身体に不測の損害が生じることのないよう、環境を整え、安全に配慮する義務を負っているとされています。

免責同意書は
安全配慮義務違反に対する責任

海外では「事故があったとしても、一切、責任を問うことはしません」などと記載された文言に署名をすれば、仮にインストラクターやガイドの注意義務違反で事故が発生し、ゲストに損害が生じたとしても、当該書面で記載された通り、損害賠償請求をすることができないということもあるようです。

しかし、以前の記事でご紹介している通り、日本では、過去のダイビング事故の訴訟において、このような書面の内容について「人間の生命・身体に関する危害の発生について、受講生がスクール側の故意、過失にかかわりなく一切の請求権を予め放棄するという内容の免責条項は、少なくともその限度で公序良俗に反し、無効といわざるを得ない」などとして、効力が否定されています。

従って、インストラクターやガイドは「『責任を負わない』と記載した書面にサインをしてもらったから大丈夫」と思うのではなく、事故が発生した場合には、自分に落ち度がないことを実質的に主張していく必要があるのです。

訴訟社会の中、
ガイドやインストラクターを取り巻く環境

訴訟社会となっている現在、若干の損害が発生しても、「訴えてやる」と言われることが少なくありません。

犬を散歩させているときに犬が吠え、これに驚いた人が転倒して怪我をし、犬の飼い主に賠償請求をしたという裁判すらある世の中です。
私達の生活の周りを様々な訴訟リスクが取り巻いているのです。

ダイビングは重い器材を背負い、足場の悪い場所を移動する等から、捻挫や創傷など小さな怪我の危険は当然あるうえ、海の中という特殊環境ですから、ちょっとしたアクシデントが非常に重篤な事故につながりやすい状況にあります。

そして、万一、死亡事故が発生すれば、非常に多額な賠償請求がされることが予想されます(仮に40代の成人男性の死亡事故だとすると、少なくても6000万円以上の賠償請求になると思います)。

また、状況によっては刑事責任の追及もあります。
インストラクターやガイドの方の負っている責任は非常に重く、また、訴訟リスクと隣り合わせのような環境なのです。

法的リスク勉強会の必要性

「事故の防止」という観点だけで考えれば、一般のダイバーの方に参加していただいても構わないのかもしれませんが、「訴訟リスクとその対応」という観点から考えると、訴えられる側(プロダイバーがゲストを訴えることはあまり想定がないですから)に特化することが必要になりました。

どのような事故でどのようなことが争点とされたのか、被告側(訴えられる側)はどのような抗弁をし、裁判所はどのよう判断をしたのかなどという検討を行い、万一、ダイビング事故が発生したらどのように対応していくことになるかなどの話をすると、どうしても一方当事者の立場での説明となるからです。

ただし一方、当事者(プロ側)に限定した勉強会ではありますが、このような勉強会は、訴訟になったときの対応を知るだけでなく、どのような原因で事故になったかを考えることにより、事故防止そのものにもつながるものだと思います。

「プロがいるのに事故が発生した。プロとして責任を負え」と外から責める立場もあり、それも事故の防止のために必要なものだと思います。
しかし、プロの立場から、訴訟リスクを勉強し、事故を検証していくことは、より重要であり、それはプロアマにかかわらず、ダイビングに携わる人全ての環境をよくすることになると思います。

裁判官はダイビングを知らない!?
ガイドラインなどの検討

私は基本的に訴訟ではインストラクターやガイドというプロ側を担当しておりますが、いずれの立場であっても、「裁判官にダイビングを分ってもらうことは難しい」ということは共通認識だと思います。

「真夏、器材を背負って船の上にいる状況がいかに体力を消耗するか」などを説明しても、ピンとこないようで、「裁判官にウェットスーツを着て、器材を背負ってもらおうか」などと真剣に悩むこともしばしばあります。

「海況穏やか」と書かれていると、船上でも陸上と変わらないくらいだろうと思っている裁判官すらいて、船の上の状況をビデオに撮影してお見せしたら「結構、揺れるんですね。」とびっくりされたことがあります。

裁判官から、「規定ではどのように決まっているのか」と尋ねられたり、「マニュアルを持って来るように」などという指示を受けることも多々ありますが、Cカードやボートの講習などのマニュアルはあっても、ファンダイビングにおけるマニュアルはありません。

Cカードを持っていれば、ある程度のスキルや知識があるとされ、ガイドやインストラクターの責任も軽減されるはずなのですが、その責任の程度を判断する根拠が講習のマニュアルになってしまっているのです。

これでは正しく裁判官が判断できるか、疑問があります。

例えば、ガイドなしのバディ潜水で、バディとしてどのようなことが必要かなどを検討しながら、ファンダイビングにおけるガイドラインなどの整備をすることを考えてもいいのではないかと思っています。

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PROFILE
近年、日本で最も多いと言ってよいほど、ダイビング事故訴訟を担当している弁護士。
“現場を見たい”との思いから自身もダイバーになり、より現実を知る立場から、ダイビングを知らない裁判官へ伝えるために問題提起を続けている。
 
■経歴
青山学院大学経済学部経済学科卒業
平成12年10月司法修習終了(53期)
平成17年シリウス総合法律事務所準パートナー
平成18年12月公認会計士登録
 
■著書
・事例解説 介護事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 保育事故における注意義務と責任 (共著・新日本法規)
・事例解説 リハビリ事故における注意義務と責任(共著・新日本法規)
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